私は帝都アルディアに着いたわ!
「もう大丈夫そうですか?」
「ええ……さっきよりは楽になったわ」
レイミが顔を覗き込むと、アンジェリカは膝枕のまま小さく頷いた。
「でしたら、もう馬車の中で地図を見るのは禁止ですね」
「うっ」
「帝都へ着くまでは、おとなしく景色でも眺めていてください」
「……はい」
珍しく素直な返事に、レイミは満足そうに頷く。その様子を見ていたウィリアムとサラは、顔を見合わせ、小さく笑い合った。
やがて馬車は街道を進み続ける。
窓の外に広がっていた草原は、次第に農村や小さな集落へと姿を変え、街道を行き交う旅人や荷馬車、帝都を目指す商隊や貴族の馬車も目に見えて増えていく。
「帝都が近い証拠だな」
窓の外を眺めながら、ウィリアムが静かに呟いた。さらに一時間ほど進むと、馬車の速度がゆっくりと落ち始める。
「お嬢様、ご覧ください」
サラに促され、アンジェリカは身を起こして窓の外へ目を向けた。
「……あっ」
思わず息を呑む。
遠くの地平線に、巨大な城壁が姿を現していた。
どこまでも続く灰白色の城壁。その向こうには、幾本もの尖塔が青空へ向かって高くそびえ立っている。
「あれが……帝都」
「ああ。セイクリッド帝国の中心、帝都アルディアだ」
思わず漏れた呟きに、ウィリアムが穏やかに頷いた。
アンジェリカは目を細める。
帝都を訪れるのは、五年ぶりだった。
十歳の頃、両親に連れられて一度だけ訪れたことがある。
だが、あの頃の自分は領地にも政治にも興味がなく、覚えているのは美味しいお菓子や美しい噴水、煌びやかな街並みばかりだった。
(あの頃は、本当に何も考えていなかったわね……)
思わず苦笑が漏れる。
けれど、今は違う。この街には帝国中の貴族が集まり、政治も経済も文化も動いている。そして、自分が未来の領主として多くを学ぶ場所でもある。
同じ帝都を目の前にしているはずなのに、その景色は五年前とはまるで違って見えた。
「お嬢様。帝都では勝手に離れたりしないでくださいね」
「大丈夫よ。私はちゃんと学習するし、もう立派な大人だもの」
「……大人?」
レイミは、じっとアンジェリカを見つめた。
「……何よ、その反応は」
「昨日は一人で飛び出して旦那様に叱られ、今日は馬車の中で地図を広げて車酔いをなさった方が、『立派な大人』と仰るものですから」
「うっ……」
痛いところを突かれ、アンジェリカの表情がぴたりと固まる。
向かいの席では、サラが「その通りですね」と小さく頷き、ウィリアムも口元を押さえながら肩を震わせていた。
「お、お父様まで……!」
「いや、すまん。あまりにも絶妙なタイミングだったものでな」
「もう、知らない!」
ぷいっと顔を背けるアンジェリカ。
しかし、その不機嫌も長くは続かなかった。
「……でも、お菓子屋くらいは見て回ってもいいわよね?」
「やっぱり子どもではありませんか」
「違うわ! 市場調査よ、市場調査!」
「そういうことにしておきましょう」
笑い声を乗せながら、レーベル公爵家の馬車は五年ぶりとなる帝都の門をくぐった。




