提灯お化け
人が暗闇を怖がるのは、何故だろうか?自分の親にそう教わったのかもしれないし、生き物としての本能なのかもしれない。明かりがあれば安心し、暗がりであれば不安になるのは、暗闇の先にある恐怖をつい想像してしまうからだろう。暗闇に潜む何かがいると、そう思ってしまうからだ。
「ふふ、裏通りはのんびり飲めていい。最近は自由に飲める場所が少なくて嫌になる。」
顔のない妖が言う。日本酒を升でちょびちょびと飲んでいる。口はないように見えるが、それでも飲んでいる。
「だな。都会に住む人間の冷たさときたらないぜ~。この前なんか道端の男を脅かしに出てったら、ちらっとだけ見て何にも言わずにそのまま素通りされたぜ。もっと…なんか反応あるだろ!ってな。目元にクマもあったし青白い顔しててよ。どっちがお化けだっての。驚かしてる側の気持ちも考えてほしいもんだぜ。」
牛が二足歩行になったような妖が紅い杯を煽りながら言う。…牛差しを食べている。
「そりゃ災難だったな。たぶんその男は”ぶらっく”ってとこに囚われてる罪人さ。なんでも地獄を再現したような場所で、体がくたくたになるまで働かされて、おまけにその頑張りはなくされる。賽の河原みてぇなところらしいさね。」
「ふうん…まあ人間にも事情はあるしな。ところでさ…前から思ってたんだが、お前って顔ないのにどうやって酒飲んでるんだ?」
妖の持つ疑問は自分と同じだったらしい。
妖裏通りは、いつも夜のままだ。妖たちは人間のいないこの通りで、のびのびと過ごしている。そんな通りを歩く、未練を探す旅人たちがいた。
「そろそろ歩き疲れたし、どこかで休みたいな。二人はどう?疲れてない?」
宿屋とかあるのかな…いや、茶屋で甘味でも…僕は少し旅行気分になっているのかもしれない。
「そうね。そろそろ休みましょ。そこの…あら。」
着物の少女が言いかけて。
「ほう…坊主、ちょいとそこの角を曲がって、先を見てきてくれんか?」
琵琶の頭の妖、もとい同行者が言う。
「うん、わかった。」
足を運び、先を見やる。あれは…明かり?なんだか近づいてきて…
「うばば~っ!暗いと怖いぞう~」
提灯がぱっくり割れて舌が飛び出す。
「うわ!お化けだっ!」
目の前に現れた提灯に腰を抜かす。
「妖裏通りなのだから、当然でしょ。」
「なかなか上手い脅かし方じゃったの~」
にやりと笑いながら、感心しながら二人が近づいてくる。
「へえ。そりゃあどうも。琵琶のお方。しっかし人とつるんでるとはねえ、帰らせた方がいいんでねえかい?」
「帰れないのよ、もう死んでるのに、未練が分からなくて何処にも行けなくなってしまったのよ。」
「ちょっと二人!知ってたなら教えてよ!びっくりしたって!」
正直言って怖いのは苦手だ。この裏通りを歩くのも少し怖いし…最近ようやく琵琶牧々になれてきたところだった。
「まあまあ落ち着け坊主。妖なら人を脅かすもんじゃ。」
「わかるけどさ…一言くらいあってもよくない?」
「いい驚きっぷりだったわ。これからもその調子で驚くと私が楽しいわ。」
「僕は楽しくないよ…」
「その、提灯お化けさん?は何か僕に用があったの?」
向き直って言う。
「人を脅かすのがオレは大好きなのさ。理由はそれで充分。」
「そんな顔するんじゃないやい。最近は街灯が多くてなあ。驚いてくれる人間に飢えてたのよ。いい驚きっぷりだったぜい坊主。最近はどうも、提灯っつーもんが時代遅れなんかと思っちまってな。元気がでたぜ。ありがとよ。」
そんなので感謝されても困るんだけど…
「しっかし未練か…それがわかんねえとここにいるしかねえのか?」
「そうね。未練を見つければ少なくとも、ここにはいなくて済むわ。」
話していると、不意に路地裏から小さな男の子が歩いてきた。ひょっとしたら、僕と同じように妖裏通りに迷い込んでしまったのかもしれない。
「ねえ。そこの僕…」
「うばば~っ!暗いと怖いぞう~」
提灯お化けが飛び出した。
「ひいっ!お化けが出た~!」
男の子はそのまま来た道に向かって走って行ってしまった。
「ちょっと!なんで脅かしたの!怖がって逃げちゃったじゃないか!」
「それで良いではないかのう?坊主。来た道を戻れば、死んでいない子なら帰れるじゃろう?」
「それは…」
確かに、死んでいる僕とは違って帰ることができる。
「それにあなた、血塗れでしょう?あなたがお化けみたいなのにお化けに驚いているのは笑えるけど。」
自分の姿を思い出す。こんな姿で話しても怖がられてしまうだけだ。
「提灯お化けさん、その…」
「この先の道は暗いぜい。しばらくの間オレが案内してってやるさ。昔は同心の旦那にぶら下げられて町を回ったもんさ。暗ぇ道ほど灯りを高く掲げろ。それが旦那の口癖だった。」
そう言うと僕の手にお化け提灯が収まった。
「こうして人に使われんのも久しぶりだなあ。物は大切に扱えよ。」
妖が人を脅かすのにも、意味があるのかもしれない。僕はそう思って、仄暗い道を温かい灯りをもって歩んでいく。




