時の止まった教室、ゲームの概要説明。
「今日は連絡事項があるそうだから、授業が終わってからもすぐに帰らないように」
クラス委員の三峰刹那がそういったのは、ゴールデンウィークも近づいたある日のことだった。
「帰る前に、短いホームルームがあるらしい」
「なんだよ、連絡事項って」
お調子者の渡来春樹が、不平混じりにそんなことをいう。
「知らない」
三峰の返答はにべもなかった。
「教えて貰っていない」
教室内の生徒たちは、ざわつきつつもそれぞれ自分の席に戻っていった。入学してからそろそろ一月になろうとしているが、こうした土壇場でまでやるかどうかわからなかったホームルームというのは何度かあり、生徒たちも慣れてはいたのだ。
ちなみに、この倉石市立中央高校は完全地域密着型の高校であり、ゴミ拾いのボランティア活動のお誘いとか、そういう細かい連絡事項がギリギリまで生徒に伝えられないことも多かった。入学してからまだ一月も経っていなかったが、これまで一年D組の生徒たちがそうした連絡を受けて帰宅を遅らせたことも、何度か経験している。
だから、このときにも三峰の発言に不穏なものを感じた者は皆無だった。
少しして教室に入ってきた高杉先生はいつもと変わらない様子で最前列の生徒たちにプリントを配り、背後に回すようにいった。
そのA4サイズ一枚のプリントは、特に不審なものではなかった。その内容を除けば、だが。
「……ゲームの目的?」
「ゲームの、ルール?」
「優勝者への……報奨?」
手渡されたプリントを見た生徒たちが、ざわつきはじめる。
生徒たちは一様に困惑した様子をみせている。
皆、プリントに書かれた内容を、理解できないでいた。
定年間際の高杉先生は、滑舌が悪くて授業の内容が聞き取りづらいという評判があったが、間違っても担任したクラスの生徒たちにこんな悪ふざけをするような教師ではない。
「……あー。
静かに。皆さん、静かに、ね」
高杉先生はいつもと変わらない調子で生徒たちに語りかける。
「えー。
説明します。今から説明しますから。
今は訳が分からないと思いますが、あとで質問も受けつけます。
あー。
まずは、先生に説明をさせてください」
ざわつきながらも、生徒たちは高杉先生のはなしを聞く姿勢になりはじめる。
「先生」
片手をあげて、三峰が質問をする。
「まず、このゲームというのは、一体なんなんですか?」
「あー。
それは、ですねえ。
まあ、このプリントに書いてあるとおりです」
普段と同じ歯切れの悪い口調で、高杉先生は説明をはじめる。
「試しに、ね。
皆さん、ステータス、と頭の中で唱えてください。
視界の隅に現在の皆さんのステータスが表示されるはずです」
クラス委員の三峰は試してみた。
その両隣の席の井崎巴も知念はなも、その他のクラスメイトたちも全員、試してみた。
ちなみに三峰刹那のステータスは以下の通りになる。
【
スキル:
エアタンク Lv.1 ◇万能系
『このスキルを持つ者は、見えない戦車で身を鎧う。
攻防両面に長けているが、成長率に難あり』
】
他のクラスメイトたちの視界にも、それぞれのスキル名と詳細が表示されていた。
それだけではなく、説明文に書かれていないより詳細なスキルの使用方法などが生徒たちの脳裏に流れ込んでくる。
……なんだ、これは……と、三峰は思う。
他の生徒たちも、それぞれの思いを秘めて自分の「ステータス」とやらをチェックしている。
呆然とする者、絶望する者、密かにほくそ笑む者……反応は、それぞれだった。
「……先生。
質問、いいですか?」
しばらくして片手をあげそういったのは、芦辺素直だった。
「なんで、こんなことができるんですか?
