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第七章 乙女の楽園と過去話03

「で、でも……ホントに死にかけたって……ど、どうして……?」

「んん~? ああ、それは――」


 舞華の声を絞り出す様な問いに、智子は残っていた缶ビールを一気に飲み干し空き缶をゴミ箱へ投げ捨ると、あっけらかんとした口ぶりで話を続けていく。


「泉流寺には、本殿の裏に山から湧き水を引いてる人口の池――あの日本庭園にあるようなヤツな。あれがあるんだが、合宿では肺活量の強化に精神修養を兼ねて、そこで潜水をやるんだよ」

「まあ、今更アンタ達に言う事でもないし、分かっているとは思うけど。肺活量の多さはそのままスタミナや攻撃の強さ、守りの硬さに繋がると言っても過言じゃないからね」


 真顔で話すかぐやに、舞華達も同じ様に顔を引き締め頷いた。


 そう、格闘技全般言える事だが、試合中は無酸素運動の連続である。

 攻撃を仕掛ける時も攻撃を受ける時も、選手は基本的に無呼吸状態である。特にプロレスは他の格闘技と違い、一試合の試合時間が長い上、ボクシングの様に途中でインターバルを取る事もない。


 それだけに、肺活量の多さが他の格闘技よりも重要になってくるのだ。


「え~と……水に潜って肺活量を鍛えるのは分かるんッスけど……それが精神修養になるんッスか?」

「ああ、ただの潜水じゃなくて、水中で座禅を組むからな。水中で五分座禅を組んで一分休憩。コレを1セットにして、一年なら3セット。四年なら10セットが最低クリア条件だ」

「ご、五分も潜るんッスかっ!?」


 智子の口にした練習メニューに、素っ頓狂な声を上げる美幸。

 しかし、そんな美幸にかぐやと智子は呆れた目を向けた。


「五分もって、アンタね……海女さんだってベテランなら、素潜りで潜って五分くらい漁をするわよ」

「はあ……、コレは潜水もトレーニングメニューに加えるべきか……?」

「うぐぅ……」


 ぐうの音もなく……いや、ぐうの音しかなく口籠る美幸。


「しかし、美幸さんではありませんが――水中で座禅を組むだけで、それほど精神修養になるのですか?」


 二の句が継げなくなった美幸に代わり、今度は愛理沙が疑問を口にする。


「まあ当然、ただ潜って座禅を組むだけじゃない。潜るのはプールではなく池だからな。当たり前の話しだが、魚もいればカエルに水生昆虫なんかも泳いでいる」

「それに、湧き水だから変に水が綺麗なのも厄介なのよ。目の前をカエルなんかが泳いでいるのとかハッキリ見えるし……」

「あと、住職の泉流さんが生け簀代わりに、川で獲って来たうなぎやドジョウなんかも放しているしな」

「しかも、うなぎやドジョウって暗くて狭い所が好きだから、結構な確率で水着の中に入って来るし……」

「まっ、つまりだ……あの稽古は、顔にカエルやヤモリが張り付こうが、鼻の穴にタガメやヤゴが入って来ようが、ドジョウやうなぎに犯されそうになろうが、平常心を切らさずに座禅を続けるって稽古な訳だな」

「どう? いい精神修養になりそうでしょう?」


 過去の黒歴史を愚痴る様に語り合い、そして話を振って来る二人に顔を思い切り顰め、ドン引きする新人達。


「え、ええ……確かに、物凄い胆力が付きそうな訓練ではありますわね……」

「はい、新入部員の殆どが逃げ出すって話も納得です……」

「てか、当分の間、うなぎとか食いたくねぇかも……まあ、ここ数年、食ってねぇけど」


 全身にトリハダを立て身を震わせる新人達を前に、智子とかぐやは何故か勝ち誇った様に胸を張った。


「でも、それとお兄ちゃんが死にかけた事に、どんな関係が……って、まさかっ!!」

「ああ、そのまさかだ。一年達(わたしら)が濡れた水着を干していた時に、『助けて~、優くんが死んじゃうぅ~!』って、栗原が泣きながら駆け込んできてな、慌てて行ってみれば案の定だ。池の中に佐野がうつ伏せに浮かんでいた……」


