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始まりのメモライズ  作者: 蓮見たくま
第2章 アンジュ~始まり~
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第1話 偽物


 とても静かな夜だった。


 街の明かりは殆ど消え、夜空の星々が下界を照らす。

 風も無く、音も無い。まるで世界が動きを止めてしまったかのように、その夜は静かで不気味だった。


 そんな闇夜に紛れて動く影がひとつ。


 とある宿屋の一室。

 高さにして地上から十五メートルはあるであろうその部屋に、影はそっと忍び寄っていた。


 窓を開け、そよ風が吹いたかのようにカーテンを少しだけ揺らすと、足音も無く部屋の中へと着地する。


 部屋の中は明かりが無く、ベッドを見れば毛布が盛り上がっていた。


 影はそのベッドの横に立つと、懐から取り出した短剣を構えながら毛布へと手を伸ばす。


 刹那、影は毛布を剥がすと勢いよく短剣を振り下ろした。


 グサリ、と短剣が得物を突き刺す。

 だが、毛布に隠れていたのは人間ではなく、ただの枕だった。


 状況が掴めずに困惑して固まる影の背後から、突然声が聞こえてくる。


「どんな美女が夜這いに来たのかと思ったら、全然違ったな。まっ、人の寝込みを襲うとか美女でも願い下げだけどな」

「⋯⋯!」


 咄嗟に影は飛び退く。


 ベッドを飛び越え優雅に着地すると、短剣を構えながら声の主を見た。


 青い髪と瞳をした少女のような男。

 その男、リオティスは左手で短剣を握りしめながら言う。


「こっちは入団試験やら酔っ払い女共のせいで疲れてるってのに、こんな夜更けに誰だよ。まっ、その容姿を見れば大体見当がつくがな」


 リオティスの目に映った影は、彼にとって最も親しい容姿をしていた。


 黒いローブを身に着け、同じく黒色の不気味な仮面を着けている。さらに武器は短剣で、両手には手袋。それはまさしく、死神と恐れらていたリオティスの裏の姿と瓜二つだった。


 当然、世間を賑わしている死神の正体はリオティス自身だ。

 だからこそ、目の前の死神は偽物だということはわかっている。それでもリオティスは惚けるように言った。


「まさか、()()()()が俺の前に現れるなんてな。特に悪いことをした記憶はないんだが」

「⋯⋯⋯⋯」

「オイオイだんまりかよ。ひと様の寝込みを襲ったんだ。なんかしゃべったらどうだ?」


 リオティスは余裕を装い短剣を向けるが、目の前の死神への警戒は怠らない。


(ただの不審者⋯⋯ってわけはないよな。明らかに俺を狙っての襲撃。俺が潰した組織の生き残りか? それとも雇われた暗殺者か。いや、そうだとしたら死神の格好をわざわざしているのは不自然だ。⋯⋯何者だ、コイツ)


 警戒しつつリオティスは相手の出方を伺う。


 運の悪いことにリオティスは昼に入団試験を終えたばかり。その時に負った左腕の怪我も未だ完治してはおらず、短剣を握ってはいるがいつも通りに戦うことは出来ないような状態だった。


 もしも、この場で戦闘が起きるようならば能力を使わざるをえないだろう。

 だが、一方の死神は短剣を仕舞うと、両手を挙げて言った。


『やれやれッ⋯⋯ですね。これはどうやら失敗のようだ』


 耳に障るような声。

 それはまるで男のようでも女のようでもあり、様々な声が混ざり合ったかのような不気味な声だった。


「キモイ声だ。その仮面、記憶装置(メモリア)か。わざわざ合成音声を使用するなんてよっぽど素顔を知られたくないらしいな」


 リオティスはそう言いつつも、少しだけ面倒に思う。


 記憶装置(メモリア)とはメモライトをエネルギーとして動く機械の総称で、昔にリラとリオティスが写真を撮ったように映像を記憶する物や、音声を記憶し離れた人間と会話ができる物など様々だ。


