第18話 合同訓練⑧
「ウィルドって言ったか。やるなアイツ」
合同訓練用に建設されたひとつのテント内で、バルカンは興味深そうに、映像を配信する記憶装置を眺めていた。
記憶装置に映し出されているのは森林内の各団員達の様子だ。
その中でもバルカンの興味を強く引いたのは、たった今タロットを完封し脱落させたウィルドの圧倒的な強さだった。
「タロットの魔法を避けられるってことは、マナの流れも当然見えてるんだろ? 無詠唱も難なく仕えている。精霊との相性も高い。こりゃいくらなんでも強すぎんな」
「貴様がそこまで手放しで褒めるとはな。余程私の団員を気に入ったと見える」
隣に座っていたリリィは左耳に装着していた記憶装置を外した。どうやらタロットの脱落についての報告は済ませたらしい。
「気に入るも何も、アイツだけ別格だろ。実力だけなら副団長クラスか? 記憶者でもねェのにあそこまでやれんのはフリジアぐらいだ。どうやって見つけてきたんだよあんな逸材」
「別に見つけてなどいない。ウィルドは自ら私のギルドに入団を希望してきてな。もう三年は経つ」
「俺がまだ〈六昇星〉だった頃からか? 聞いたことも無いな。隠してたってことか」
最底辺のCランクに落ちてからならばともかく、〈月華の兎〉がまだ〈六昇星〉だった頃からウィルドが所属していたとなれば、一切の情報がバルカンの耳に入ってきていないのは不自然だ。
つまり、リリィはこのとっておきの存在を隠していたことになる。
理由は明確だ。
ディザイアに所属しているとはいえ、〈六昇星〉のギルド同士は決して仲間ではない。
時には蹴落とし、時には欺き、時には隠す。
情報も実力も手札も、大っぴらに見せびらかすわけにはいかないのだ。
そうでなくてはいつ背中を刺されるかもわからない。
特にリリィは〈六昇星〉でも最下位の地位に位置しているため、少しの油断も弱みも見せたくはないのだろう。
「流石にちゃんとしているな。昔からそういうところ」
バルカンは素直に賛辞を送ったつもりだったが、リリィはどこか気まずそうにしていた。
「⋯⋯いやな、それはそうなのだが。私がウィルドを副団長にもさせず目立たせていなかったのは、また別の理由だ。わかるだろバカルカン。ウィルド程の魔法師があの女に知られればどうなるのか」
「あぁ、そういうことか」
確かにな、とバルカンが頷く。
特異な団員が集まる〈六昇星〉でもさらに異質なとあるギルド。
その団長を務める彼女の耳にウィルドの存在が届いてしまえば、どうなるかは明白だった。
「マジで隠せよリリィ。⋯⋯アイツ手段選ばねェからな」
「⋯⋯貴様が言うと説得力が違うな。同情する」
リリィからの憐みを多分に含んだ眼差しを受け取った後で、バルカンは気を取り直すようにして再び映像用の記憶装置へと向き直った。
「ウィルド、か」
画面にはタロットを圧倒したウィルドの姿。
彼は既に移動を開始しているようだったが、その動きはゆったりと落ち着いていた。
魔法を纏うことも無く、来た道をゆっくりに歩く。
もはやウィルドには急ぐ理由などひとつも無いのだろう。
余裕。
そして圧倒的な自信。
だが、バルカンにはウィルドの選択を咎める気はさらさら無かった。
何故なら彼は強者なのだから。
(タロットを仕留めた今、アイツはもう万が一にも負けることは無いと本気で思っている。思って当然の実力を持っている。そりゃそうだ。精霊とマナ。この二つをあれだけ意のままに操れるんだからな)
ウィルドの魔法師としての才能は、バルカンも認めざるを得なかった。
魔法師とは魔法を扱う者であり、魔法を扱うということは精霊に愛されているということだ。
世界には数多くの自然が溢れ、自然は人々に災いと幸福を齎した。その最たる例が迷宮だろう。
迷宮は自然のエネルギーを源に存在している。
良くも悪くも環境に齎す効果は絶大で、枯れた大地を蘇らすことも、街ひとつを壊滅させることも自由自在だ。そして、その強大な自然のエネルギーを災いではなく幸福として昇華する存在こそが〝魔法師〟だった。