人間の知覚にこうした情報を挿入する技術はないはずですが」
おお、と生徒たちがどよめく。
なんとく違和感を感じていたことを、この芦辺が言語化してくれたと……と、そう思う者が多かった。
「はい。
これは、人間の技術の産物ではありません」
高杉先生は、あっさりとそんなことをいった。
「ついでにいえば、今はこういしてはなしている主体も、正確にいえば、わたくし、高杉青磁本人ではありません。
高杉青磁という教師の体を借りて、皆さんから見れば未知の知的生命体であるところのわたくしが情報を伝えております」
「……そりゃあ……」
眞鍋伸吾が挙手もせずに席を立ち、間抜けな声を出す。
「今の先生は、宇宙人かなにかに体を乗っ取られているってことですか?」
「……んー……。
宇宙人、異世界人、別の世界、時間軸の存在。
いや、そのどれとも微妙に合っていて、微妙にはずれているんですが……現在の皆さんの言語では、いや、皆さんが理解可能な概念では、われわれの存在をうまく説明することができません。
とにかく、人類から見れば超越的な何者かであると、そのように思ってください。
そうですね……過去に接触を持った人間の皆さんは、われわれのことをこう呼んでいましたよ。
リライター、と」
──どういうこと?
──訳がわからん。
──リライター? 一体なにを書き換えたんだ?
また、私語が多くなった。
「つき合いきれない!」
都井宮子が席を立って叫んだ。
「なんだか知らないけど、わたし、こんなゲームなんかにつき合う気も余裕ないんだけど!
ええっと、このプリントにある、ルール1に基づいて、わたしのスキルを譲渡します!
誰でもいいから、わたしのスキルを貰って!
そうすれば、このゲームから降りられるんでしょう!」
「……あー。
都井くん」
高杉先生は、のんびりとした口調で、諭すようにそういった。
「今は、最初のチュートリアルですから、スキルの譲渡はまだ行えません。
また、特例としてこの教室内の時間を止めています。
この教室の内部だけ、普段とは異なる法則に基づいた時空間に書き換えられているものと理解してください。
スキルの譲渡は、チュートリアルが済んだあとにお願いします」
生徒たちは携帯や腕時計を取り出して、現在の時刻をチェックする。
そして、高杉先生のいうことが嘘ではないということを確認した。高杉先生が教室内に入った瞬間から、一秒も時間が経過していなかったのだ。
「では……リライターってのは……」
瀬川太郎が、席に着いたまま小さく呟く。
「……世界を書き換える者、っていう意味なのか?」
「はい。
今、瀬川くんがいいことをいいましたね」
高杉先生は、授業中、いつもそうしているようにしわがれた声をはりあげた。
「われわれは、皆さんの世界を、いや、皆さんが現実として認識しているモノを任意の状態に書き換えることが可能な存在です。
今、皆さんに一時的に与えているスキルも、この空間も、そうした能力によって実現しています。
今後、皆さんがゲームを進めるにあたって、おそらくは教室の外でかなり暴れまわることになるでしょう。
ですが、その際に被害が出たとしても、あとで支障がない状態に書き換えます。
ですから、皆さんは心おきなくスキルを奪い合ってください」
「先生!」
睦月庵が手を挙げ、勢いよく立ち上がった。
「このゲームの目的はなんですか?
そんな……神様みたいな能力を持っている人たちなら……今さら、わたしたちのような原始人をいじらなくてもいいじゃあありませんか!」
「はい。
睦月さん。
それは、いい質問ですね」
高杉先生は、こくこくと小刻みに頷く。
「ゲームの目的は、あなた方がリライターと呼んだ存在の実験と娯楽を兼ねたものです。
それに……原始人なんて卑下することはありません。
皆さんは、人間は……皆さんが自認している以上に、ユニークな存在なのですよ。
だからこそ、こうして実験をする価値がでてくるわけですが」
「それじゃあ、よう! 高杉先生!」
椅子に座ったまま、田所一が大声を張りあげる。
「そんな、神様みたいな存在が主催するっていうんなら、優勝したときの報奨がスキルだけっていうのは、ちょいとセコくないっすか?」
「田所くん。
発言をするときは、せめて手をあげるくらいはしてください」
高杉先生は軽く眉根を寄せて、そういった。
「報奨に不服……ですか?
