04-27 各人の反応。
そのとき。
七重芹香は入浴中だった。
湯船につかって寛いでいたときに、あの、
《渡来治樹のスキル『自動筆記』が芦辺素直に奪取されました。》
というアナウンスを受け取る。
……あれ?
七重は、違和感をおぼえた。
『自動筆記』というスキルは、確か別の子のスキルなんじゃあ……。
七重も初日に配られていたプリントには目を通していたのだが、そのすべてを暗記していたわけではない。
今日の昼間、新堂零時が渡来のスキル『シーフ』について注意を呼びかけていたので、渡来に与えられたスキルが『シーフ』であったことは確実に記憶していた。
七重のその疑問の答えは、次のアナウンスによりすぐにより示される。
《渡来治樹のスキル『シーフ』が林道鈴に奪取されました。》
ああ、なるほど。
七重は、納得をした。
まず渡来治樹がスキル『シーフ』の能力によって『自動筆記』というスキルを奪い、今度はその二つのスキルがもろとも誰かに奪われた、という構図なのか。
今の学校に入学してからまだ日も浅く、七重はクラスメイトの顔と名前をすべて記憶しているわけではない。
それでも、芦辺素直と林道鈴の顔と名前くらいはなんとなくおぼえていた。
芦辺素直はひょろした色白の少年で、林道鈴というのは小動物めいた印象を受ける、小柄でちょこまかとよく動く少女だったはずだ。
ほぼ同時に渡来からスキルを奪っていることから察するに、この二人はどうやら行動をともにしているらしかった。
……妙な組み合わせだな、と、七重は訝しんだ。
芦辺は休み時間にいつも本を読んでいるような物静かな男子で、林道の方はいつもきゃいきゃいと騒いでいる活発な女子だった。
この二人は、以前から仲がよかったとはいいがいたいし、信頼関係で結ばれるような接点があったとも思えないのだが……。
そもそもこのゲームが行われていること自体がかなり異常な状況ではあるので、七重はさほど強い違和感は抱かない。
今のような異常な状況なら、どんな組み合わせだってあり得るだろう。
あまり強い攻撃力を持たない者同士なら、なおのこと焦って手近なところと手を組みたくなるのかもな……とか、七重は思う。
最後の一名になるまでスキルを奪い続ける、というこのゲームの性質上、どんな同盟関係もそんなに長続きはしないはずなのだが。
田所一は、溜桶の駐輪場まで自転車を取りに行き、その足で市立病院へ行って所用を済ませ、自宅に帰る途上でそのアナウンスを耳にした。
《渡来治樹のスキル『自動筆記』が芦辺素直に奪取されました。》
少し間を置いて、
《渡来治樹のスキル『シーフ』が林道鈴に奪取されました。》
と、珍しく立て続けにアナウンスがあった。
……これはつまり、渡来はすでに二つのスキルを持っており、それが二つとも奪われた、ということなのか。
少し考えただけで、田所はすぐに真相らしきものにたどり着く。
渡来はスキル『シーフ』を使ってもっと多くのスキルを集めていた可能性もあるのだが……だとしたら、渡来からスキルを奪った連中が残りのスキルも根こそぎ奪っているはずであり……やはり、渡来はもともと二つしかスキルを持っていなかったと、そう考えるべきだろう。
連中が、渡来に有利な譲歩しなければならない理由が思いつかない。
……ということは、渡来の野郎はこれでスキルなしってことだな。
とも、思った。
田所の記憶が確かなら、瀬川太郎、瑠河秀夫、眞鍋伸吾に続いて、これで四人目のリタイアになるはずだった。
スキルの移動があるたびにアナウンスされるので、こういうところはわかりやすいよな。
と、田所は思う。
深夜とか、自分が熟睡している時間にアナウンスがあったとしたら、それを関知できる自信はなかったので、その前提をあまり信じすぎるのも問題があるのだが。
しかし、芦辺と林道か、と、田所はこの二人について思い返す。