通称〝マナ〟と呼ばれる自然のエネルギーを、魔法師は視ることができる。普通の人間には目視不可能な世界から漏れ出た力を、目で、肌で、感じることができるのだ。マナを体内へと取り込み、己の魔力と練り合わせることで魔法という強大な力へと変換する。それが、魔法師の戦い方だ。
世界に仇なす迷宮とは対極に、世界に愛された人間。
魔法師が特別視される理由には、そういった部分も大きかった。
だが、マナも無尽蔵ではない。
常に魔法師に合った属性のマナが溢れているわけもない。
だからこそ魔法師が魔法を扱うにおいて、もうひとつ重要な要素が存在した。
〝精霊〟。
魔法師にマナを供給する、自然に宿りし存在。
世界に漂うように存在する精霊は、声を発することも、自ら動くことも無い。ただそこに存在しているだけ。当然、普通の人間には認知することもできない。どのように生まれ、どのような意味を持つのかは誰も知らない。ただ、精霊は特別な人間に無償の愛を注ぐ。マナの見える存在に、己を待つ存在に、ただ力を分け与える。精霊がマナを生み出し、魔法師へと供給しているのだ。
だからこそ、魔法師はいついかなる時でも魔法が扱える。自身の周りに付いて離れず浮かぶ精霊により、いついかなる時でもマナを貰い、魔法を放つことができる。まさに精霊とマナは魔法師にとって切っても切れない存在なのだ。
精霊は場所を問わずに存在し、己の認めた魔法師には常にその身を寄せる。属性の違いにより精霊は色で分けられているため、魔法師同士が邂逅すれば、自ずと相手の使う属性もわかってしまう。当然、精霊が普通の人間に寄り合うことは無いため、魔法師からしてみれば、見るだけで相手が魔法師かどうかは一目瞭然だった。
(タロットもウィルドの周りに風属性の証である緑の精霊たちが視えていたんだろーが、マナの流れまでは視えなかったみてぇだな。単純に魔法師としての力量の差だな)
バルカンはウィルドの実力を完全に分析し終えると、隣に座るロメリアへと意地悪な笑みを浮かべた。
「お前も見習えよ。マナの流れぐらい視えるようにならねぇとな」
「うぐっ、い、いいじゃないですか別に! 私の能力にそこまで求めないでください!」
恥ずかしそうに、悔しそうにバルカンを睨むロメリアだったが、自身の弱点については理解しているようで、右手に浮かぶ紋章を摩りながら付け加えた。
「でも、そうですね。確かにウィルドさんが凄いのはわかります。わかりますが、どうしてマナの流れを読むだけで魔法を避けることができるんでしょう?」
「簡単だ。魔法は己の肉体にマナを流し込み、それを魔力と練り合わせて発動するが、それだけじゃ魔法を作り出すだけで上手く操作ができない。だから予めマナで魔法の通り道みたいなのを作るんだよ」
バルカンは徐に右手を広げ上へ向けると、やんわりと魔力を流し込んでいく。
「どうだ? 何か視えるか?」
「いえ⋯⋯特には」
突如広げて見せた手を注視するも、ロメリアには何も感じられない。特に力を入れているようにも思えない。
「そこがお前とウィルドとの差だ。俺は今、この右手にマナと魔力を練り合わせている。この時点で視えている奴には俺が次に右手から魔法を放つのがわかる。魔法ってのは難しいもんでな。一度練り合わせて溜めてしまうと咄嗟に別の魔法を放てない。この場合だと、少なくとも右手以外から魔法が瞬時に放たれることは無いってわけだ」
そこでバルカンはふと昔の事を思い出す。
リオティスとリコルが試験を受けた日。
最後の最後でバルカンはリコルの攻撃を一撃喰らってしまった。
理由は回避のために足のみに魔力を込めていたからだ。
もしも今と同じように右手にも魔力を込めていたなら、回避ではなく迎撃という選択肢を取ることもできていただろう。
これが魔法師の弱点。
その弱点こそが、魔法師同士の駆け引きを生み出している。
