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放課後乱闘ライヴズ  作者: (=`ω´=)
三日目
47/109

04-20 追う者、ふたり。睦月庵と林道鈴。

 睦月庵のスキル『ファイブセンス』は尾行には最適だった。

 五感のうちのいずれか、特に嗅覚などを選択して感度をあげられるので、十分にレベルをあげさえすれば、まず追いかけている者を見失うということがない。

 かなり距離を引き離されたとしても、余裕でそのあとを追うことが可能だった。


 この世界には、実に様々な匂いで満ちあふれている。

 この匂いとは、要するに化学物質のことだ。

 スキル『ファイブセンス』を与えられて以来、睦月はこの世は多種多様な匂いに満ちているということを、様々と実感していた。

 以前なら漠然と「悪臭」としか認識できなかった匂いでさえも、細密に内容を嗅ぎ分けられるようになると、そこから膨大な情報を取得することができた。

 たとえば、体臭。

 人間は、誰でも固有の体臭を持っている。

 個人差がある、というだけではない。

 その日の体調や最近の食生活、それに、今現在の気分などでも体臭は変化する。

 スキル『ファイブセンス』のおかげで非現実的なほど鋭敏な嗅覚を持つことになった睦月は、数百メートル先に居る特定の人物が通ったあとを、正確に追跡することが可能だった。

 なにせ、その人物の体臭が道にそのまま残っているのだ。

 今の睦月なら、目を瞑っていてもあとを追うことができる。


 現在、その睦月が追っている相手は、同じクラスの芦辺素直という男子だった。

 この芦辺とは睦月とは、出身中学も違うし特に親しいわけでもない。

 だから、睦月はこの芦辺につつて、現住所も生活パターンについてもまるで知識を持っていなかった。

 また、今回の尾行がゲーム絡みのもであることもあり、気軽にクラスの友人たちに芦辺のことを訊ねるということもできない。

 下手に聞き回れば、睦月が芦辺を狙っているという事実がクラス中に筒抜けになってしまうからだ。

 結局、睦月はこうして自分のスキルのみを頼りに芦辺を尾行している。

 芦辺のスキル『自動筆記』は、名前から察するに戦闘には直接役に立たないスキルだとは思っているのだが、睦月は、だからといって油断してすぐに芦辺を襲おうとも思わなかった。

 普段から青白い、不健康そうな顔色をしている芦辺は、男子としてはかなりひ弱そうな印象があったが、睦月の方はさらにひ弱な女子でしかない。

 正面から襲いかかれば、返り討ちになる公算の方が大きかった。

 睦月では、今日の時点では、芦辺の自宅の住所と放課後の行動パターンくらいの情報を得られればいいと割り切っており、具体的な芦辺の襲撃方法については、またあとでゆっくりと考えるつもりだった。

 防犯スプレーやスタンガンなど、市販されている防犯グッズを利用すれば非力な睦月でも、十分に男子に太刀打ちできる……と、睦月は考えている。

 相手の不意をつけば、さらに勝率はあがるはずだ。

 今日あった、叶治郎と眞鍋伸吾の決闘のようなことが今後も日常茶飯事になるのならば、早めにスキルを集めて自分の身を護る必要がある。

 そのための第一弾として、睦月はこの芦辺という、男子としては扱いやすそうな少年に白羽の矢を立てた。


 睦月が追跡している芦辺素直は、早足に校門を出るとまっすぐに南側に進んでいった。

 どうやら、この芦辺は徒歩で通学をしているらしく、学校の近くに何カ所かあるバス停へはむかっていない。

 徒歩圏内で、学校の南側にある……というと、ここは二十年くらい前から分譲されている、少し高級な住宅街になる。

 住んでいるのは、そのほとんどが経営者や大企業の役員クラスの人たちで、要するに年収ン千万以上の人たちだった。

 同じクラスの子だと、睦月の友人である加賀姫香や都井宮子なんかが同じ町内に住んでいるはずだ。

 睦月は男子の友人がほとんどいなかったので、芦辺に限らずクラスの男子の個人情報については極端に疎かった。

 とにかく、芦辺の自宅は、学校からそう離れてはいないらしい。

 このことは、睦月を安堵させた。


 逆に、睦月を不安にさせた情報もある。

 睦月とは別に、芦辺のあとをつけている者が居たのだ。

 睦月は、すでにクラス全員の体臭を嗅ぎ分けられるようになっていた。

 だから、今、芦辺のあとをつけている子の正体についても、すぐに誰か悟ることができる。

 林道鈴。

 初日に、クラス全員に配布されたプリントによれば、『パラライザー』というスキルを与えられた女子だった。


──先を越されちゃうかな?