 口元を押さえ、血の気の引いた顔で言葉を失う舞華。

 しかし智子は、そんなのお構い無しに、口調を変える事なく淡々と言葉を綴っていく。


「急いで引き上げたが、その時にはもう呼吸も心臓も止まっていてな、あたしらが手分けして心肺蘇生の救命措置をしたわけだが……」

「その時に、人口呼吸を担当したのが智子さんって事……」


 事の顛末に、ゴクリと息を飲んで押し黙る新人達。

 智子は、そんな彼女達を横目でチラリと一瞥して、軽く肩を竦め――


「ああ、佐野の初めてを、美味しくいただかせてもらったよ」


 と、かぐやをからかう様な口調で、笑みを浮かべた。


「だからっ! あれはキスではなく、人口呼吸ですっ!」

「たからぁ~。そう、怒るなよ……お前に見せつける様にキスしたのは、悪かったと思ってるって」

「たからっ! あんなのはキスの内に入らないし、別に怒ってもいませんよっ!」


 だから、だからと、言い合う二人……

 そんな二人の空気に当てられ、さっきまで新人達の間にあった神妙な重い空気が少しずつ薄れていった。


「ま、まあ……笑える話ではありませんが……それでも、お兄様が無事だったのは良かったですわね」

「そうですね……でも、キスとかお風呂とか言うから、ホントは恋バナみたいなのを期待してましたけど……」

「そうっ、風呂っ! 一緒に風呂入ったって話はどこ行ったんッスか?」

「ああ、その話か……」


 美幸の手からブラック稲妻をつまみ取り、袋を開ける智子。


「見てないトコでウロチョロされるくらいなら、最初から目の届くトコに置いた方がいいって話になってな。佐野と栗原も合宿に参加させる事にしたんだよ。となれば当然、寝るのも飯食うのも風呂入るのも一緒になるだろ?」

「って、それじゃ、まだ毛も生えてねぇガキの頃って事じゃねぇッスか……?」

「ああ、確かにまだ生えてなかったな」


 がっくりと肩を落とす美幸に、智子はあっけらかんと答え、袋から取り出したブラック稲妻を一口に頬張った。


「でも、ショタのお兄ちゃんって言うのも、それはそれで(おもむ)きが……ウチの生意気な弟達と違って従順そうだし……」

「ま、舞華さん……口からよだれが……」

「おっとっ!? ジュルッ」

「ってか舞華……お前、男のストライクゾーン広すぎねえか? しかも悪球打ち」

「ええぇ~っ、そんな事ないですよぉ。てゆうか、美幸ちゃんが好きな歌舞伎俳優の人達の方がどうかと思いますよ。あんな女みたいにナヨナヨした人のどこがいいんですかぁ?」

「バカ、お前っ! みんな美形だろっ! 男は顔だっーのっ!」

「二人とも、何を仰っておりますの……? 殿方というのは、普段は抜けていて頼りないですが、決める所では男性らしくビシッと決める。このギャップが良いのですわ」


 ここに来て、ようやくガールズトークっぽくなって来たロッカールームのパジャマパーティーならぬ、下着パーティー。


 しかし、その盛り上がりへ水を差すように、入り口のドアが音をたてて開かれたのだった――



  ※※  ※※  ※※



「はああぁぁぁぁぁぁ…………。ホント、深津(スケベ)君にはガッカリです……」


 オレ達を乗せたエレベーターの扉が開くと同時に、木村さんが大きなため息をついた。


 つい先程、練習を終えたオレと荒木さんに木村さん。後片付けをサービス残業の男子部員(アルバイト)達に任せ、今はロッカールームへと向かっているところである。


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