「んで、魔法を放つ際にもマナを扱う。魔法をどのような形で生み出すのか。どこに、どれだけの規模で放つのか。それらは全てマナの動きで決まる。道筋とでも言えばいいか。魔法の起動線上に予めマナで道を作るんだ。そうすりゃ魔法がマナを辿って正確に放たれる。出力が高いものや、範囲が広いものだとその分マナの動きや密度も高くなるしな。ウィルドや俺はそういった魔法が放たれる前のマナの動きを見て次の行動を予め決めてんだよ」
魔力とマナを練り合わせ魔法にするのは容易い。
問題はその後だ。
ただ練り合わせた魔法を放ってはコントロールなどできたものではない。上手く扱えたとして放てるのは、属性が付与された魔法弾ぐらいだろう。
だから魔法師は精霊に呼びかけマナを操り魔法のために道を作る。
その道が見えているからこそ、ウィルドはタロットの魔法がいつどこにどのような形で現れるのかが事前にわかっていたのだ。
「これでわかったか。ウィルドが魔法が避けられた理由が」
「なんとなく、ですが。魔法って奥が深いんですね」
「ややこしいだけだ。良くも悪くも感覚の世界だからな。俺がいつも面倒だからって魔法の仕組みを教えてなかったと思ってんだろ」
「そんなこと言ってないじゃないですか! それにちゃんと勉強になってます!」
ペン先をバルカンに向けたロメリアは、いつの間にやら取り出した小さめの手帳に文字を書き殴っていく。
「じゃあ魔法師同士の戦いでお互いマナが視えていたらどうなるんですか?」
「そのレベルの戦いは稀だがな。まぁ駆け引きだ。敢えてマナを多く取り込み次の攻撃を予測させないとか。逆にマナを制限したりな。特に俺みたいな速度重視の魔法なら毎回丁寧にマナで魔法の制御はしない。精度と出力は悪くなるが、工程をひとつ省く分手数と速度は増える。相手の魔法師にマナを読まれにくくもなるしな」
「なるほど⋯⋯」
ふむふむ、とひとり頷きながらペンを走らせるロメリアを可愛く思いながらも、バルカンは再びモニターへと目を向けた。
先ほどまでの戦闘で圧倒的な実力差を見せたウィルド。
彼もまた工程を省くことによる手数と速度を重視していた。
魔法は引き算の世界だ。
如何に無駄な手間を省くかで勝敗が分かれることもある。
マナの扱いもそうだが、もうひとつ魔法師には詠唱を破棄することによって魔法を無駄なく扱う技術も存在する。
これは高等技術だ。
本来詠唱は精霊に向けた言葉であり、命令でもある。
言葉を理解しないはずの精霊に唯一訴えかける方法でもあり、それによって精霊は必要なマナを魔法師に与え、同時に効果も決定づけるのだ。
同じ属性でも魔法には多彩な種類があるが、それらは全てこの詠唱によって生み出されている。
つまり詠唱を破棄するということは、言葉を介さず精霊と意志を通じ合わせることができているということだ。
精霊から供給されるマナと己の魔力を繋がりとし、心を通わせ、操る。それが詠唱を破棄するために必要な技術だった。
(マナが視えることが大前提の技術。だがタロットはマナが視えないのに無詠唱で魔法を扱っている。マナも雑に扱っているからウィルドからすれば避けるのは容易だったろう。あんな魔法の扱いでよくも魔力が切れないもんだ。どちらにせよ、タロットの弱点はこれで明確になったな)
ぼんやりとモニターを見続けながらバルカンは考える。
この合同訓練の目的。
それは〈月華の兎〉の団員達に自身の弱点を気づかせ成長させるため。そして、その目的はすんなりと達成できるだろう。
それだけの実力差がある相手だ。
だが、バルカンの真の目的はまた別にあった。
「⋯⋯さーて、舞台は整えてやったぞ。後はお前次第だリオティス」
切り替わる画面の奥で戦う青い髪を揺らすひとりの男。
それを見つめるバルカンの様子は、何かを信じて待っているようだった。
完全な説明会です。
初期から魔法師の設定はあったのですが結構情報が多いので省いてきました。迷宮との関係性もあったりと複雑なので⋯⋯。