 と、睦月は考える。

 林道のスキルは、名前から推察すれば、何らかの方法によって相手を麻痺させるためのスキルだろう。

 不意をつけば、相手が男子であっても十分に勝ち目はあるはずだ。

 いや、きっとこの林道も、睦月と同じような思考をたどって、芦辺の襲撃を決意したに違いない。

 尾行と襲撃のブッキング。

 こうしたゲームの最中でなければ起こりえない、偶然だった。


──さて、どうするべきか。


 睦月は、さらに考える。


 一時的に、林道に共闘を呼びかける。

 却下。

 林道にしてみれば、睦月と組むためのメリットがない。


 まずは、後学のために、林道のやりようを観察する。

 そののちに、林道を襲って彼女から二人分のスキルを奪う。


 前半はともかく、後半は非現実的だ。

 睦月のスキルは全然戦闘にはむいていないし、現在の睦月はなんの準備もしていない。


 結局、具体的に可能なのは……林道鈴のやり口を観察して、あとで参考にするくらいか。

 と、睦月は結論する。

 睦月は、自分自身と自分のスキルの無力さを弁えていた。

 無理をして失敗するよりも、確実にできることから手をつけていった方がいい。


 その林道は、芦辺から数百メートル間をおいて、匂いと音とで追跡している慎重な睦月からみれば、呆れるほど大胆に芦辺のあとをつけていた。

 芦辺との距離は、二十メートルも離れていない。

 芦辺が気まぐれを起こして振り返りでもしたら、あとをつけてくる林道の姿をすぐに発見できたはずだ。

 大胆というか、なにも考えていないというか。

 林道は、素知らぬ顔をして、なんの工夫もなく歩いて芦辺のあとをつけている。

 かなり離れた場所から、その二人の姿を監視している睦月の方が、心配したくなってくるほどの不用心さだった。


 なにか考えがあるのか、それとも、尾行がばれても構わないと割り切っているのか。

 ……おそらくは、後者だろうな。

 と、睦月は思う。

 林道鈴という少女について、睦月も特に親しいというわけではなかったが……。

 彼女は、粗忽なことでよく知られていた。

 無邪気というか、迂闊というか、物事を深く考えない性格というか。

 ある男子にいわせると、「絵に描いたようなドジっ子」だそうである。


 とにかく、その林道がどうするつもりなのか、今日のところは観察させて貰うことにしよう。

 と、睦月は今日の方針を決定する。


 林道が芦辺の襲撃に成功するのならば、それでもよし。

 睦月としては、別の標的を設定し直すだけである。


 林道が芦辺の襲撃に失敗したのなら……そのときは、林道に声をかけて共闘を呼びかけてみよう。

 林道のスキル『パラライザー』は、少なくとも戦闘においては睦月自身のスキル『ファイブセンス』よりも役立つはずだった。

 索敵などに強い睦月と林道とが組めば、少なくとも各自が単独で行動しているときよりは、心強くなる……はず、だ。


 芦辺素直は、二人の尾行者を引き連れて閑静な住宅街を歩いていた。

 人通りはほとんどない。

 かなり離れた場所から先行者たちの同行を見守っていた睦月は、人目がないことを幸いに、林道が道ばたで芦辺を襲撃するのではないかと勝手に気を揉んでいたのだが……どうやらそれは、杞憂に終わりそうだった。

 やがて芦辺は、かなり立派な門構えの邸宅の門を開き、その内部に入ろうとする。

 林道が動き出したのは、そのときだった。


 芦辺にむかって、林道が走り出す。

 そのときの芦辺と林道との距離は、おおよそ二十メートル。

 女子の足でもあっという間に追いつく距離だった。


 同時に、二百メートル以上離れていた睦月も駆けだしていた。

 林道がなにをするつもりなのかは、わからない。

 が、これからは、できるだけ近くに居た方がいいように感じた。

 根拠は、特にない。

 強いていえば、勘。


 あっという間に、林道は芦辺においつく。

 足音を聞いたのか、芦辺が振り返り、自分にむかって来る林道の姿を認める。

 スキル『ファイブセンス』で強化されていた睦月の視力は、訝しげな表情を浮かべた芦辺の顔を捉えている。

 芦辺は、警戒するよりも疑問を抱いているようだ。

 なぜ、ここに、林道が?


 林道は手を延ばし、門に手をかけていた芦辺の肘に触れた。

 芦辺の全身が、ビクンと大きくうねる。


 林道のスキル『パラライズ』。

 どうやら、その名前の通り、誰かの体を麻痺させるスキル……ということで、間違いはないようだ。

 もつれ合うようにして倒れ込んだ二人に、足って近寄りながら、睦月はそんなことを考える。


 どうやら意識を失ったらしい芦辺は、全身の力を抜いて、その場に崩れ落ちた。

 それまで全力疾走していた林道は、いきなり急停止できるはずもなく、その芦辺に覆い被さるような格好で倒れていく。

 端から見ていると、林道に抱きつかれた芦辺が、林道の勢いを殺すことができず、そのまま二人でもつれ合い、倒れてこんでいるようにも見えた。


 二人は、そのまま門の内側に、折り重なって転倒した。


 少し間を置いて、そんな二人に睦月が追いつく。

 全力疾走をしていた睦月は、その場に足を止めて、荒い息をついていた。

 やってきたはいいが……この場で、どうすればいいんだろう?


「あらあら」

 そんな、のんびりとした声が、睦月の耳に入る。

「素直くん、高校に入ったとたんに、モテるようになって……」

 顔をあげると、上品そうな中年女性が、倒れている芦辺と林道、それに睦月の方に、なま暖かい視線を注いでいた。


 ……睦月は、ここに至るまで、芦辺の家に家族の誰かしらが居る可能性を考慮していなかった。

 林道なら、なおさらそんなことは想像していないだろう。

 その証拠に、ようやく芦辺の上から退いて起きあがった林道は、助けを求めるかのように潤んだ瞳で睦月の顔を見据えている。


「……ええっと、ですねえ」

 さて、この場をどうごまかすか。

 睦月は、素早く思考を巡らせた結果……とりあえず、自己紹介からはじめることにした。

「わたしたちは、芦辺くんのクラスメイトでして……」

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