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始まりのメモライズ  作者: 蓮見たくま
第1章 リコル~出会い~
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エピローグ 言えなかった言葉


 私はヒーローになんてなれないと思っていた。


 記憶者(メモライズ)になったあの日から、傷つけるばかりで何も守れなかった私にそんな資格はないのだと。


 けれど、そんな私に手を差し伸べてくれた人がいたから、こうして私は今笑っていられる。


 〈月華の兎(ルナミラージ)〉の入団試験を終え、私はリオティスさんに連れられてとある酒場に来ていた。


 そこはリオティスさんの行きつけの場所らしく、名前を〈トルビア亭〉と言うらしい。


 私自身まだ十七歳なためお酒は飲めなかったが、それでもリオティスさんやタロットさんと一緒に居られるだけで楽しかった。


 こんなに笑ったのいつぶりだろう。

 もう二度と、私にこんな幸せな日は訪れないと思っていた。


 そんな風に幸せを噛みしめながら私がジュースを飲んでいると、店員の女性が話しかけてきた。


「すんませんス。ウチ、メリッサって言うんスけど、おたくリオティスさんの彼女さんスか?」

「か、かのっ!?」


 突然そう言われたので、一気に顔が熱くなる。


 私はとにかく落ち着こうとするが、そういう時に限って変な挙動をするものだ。つい飲んでいたジュースの入ったコップを倒してしまう。


 その様子を見ていたメリッサさんは、ニヤニヤと笑いだして顔を近づける。


「へぇ、やっぱ彼女さんなんだ。ふーん、リオティスさんこういう子がタイプなんだ。ふーん」

「ち、違います!! 私はリオティスさんの彼女じゃありません!」

「マジ? けどリオティスさんと凄く楽し気に話してたじゃん。あの人、ウチと話してるときは凄い辛辣なんですけど。つーかそもそもあの人があんな楽しそうにしてるの初めて見たわ」

「そ、そうなんですか?」


 意外だな、と思った。


 確かにリオティスさんはいつも冷たい態度で、まるで人を信じていないかのように振舞っているが、それは私に対しても同じだと思っていた。


 けれど、傍から見ればリオティスさんは私に好感を持っているらしい。そう聞くと何だか凄く嬉しかった。


 すると、そんな私たちの会話を隣で聞いていたタロットさんが言う。


「ちょっと待て! ご主人の彼女はこのタロットだぞ!! いくらリコルでも渡さないからな! ⋯⋯ヒック」

「⋯⋯タロットさん、もしかしてお酒飲みました?」

「えへへ、飲んでないぞぉ」

「飲んだんですね。これ、リオティスさんが戻ってきたら怒られる奴ですよね⋯⋯」


 私はつい頭を抱えてしまう。


 先ほどまでリオティスさんも同席していたのだが、お手洗いをしに席を外したため今は居ない。けれど、その前に私に向かって、タロットには酒を飲ますなよと釘を刺していたのだ。


 タロットさんも返事をしていたはずなのだが、ちょっと目を離した隙に飲んでしまっていたらしい。


 だが、一方のタロットさんはとても上機嫌だった。


「えへへ、これでご主人もギルドで働くことになるんだな! これもリコルのお陰だぞ!」

「そんな、私は何もしてませんよ。むしろ助けられてばかりです」


 そうだ。私はリオティスさんに何度も助けられた。


 二年前も、夜道で出会った時も、そして入団試験の時も。リオティスさんは何度も何度も私を助けてくれた。


 最初は二年前に助けてくれた仮面の男の人ではないと思っていたけど、今ではリオティスさんがその人物なのだと断言できる。


 二年前にぼんやりと見た仮面の人は、今でもどんな容姿だったのか思い出せない。けれど、あの時に差し伸べられた手の温もりだけは決して忘れない。


 温かくて優しい柔らかな手。

 試験の時にリオティスさんが差し伸べた手は、紛れもなく二年前に私を助けたあの人と同じだった。


 きっとリオティスさんは認めはしないのだろう。


 どうして彼がそこまでして過去を隠そうとしているのかわからないが、それでもいいと思う。


 私を助けてくれたあのヒーローがリオティスさんだった。それを私が覚えているだけで十分だ。


 だから私は何もしていない。

 ただ助けられただけなのだ。


 それでもタロットさんは私に抱き着いて言った。


「いいや、リコルのお陰なんだ。ご主人はずっと傷ついて、誰も信用できなかった。ご主人の過去に何があったのかタロットにもわからないが、きっととても苦しんだんだと思う。だから今までご主人が本当に笑った姿を見たことがなかった。けど、リコルがそんなご主人に変わるきっかけをくれたんだ。タロットはご主人がただ笑ってくれているだけでいい。だからーー」


 と、そこでタロットさんは私の方を見つめた。


「本当にありがとうリコル。お前はご主人の心を救ってくれたんだ」


 今まで見てきた中で一番の笑顔をタロットさんは浮かべていた。


 それは本当に嬉しくて嬉しくて仕方がないようだった。


 私がリオティスさんの心を救った。

 それが本当かどうかわからないが、もしそうだとしたならば私は少しでもヒーローに近づけたのだろうか。二年前に私を助けてくれたあのヒーローのように。リオティスさんのようにーー。


 そんな風に私が考えていると、戻ってきたリオティスさんの怒鳴り声が聞こえてきた。


「オイ! 何酒飲んでんだよ、タロット!!」

「よぉ、ご主人遅かったな! いやぁ、今日もご主人は可愛いなぁ。ちゅーしてもいいか?」

「ダメに決まってんだろ!? リコル、お前も何か言ってやってくれよ!!」


 リオティスさんはタロットさんに抱き着かれ襲われている。


 それを見ながら、ふと私の脳裏には二年前の出来事が思い起こされていた。


 私を助けてくれた仮面のヒーロー。

 その人に私は()()()()を言おうとしていた。


 薄れゆく意識の中、どうにか口を動かしたが言葉にすることは出来なかった。


 だから私はその時に決意した。

 もし今度会えたなら必ず言うんだって。


「リオティスさん」

「あぁ? 何だよ、早くこの兎を⋯⋯」

「私を助けてくれてありがとうございます」


 私は堂々と彼を見つめて言った。

 それは二年前のあの日に言えなかった言葉だ。


 それにリオティスさんは一瞬固まると、すぐ様に笑った。


「何だよそれ。いいからこいつどうにかしろよ」

「ふふ、そうですね。さっ、タロットさんじゃんじゃんお酒飲みましょうか!」

「おぉ! リコルは話がわかるな! マスター、この店で一番高い酒を頼む!」

「あいよ! 任せときなタロットちゃん!」

「いいなぁ。ウチも仕事サボって飲む」

「あっ、じゃあ私も!」

「お前らいい加減にしろォッ!!」


 小さな酒場に私たちの騒がしい声が響いていく。


 これがきっと私の望んでいた物なんだ。

 誰かと笑って騒いで助け合って、そうやって生きていくことが私の願い。


 だから今はこれでいい。

 本当に言いたかった言葉はまだ閉まっておこう。


 そしていつの日かこの気持ちをあなたに伝えるんだ。



 愛しているとーー。


これにて第一章は完結です。

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