そして、11となる 06
「いやはや今回助かった、礼を言うぞ」
「何の何の」
夕暮れにより辺りに朱が差す部屋の中、
質のいいソファーに対面で向き合った二人の老人がゆっくりとお茶をすする。
少し濃い目に入れた事による苦味が彼らに生きた心地を与える。
「しかし、なかなか難儀な事だったぞ、みなちゃん」
「ハッハッハッ!げんちゃんには言われたくないわい」
おおらかに笑い飛ばす源口理事長に対し、
その意味を吟味するように整えた顎鬚を撫でつけたのは昌也の祖父、源田幸一郎。
二人は昔からの旧知の仲であり、今回の件も源田から聞いたものだった。
「よく言うわ。3年前トメさんへの申し開き、忘れたとは言わせんぞ」
「あれは元を正せばげんちゃんが原因だったはずだが?」
言われて思い出したのか、幸一郎が小さく悲鳴を上げ顔面に皺をよせる。
話の筋では源口理事長の勝利、だが、その事はまるでなかったかのように瞬時に柔和な微笑みで幸一郎に語りかける。
「まぁ、そんな昔の事はいい、今回は本当に助かった、ありがとう」
「……改めて言われると照れるのぅ」
ポリポリと頬をかきながら明後日を視る幸一郎。
その姿にさも満足しながら、今一度茶をすすり、源口は語った。
「これで少しは学校内も静かになれば……」
「ハッハッハッ!それは無理だろなぁっ!どうせまた昌也が何かやらかすじゃろうてっ!」
高笑いしながら孫の評価を落す言い草に、しかし、源口は同意を禁じ得なかった。
なんせ目の前にいるトラブルメーカーの血を引き継ぐ者なのだから。
そして、認めた瞬間、なぜかどんよりと肩が重くなるのを感じながら友との談笑を続くのだった。
「ハイ、じゃあ後片づけヨロシクっ!」
「「「お疲れ様でしたっ!!」」」
久々にグラウンドに足を運んできた真澄に今日の練習終わりを告げた後、それは始まった。
「この間の試合のデータと課題だ、ちゃんと目を通して今後の練習につなげてくれ」
昌也が数枚にまとめたプリントを各自に渡していく。
そこには男子野球との試合で各自が記録した結果と内容、教師のような指摘コメントが入っていた。
「これ、昌君が?」
「あぁ、データまとめるの手間取って渡すのが遅くなったけどな」
サラリと述べた昌也の言葉に改めて手元の資料に目を光らせる梢。
まとめ部分に書かれた昌也の指摘に明日の練習が待ち遠しくなる。
「ねねっ!千尋はなんて書いてあった」
「え?あっ、うん、これ」
横にいた千尋から受け取った用紙にもしっかりと昌也が書き記した課題が書かれており、
「……なるほど、スタミナ、ね」
「うん、私はヘバっちゃったから」
言われて思い出したのか、少し俯く姿に影が差す。
結果的には勝てたからよかったものの、逆転を許したこと、その責任を今でも胸に残っているのだろう。
だけど、
「……大丈夫、千尋はまだまだ伸びるって♪」
「梢ちゃん……」
その気持ちは成長する糧となる事を、野球の先輩でもある梢は知っている。
きっともっともっと大きな投手になれる、と。
「だから、明日は一緒に走り込みに決定っ!!」
「……お手柔らかに」
クスクスと談笑し始めた二人。その姿にどこか安心感を覚えた昌也は、ふと視線を感じた。
気付けば、目の前には兎志子とその従者である久子が不機嫌そうに立っていた。
「一つ、聞いてもいいですの?」
「あぁ、どうした?」
いつにも増して声のトーンを落とす兎志子に昌也も身構える。
「……あなた、この部にまだ居座るおつもり?」
「……」
厳しい視線と共に放たれた言葉が昌也の胸に突き刺さる。
「話の流れでこの部のコーチとして入部した、ですわね?」
「あぁ、そうだが」
「ちょっ、それは私が……」
緊迫した雰囲気に慌てて梢が参戦するが、まるで待ち構えてたように久子が目の前に立ちふさがり、会話の中へと飛び込むのを阻む。
「だったら別に幽霊部員でも構いませんのでは?まだ怪我も完治してないんでしょ」
「……」
挑発の気配が高まる言い方に、しかし、昌也は冷静だった。
小さく一呼吸入れ、頭の中で次の言葉を予想しつつ兎志子が求める根本を引き出そうと試みる。
「あぁ、だけど俺はコーチとしてこの部に入ったからな」
「別にコーチは必要ありません、優秀な方などわたくしがすぐ手配できますし」