 そして、目の前の死神が使用している仮面も恐らくは記憶装置(メモリア)の一種で、装着した者の声を記憶された別の声と複合させる装置のようだった。


 そんな仮面を装着して声すらも隠そうとしているその徹底ぶりがリオティスは不気味だった。


 すると死神は、


『それが死神というものです。ともかくこのまま失敗しましたと帰るわけにもいきませんし。はてさて、どうしたものか』


 などと、あくまで冷静に言う。


 その様子が気に食わなかったリオティスは、死神を睨みつけた。


「何帰れるつもりでいるんだよ。今からそのダサい仮面剥ぎ取って、素顔を拝んでやるよッ!」


 そうしてリオティスは死神に向かって踏み込もうとする。だが、


『〈ル・ベウス〉』


 死神がそう呟いたかと思うと、突如として部屋の中が炎に包まれた。


「ぐっ、魔法師か⋯⋯!」

『ご名答。まぁこの程度で()()()()賭けですが、今はこれで良しとしましょう。では、私はこのへんで』


 火を放った魔法師は、そのまま業火の中へと姿を消した。


「待ちやがれ!!」


 咄嗟にリオティスも後を追おうとしたが、炎が激しく前に進むことが出来ない。


「クソッ!」


 仕方なくリオティスは死神が消えた方とは反対の、比較的火の広がりが遅い部屋の出入り口へと走り出した。


 だが扉に手を掛ける寸前に天井が崩れ去り道が塞がってしまう。


(この建物は俺がいる部屋が最上階。上の心配はしなくてもいいが、あまりに火が回るのが早すぎる。このままじゃ宿にいる全員死ぬぞ!)


 先ほど死神が放った魔法はあくまでリオティスの部屋を火の海にしただけで、他の場所にまで火が回っているはずがなかったが、一刻も早く脱出する必要がありそうだった。


 リオティスは右手で地面に触れると能力を発動する。


「〈ダブルピース〉」


 刹那、地面を伝って目の前で道を塞いでいる壁がピースへと分解されていく。そして、そのピースが再構築されると、トンネルのように一本の道を創り出した。


 リオティスは炎を避けつつ、すぐ様にその穴を通って部屋を脱出する。


 部屋を出ると案の定、パニックになった宿泊客達の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。どうやら下の階も燃えているようで、このままでは被害が大きくなる一方だ。


「あの偽物、下の階にも魔法を放ちやがったのか。けほっ、こりゃマジでヤベェな」


 炎と煙と悲鳴が広がっていく中、それでもリオティスには余裕があった。


 リオティスは向かいの部屋を能力で無理やりこじ開けると、問答無用で押し入った。


 そこにはベッドで気持ちよさそうに寝ているタロットとリコルの姿があった。


「オイ、バカ共。さっさと起きろ!」

「⋯⋯あれ、ご主人? どうしてここに? あっ、もしかしてタロット達と一緒に眠りに来たのか! そうなのか!?」

「バカ違ェよ! この宿が燃えてる。さっさと起きろ!!」

「はは、何をバカなことを。ご主人、悪い夢でも見たのか⋯⋯」


 と、タロットは笑うが、部屋に広がっていく火の手と悲鳴を聞いて驚くようにリオティスを見た。


「ご主人! この建物燃えてるじゃないか!?」

「だから言っただろ!? ほらリコルも起きろ!!」

「むにゃむにゃ、へへへ」

「⋯⋯この状況で起きないって、こいつマジかよ」


 どれだけ体を揺すっても一向に起きる気配のないリコル。

 そんな彼女をリオティスは雑に担ぐと、タロットと共に部屋の外へと出た。


「ど、どうするんだご主人! このままでは焼き兎になってしまうぞ!!」

「慌てんなよ。何のためにお前を起こしたと思ってる。ほら、さっさとやれ」

「⋯⋯え? あっ、そっか」


 そこでようやくタロットはリオティスの考えを理解したようで、すぐさまに落ち着きを取り戻した。


 そしてタロットはふぅっと軽く息を吐いた後で、


「消えろ」


 と、指を鳴らした。


 刹那、建物全体に凍てつくような寒さが駆け抜けると、広がっていた炎が全て鎮火された。


 まさに一瞬の出来事。

 これがタロットの魔法によるものだということは、恐らく本人達にしかわからなかっただろう。


「へへへ、どうだご主人! タロットに掛かればこんなものだ!」


 堂々のブイサイン。

 タロットは自慢気に笑っているが、リオティスはふとあることを思った。


(そういや、今までタロット以外の魔法を見たことなかったからこれが普通だと思ってたが、バルカンやさっきの偽物と明らかに質が違うよな。そもそも詠唱だってしてねェし。⋯⋯実はこいつ凄い兎なのか?)


 今まで当たり前だと思っていたタロットの魔法に少しだけ疑問が湧いた。


 だが、今更考えてもわからないことであり、何よりも目の前で撫でろと言わんばかりに此方へと頭を突きだしているタロットの姿を見ると、リオティスはもうどうでもよく感じた。


 リオティスは取り敢えずいつも通りにタロットの頭を撫でる。


「上出来だ。よくやったタロット」

「えへへへ。もっと褒めてぇ」


 気持ちよさそうに頬を緩めるタロット。

 そんな彼女を見て心を落ち着かせたリオティスは、改めて自分の前に現れた死神について考える。


(何者か知らねェが、俺を殺そうとしたんだ。次会った時は本当の死神ってやつを教えてやる)


 そう強く決心し、リオティスはタロット達と共に宿屋の外へと出た。


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