では逆に聞きますが……どんな報奨を用意したら、田所くんは納得してくれるのですか?」
「……そうっすね」
椅子に座ったままふんぞり返り、田所はそんなことをいう。
「リライターだかなんだか知らないが、そんだけ偉い存在なら、たいていのことはできるはずだ。
最後まで生き残ってスキルを集めた生徒の願いを、ひとつだけ叶えるってことでどうっすか?」
「……ふむ」
高杉先生は顎に手を当てて、何事か考える顔つきになる。
「いいでしょう。
その程度のことなら、お安いご用です」
「……よっしゃあっ!」
田所はその場でガッツポーズをした。
──あいつ、最後まで残るつもりでいるらしい。
などという声も聞こえてきたが、田所はそれを気にかけた様子もない。
「なにか、他に質問はありませんか?」
「……いいですか?」
津川問が、控え目に手を挙げる。
「はい、津川さん」
「あの……このゲームに参加することによって発生するデメリットについて、まだ説明されていません」
津川は席を立って、明瞭な発声でそういった。
「負けたらスキルを失う、ということは理解しました。
それ以外に……たとえば、ゲームの最中に怪我をしたりしたときは、その怪我はどうなるんでしょうか?」
「それも、いい質問ですね」
高杉先生は、目を細めて頷く。
「死傷した場合でも、ゲーム終了後にはすべて回復して元通りに復元されます」
「それは……たとえスキルを喪失しても、ゲームが完全に終わるまでは、復元されないということなのでしょうか?」
高杉先生の返答を聞いて津川が軽く眉をひそめたのは、「死傷」という言葉が含まれていたからだ。
一時的にせよ、高杉先生は、いや、高杉先生に取りついた何者かは、このゲームによって死者がでる可能性があることを認めている。
仮に、ゲーム終了後に元通りになるにせよ、そこまで痛めつけられれば、精神的にも無事に済むとも思えない。
「その通りです。
と、いうのはですねえ。
スキルの譲渡などにより、一度は完全にスキルを喪失したプレーヤーでも、ゲームに復帰する可能性があるからです。
ですから、完全に相手を沈黙させ、以後、ゲームに復帰する気がなくなるようにし向けるのも、戦術としてはありになります」
津川は不機嫌な顔をして沈黙し、席についた。
殺せば、あるいは、心身に重篤な被害を与え、ゲームに参加する意欲を完全に奪えば、有利にゲームを運べる……ということを、高杉先生を通じて「リライター」という存在は示唆している。
そのような発想そのものを、津川の倫理観が忌避していた。
「……他には、なにか質問はないかな?」
「先生」
矢尻知道が片手をあげ、高杉先生に指名される前に質問を口にする。
「このゲームから降りる方法はありませんか?」
「都井さんが先ほどいったように、開始してからすぐに誰かにスキルを譲渡して、そのまま最後までゲームに参加しないという態度を明確にするのが一番確実な方法になりますね」
高杉先生が説明すると、矢尻はなにやら諦観したような表情になってしきりに頷いた。
「先生」
今度は、七重芹香が手を挙げる。
「そのゲームというのは、いつからはじまるんですか?」
無邪気な口調だった。
「そうですね」
高杉先生は、意味もなく何度か頷いたあと、そういった。
「いきなり開始、といっても、皆さんも不慣れでしょう。
これからしばらく、この教室内でテストプレイをすることにしましょう」
「幸い、この教室は外部の時空から隔離されている状態です」
高杉先生は説明をはじめた。
生徒たちは、普段の授業中以上に真剣な面もちでその説明に聞き入っている。
「ですから、これからここで行われるテストプレイによって誰かが迷惑を被るとということも考えられません。
このテストプレイの目的は、まず第一に……」
高杉先生はチョークを持って黒板にむかい、
「・自分のスキルに慣れる」
と、大書きした。
「とはいえ、皆さんも最初からスキルを使いこなせるものでもないでしょうから、テストプレイの間だけ、少し条件を緩くしましょう」
高杉先生は、さらに黒板に書き足していく。
「・テストプレイ中に受けた傷は、テストプレイ終了後にすべて修復される」
「・テストプレイ中に奪取されたスキルは、テストプレイ終了後にすべて修復される」
「・テストプレイ中に奪取したスキルは、ボーナスとしてそのままスキルを奪取した者が所持する」
「先生」
三峰が、片手をあげた。
「そのルールですと……同じスキルの持ち主が二人以上、発生することもあり得るのですが」
「それで、構いません」
高杉先生は、黒板をむいたまま答える。
「テストプレイを行ったとしても、なんの報奨もない状態だと皆さんも張り合いがないでしょう」
そのまま、高杉先生は最後の一行を書き終えた。
「・テストプレイは、十名がスキルを喪失した時点で終了する」
「さて、皆さん」
板書きを終えた高杉先生は教卓に両手をつき、生徒たちと対峙した。
「他になにか質問は?
ありませんか?
それでは……これより、テストプレイを開始します」
「……よっしゃあっ!」
田所一が勢いよく立ちあがる。