このゲームに対して真剣に挑んでいる田所は、七重と違って初日に配られたプリントの内容を丸暗記していた。
芦辺のスキル『自動筆記』、林道のスキルは『パラライザー』だったはずだ。
林道の『パラライザー』は名前からしてスキルの機能もなんとなく検討がつくが、芦辺のスキル『自動筆記』については、具体的にどういう機能を持つスキルなのか想像がしにくい。
ただ、アナウンスされた内容から推測するに、一度、芦辺が渡来にスキルを奪われ、それを取り戻すと同時に、もともと持っていたスキル『シーフ』を林道に奪われた、ということのようだった。
結果、芦辺のスキルは以前と変わらず、林道は『パラライザー』と『シーフ』の二つのスキルを手に入れたことになる。
芦辺については未知数でなんともいえないが、林道のスキル構成はそれなりに厄介ではあるな、と、田所は警戒の念を強くする。
スキル『シーフ』だけを単独で所持していた渡来とは違い、林道は、『パラライザー』で相手の動きを止めて悠々とスキルを奪うことが可能になったわけで……。
あくまで、スキル『パラライザー』の機能が田所の想像通りであったと仮定してのことであるが……それでも、あまり近寄りたくない相手であることに変わりはなかった。
単独ではなんということもない、毒にも薬にもならないようなスキルであっても、複数を所持するとその組み合わせによっては格段に脅威度がアップする。
どうやらこのゲームは、そうした性質を持っているようだ。
「……これで、四人目、か」
アナウンスを聞いたあと、自宅にいた頼衣玉世は初日に配られたプリントを取り出して、新たにリタイアした渡来治樹の名前にシャーペンで斜線を引いた。
「これで、残りはちょうど三十人」
今日で、ゲーム開始から四日目。
今までのことろ、一日に一人づつ落伍者が出ている勘定になる。
このペースが早いのか、それとも遅いのかは見方によって意見が分かれるのだろうが……いずれにせよ、このゲームも今後は進行が加速していくのではないか?
と、頼衣は推測する。
なぜならば、ゲームが進行するにつれて、多くのスキルを持つ者と持たない者の格差が広がっていく一方だからだ。
有利な者はより有利に、そうでない者は一方的に狩られる立場になっていく。
それがいやなら、なんどかして他人のスキルを奪っていくしかない。
これは、そういうゲームなのだ。
今のところ、頼衣は新堂零時のスキル『ナイトシールド』によって護られている。
そうでなかったら、他のクラスメイトのスキルについて読みとることが可能なスキル『スカウター』を与えられた頼衣などは、真っ先に誰かの標的にされていたことだろう。
頼衣としては、別にこんなゲームに最後まで勝ち残りたいわけではないのだが、だからといって自分に与えられたスキルが悪用されるのも納得がいかず、やはり出来るだけ長い時間、自分自身でこのスキルを管理していた方が無難なのではないか……と、そのように思っている。
ただ、本音をいえば、こんなくだらないゲームをどうにかして終わらせ、元の通り平穏な生活に戻りたいと思っていた。
クラスメイトの大半が、そう思っているのだろうが。
頼衣は、現在、自分の周辺が比較的静かであることを喜ぶ気持ちと、そのことに対して罪悪感をおぼえるような相反する二つの気持ちの間で揺れ動いていた。
昼間、教室であったような、叶治郎と真鍋伸吾の決闘のような、血腥い情景はできるだけ体験したくないと思っている。
自分自身だけではなく、同じクラスみんなにも、等しく、これ以上、あんな体験はして欲しくない。
だけど……。
このゲームの性質上、その願いがかなえられる可能性はかなり低かった。
「……これから、どうなっちゃうんだろう……」
一人、頼衣は呟く。
その声は、他に誰もない部屋でかなり心細く響いた。