腕を組み、生意気な態度を崩さぬまま兎志子は続ける。
「それに、貴方は元高校球児、誤解を解いて男子と一緒に甲子園へ勝つ為の野球を研究された方がこの先も考えると良いのでは?」
「兎志子ちゃんっ!流石にそれはっ!?」
大声で何とか否定しようとした梢は次の瞬間、口を閉ざす。
目の前で昌也が止めるように手を掲げている。
その姿に、梢は言葉を飲み込む事しかできなかった。
「……確かに、な、だが俺の怪我は完治までまだまだかかるし、運動量も落ちている今、仮に夏大会に出られたとしてもせいぜい記録員だろうな」
「……ならおとなしく幽霊部員で療養されてもいいんですわよ」
いつの間にか昌也へと背を向けた兎志子の言葉に、昌也は自然と吐息を漏らし、微笑んだ。
「ずいぶんと今日は毒がないな」
「……」
初めて言葉に詰まった兎志子、その意味を昌也は心底ありがたく思いながら、独り言のように空へと語る。
既に夕焼け空となった空に、
自分に影を落としている日に向かいながら。
「この間の試合、俺、久々に楽しかったんだよ」
「昌君……」
いつの間にか久子はいつもの定位置に戻り、開けた視界の先には彼女たちがいた。
あの試合、昌也の期待に応え、精一杯の努力で見事勝利を勝ち取った彼女らが昌也を見ていた。
「昔の俺ならベンチで、試合に出れない事に歯がゆさを感じて、苛立つしかなかった」
「……」
自嘲気味な話に誰もが静かに耳を傾ける。
「でも、あの試合はベンチにいても一緒に戦えてる気がしたんだ」
勝つ為の計画を練った事、練習した事、アドバイスした事。
全ての事柄が昌也の中で野球の楽しさを再確認させていた。
「……正直、最初はコーチなんて柄じゃないし、務まるかどうかわからなかったけどさ」
照れるように頭をかきながら、昌也は言葉を選ぶ。
元々自分のためでしかなかったコーチ就任、
だけど今はこの部のためにコーチを請け負いたいと思っている。
その答えを彼女たちは求めている。
少なくとも兎志子は態度に示せ、とあからさまな挑発で促して。
だから今目の前にいる彼女らに認めてもらえるように、
正直な気持ちを出せるように昌也は紡いだ。
「でも、お前らと一緒だと、楽しかったんだ、野球が、だから」
無意味に腕に力がこもる。
握りしめた拳から爪が食い込む痛覚が走る。
我ながらこんな単純な言葉でも緊張してしまう事に、まだまだ未熟、と悟りつつ昌也は頭を下げながら言った。
「大山女子硬式野球部のコーチをやらせて下さいっ!」
グラウンド内に響く昌也の叫びは瞬時に歓声に変わった。
ほとんどタイムラグなく耳に届いた事に驚きで顔を上げれば、夕日が眩しく昌也の顔を朱に染める。
それは目の前の彼女たちも同じであり、昌也に一つの場面を回帰させ、
(……また、ここから始める、か)
自らの脳内へと還した言葉に静かな笑みをもらいながら
呼ばれた声に応えるよう、昌也は新しく始まる野球生活に手を差し出すのだった。
こんばんわ、作者です。
まずは皆様、ここまでお付き合い頂きまして本当にありがとうございました。
無事(?)区切りがつけたのも一瞬でも見に来て頂けた方々のおかげだと真に思っております。
前の連載執筆中よりコソコソ書いてきたこの野球小説ではありましたが、今回も自己満足の作品となりました。
元々野球は好きで、それこそ経験は小中の球技とバッティングセンターくらいではありましたが、
自ら持てる知識で実現不能な魔球を考えたり、言葉で野球のシーンを再現する難しさを体験できたり、とても楽しかったです(笑)
さて、これで10+1(イレブン)ナインは一区切り、ではありますが、
まだ色々と書かれていない部分は数多く、ネタとしてあります、が次の連載として書くかどうか……
ちょっと充電期間ならぬ準備期間を置いて検討してみたいと思います。
最後になりますが、本当にここまでお読み頂きまして、ありがとうございます。
毎回アクセス数を見て、アクセスがあるたび来て頂いた方々は神様だと思っておりました。
次回はどうなるかまだわかりませんが、皆様の元へまた自己満足の作品(笑)を届けられるよう頑張りますので、見かけた際はぜひよろしくお願いします。
それでは。




