04-21 三人会議。
「……あの素直くんが、女の子のお友達をふたりも連れ帰ってくるとはねー……」
芦辺家に週三で通ってきているという家政婦の人は、そういって睦月たちの前にティーカップを置いてくれた。
「……マイセンだ」
ぽつり、と、林道鈴がつぶやく。
「もう、いいですから!」
芦辺素直は少し強い調子でそういって、家政婦さんの背中を押してリビングから追い出した。
「礫沢さんは帰ってください!」
なんなんだ、この状況は……と、睦月庵は思う。
あれから、芦辺素直はすぐに意識を取り戻した。
そして、三人で……というより、睦月と芦辺のふたりで、なんとか家政婦である礫沢さんをいいくるめる。
当の礫沢さんは、睦月と芦辺のふたりで行った「状況説明」についてどのように理解したのかまでは、定かではない。
なんでも、この礫沢さんという人は芦辺家にもう十年以上通ってきている家政婦さんで、当然芦辺のことは幼少時から知っていることになる。
「……あの可愛かった素直くんが……」
とか、感慨深げな表情をしながら、何度もいっていた。
礫沢さんは、芦辺に背中を押されながらも、
「素直くんもまだ責任を取れる年齢ではないんだから、おつき合いも節度がある範囲で……」
うんぬんなどと言いつのっていた。
「あの人、誤解しているんじゃないの?」
その礫沢さんがドアの外に姿を消したことを確認してから、睦月はいった。
「仕方がない」
芦辺は、憮然とした表情をして答える。
「きちんと説明したところで、果たしてちゃんと理解してくれるかどうか……。
あれで、思いこみが激しい人だからなあ」
といって、芦辺はため息をついた。
「それよりも……さっき、ぼくを痺れさせたのは、どっちだ?
スキルの名前からして、林道の方だと考えているけど……」
林道鈴のスキル、『パラライザー』。
字義通りに解釈するのならば、「麻痺をさせる者」。
クラス全員のスキル名はプリントに印刷されてゲーム開始初日に配布されているし、素直に考えれば、すぐに結論は出てくるのだった。
芦辺に睨まれて、林道はばつの悪い顔をして押し黙る。
「……やはり、林道の方か」
無言であっても、芦辺は林道の態度をみて察したようだった。
「でも、さっきの麻痺状態は、せいぜい二、三分くらいしか続かなかったけど……。
林道。
お前のスキル、今、レベルいくつだ?」
「……一」
林道は、不貞腐れたように頬を膨らませて、そっぽに顔をむけた。
「……一、だと?」
なぜか、芦辺の顔がひきつる。
「お前……ゲーム開始してから今まで、いったいなにをやっていたんだ?」
「だって!」
林道が、不満を爆発させる。
「しょうがいないじゃない!
わたしのスキル、誰かに使用しないとレベルあがんないし!
でも、おいそれと使えるスキルでもないし!」
「……まあ、まあ」
睦月は、ふたりの間に割ってはいることにした。
「二人とも、落ち着いて……。
あ、このお菓子、貰うね」
わざと軽い口調でいって、テーブルの上に出されていた一口大の菓子を手にとり、包装紙を剥がして口の中に放り込む。
「あ。
……おいし」
思わず、そんな声を出してしまった。
チョコレートではあるのだが、なにか、これまでに睦月が食べてきたチョコレートとは、まるで別物のような……。
「……ゴディバだよ、これ!」
テーブルの上に無造作に置いてあったチョコの箱を持ちあげて、林道が叫んだ。
「それおいしくなかったら、嘘だよ!」
「ゴディバ?」
睦月は、首を傾げる。
「それ、お菓子のメーカー名?」
「ちょーこーきゅーなチョコレートのメーカーさん!」
林道が大声をあげる。
「六粒で三千円くらいとかするの!」
「って、ことは……これ一粒で、五百円!」
……うまい棒が何本買えるだろうか?
などと、睦月は思ってしまった。
「この家を見たとこから思っていたけど……芦辺くん家って、お金持ちなんだねえ……」
「両親が仕事中毒でな」
芦辺は、つまらなそうな顔をして呟いた。
「そのチョコも、どうせ貰い物だ」
「……はぁー……」
と、睦月は、ため息をつく。
これが、格差社会というものか。
「学校でも、お金持ちらしいことをアピールすれば、芦辺くんももっとモテるだろうに……」
「別に、ぼく自身が金持ちというわけでもない。
それに、家の金目当てに寄ってくる女なんか、禄なのがいないと思うな」
芦辺は、正論を唱える。
それもそうだな、睦月も納得してしまうほどの説得力があった。
「……それよりも、だ」
芦辺は、話題を元に戻した。
「お前たち、なにが目的でここまであとをつけてきた?
いや、林道についてはもうわかっている。
睦月も、林道と同じ目的を持って、ここまでやって来たのか?」
芦辺は、睦月の顔をまともに見据えながら、確認してきた。
「一応」
睦月は、隠す様子もなく答える。
「林道さんに、先を越されちゃったけどね。
今日は、まず下見だけしておくつもりだった」
「……今日のあれこれで、危機感を持った口か」
芦辺は、感慨深げに呟く。
「この場に居る三人とも、直接的な攻撃力を持たないスキルを与えられているからなあ」
「不利だよねえ、絶対」
睦月も、芦辺の言葉に頷く。
「それで、どうするの?
これから、この三人で取っ組み合いの喧嘩でもする?」
睦月がそういうと、林道は露骨に不安そうな表情を浮かべてソファから立ちあがりかけた。
「アホくさい」
ため息混じりに、芦辺は睦月の発言を一蹴する。
「もう、そんな雰囲気じゃないだろう。
第一、家の中で暴れられるとぼくの方が困る」
「……ですよねー」
睦月も、芦辺の言葉に頷いて見せた。
林道は、すっかり安心した様子で二つめのゴディバに手を延ばしている。
「それで……だな」
少し間をあけてから、芦辺は切り出した。
「とりあえず、この三人で一時的に手を組まないか?」
睦月は、無言のまま頷く。
特に意外な提案、というわけではない。
この家の中に招かれ、お茶とお茶受けまで出されている時点で、芦辺に敵対の意志がないことは予想がついている。
……ただ単に、芦辺にとって自分の『ファイブセンス』や林道の『パラライザー』が苦労してダッシュするほどの魅力を感じないスキルだった、というだけのことかも知れなかったが。
「条件次第、だね」
睦月は、即答した。
「ゲームの性質上、いつまで仲良くってことはできないわけだがら……具体的に、どこまでいっしょに行動をするのか、最初に決めておかないと」
「まずは……この三人の全員に、直接攻撃可能なスキルが行き渡るまで……というのは?」
芦辺は、すぐに具体的な条件を出してくる。
「そのあとは……そのときの状況次第で、延長するかどうかを判断する」
「まあ、打倒な線だね」
睦月も、芦辺が出してきた条件に頷いた。
自分のスキルだけではきついという思いを、元々持っていたのだ。
ただ、今は、容易に他人を信じることができる状況ではない。
この場に居る、三人が三人とも、ほとんど攻撃力がないスキルの持ち主だった。
だからかえって、信用ができる。
いや、わざわざ裏切るほどのメリットが、ほとんどない。
「わたしは、二人に判断を任せるー」
ファーストフラッシュの紅茶でゴディバのチョコを流し込みながら、林道が答える。
「どうせ、自分一人でやっても失敗すると思うしぃ」
脳天気なんだか、潔いんだか。
「じゃあ、決まりだな」
芦辺はいった。
「まずは……それぞれが持っているスキルについて説明し合うところからはじめよう」




