プロローグ 白色の記憶
初投稿。
私の好きを詰め込んで書きました。楽しんでいただければ幸いです。
想いは受け継がれ、記憶は力となる。
そんな、誰もが当たり前に知っている世の理が、俺は大嫌いだった。
〝想い〟と〝記憶〟。
その二つを根源とする強大な力によって、このふざけた世界は回っている。
想いは人から人へと受け継がれ、記憶もまた同様に力となって継承されていく。それが、この世界の理だ。
力が無ければ世界を生き抜くことはできない。だが、力を得るには世界に選ばれなくてはならない。どこまでもこの世界は残酷で、残忍で、不平等だ。
だから、俺は俺を拒むこの世界が大嫌いだった。そんな世界に抗うことのできない、惨めな自分自身が大嫌いだった。
⋯⋯ただ、ひとつだけ。
こんな俺にも好きだと思えるものが、世界を生きていたいと思えるような希望があった。
「あっ! やっぱりここに居た!」
「⋯⋯⋯⋯」
「ちょっとぉ、無視しないでよ!」
長閑な風景。暖かく優しいそよ風。そんな、とある日の何ともない時間が、彼女の声によって特別な物へと変わっていく予感がした。
青い芝生に座る俺のすぐ真横に、彼女はドサッと腰を下ろす。
「うーん、いい天気! で、君は相も変わらずこんな日の下で何をやってるのかな?」
「見たらわかるだろ」
「わかるけど! もぉ、君はどうしてそう素っ気ないかなー」
俺の態度に、彼女は不貞腐れたように足をバタバタと動かしている。
きっと頬も膨らませて、俺を怖くもない瞳で必死に睨んでいるのだろう。
だが、今の俺には彼女の可愛い顔をみるだけの余裕は無かった。
視線を手元に集中させ、手際良く、いつも通りの手順で、木の板に小さな欠片を並べていく。
「君ってそのパズル本当に好きだよね。どう? 難しい?」
「別に。全部の配置も覚えてるし、そもそもはめ込むピースも少ないからすぐ終わる」
「えぇー、面白くないでしょそれ」
「そんなこともない。やっていると、ちゃんと憶えているんだって思えるし、嫌なことも考えなくて済む」
そう言って俺は、木で作られた小さなパズルピースを板に残った最後の穴へとはめ込んだ。
完成したジグソーパズルを俺はぼんやりと眺める。
感動は無い。美しさも無い。
当然だ。このパズルは完成したところで何も描かれてはいない、ただの白紙なのだから。
「うわ、すごーい! 楽しいとは思えないけど、いつ見ても不思議だね!」
「そうか?」
「うん!」
あまりにも彼女が明るく騒ぐもんだから、俺はついそちらの方を見てしまった。
普段からどこか恥ずかしくて見れない彼女の可愛いらしい顔。だが、そこには俺の想像していた彼女の姿は無かった。
「⋯⋯オイ、なんだよその仮面」
「あっ! やっと気づいた? どう、格好いいでしょコレ!」
黒色の仮面。
そこに少しばかりの模様が施されたのみの質素な物だが、だからこそ拭えない異様さ。見るからに不気味な仮面を着けているというのにも関わらず、相変わらず彼女は楽しそうだった。
「それ、もしかして団長のか?」
「うん! 一目見た時からビビッときちゃって。黙って持ってきちゃった」
「ダメだろ。バレても俺は知らないからな」
「えぇー、だって君もこういうの好きでしょ? 私は正義のヒーロー〝ピースマン〟! この世界の平和は私が守る!!」
彼女は突然立ち上がると謎のポーズを決めた。
それを暫し無言で見つめ、気まずい空気を堪能したところで俺は大きく溜息をついた。
「絵本の読みすぎだバカ」
「バカじゃない! それに、君だってよく私やシオンと一緒にヒーローの絵本読んだじゃん」
「何年前の話だ。お前って本当に子供っぽいよな」
呆れて物も言えない俺は大袈裟に肩を竦めて見せる。
案の定、可愛い彼女はこれまた子供のような手振りで不機嫌そうに腕を組んだ。
「もぉ、ホント意地悪! せっかく会いに来てあげてるのに!」
「別に無理に会いに来なくていい。仕事以外でも俺に関わるとお前だって変に思われるぞ」
「関係ないよ! 無理にでもない!! 私が君に会いたくって来てるんだから。だって私⋯⋯君の事が好きなんだもん」
それは何気ない一言のように聞こえた。
彼女の言葉はいつも明るくて、不思議で、心が動かされる。だが、この一言だけはきっといつもとは違う。そう思えた。
少しの間。
それが実際どのくらいの時間だったかはわからない。ただ、俺は彼女の顔を見ることしかできなかった。黒い仮面に覆われて、今彼女がどんな表情をしているのかわからない。だからこの言葉の真意が俺にはわからない。
そうして暫くの間何も言えずに硬直していると、彼女が笑いながら俺の肩をバシバシと叩き出した。
「もぉ、真に受けすぎだよ! もしかして嬉しかった? ねぇねぇ?」
「クソ、こっち見んな」
「えへへ、意地悪したお返しだよーだ!」
「あぁもうわかったから、さっさと本題に入れ! 他にも変な事考えてるんだろどうせ」
俺は一瞬でも真面目に考えてしまった自分が恥ずかしくなり、咄嗟に話題を反らした。
すると、彼女も思い出したかのように、懐からとある機械を取り出してこちらに向ける。
「ジャジャーン! なんと私、ついにコレを手に入れちゃいました!」
「それ、記憶装置か」
「うん! 記憶装置にも色々種類はあるけど、これは空間を切り取って記憶する装置。つまりは⋯⋯」
「写真機だろ?」
「もぉ、先に言わないでよ! それからもっと驚いてよ!」
「驚いてるよ、お前のバカさ加減に。それも団長の部屋から勝手に盗ってきたんだろ」
俺が指摘すると案の定、仮面越しでも伝わるぐらいに彼女がギクリと驚いたのがわかる。
「そ、それじゃあ折角だから二人で写真を撮ろうと思いまーす!」
「⋯⋯マジでバレても知らないからな」
大丈夫大丈夫、と彼女は仮面を外して、俺と肩を並べるように再び座った。
彼女の青色の綺麗な髪が風になびく。耳や頬を見ると余程暑苦しかったのか、じんわりと赤色に染まっていた。
そんな彼女の容姿に俺はつい見惚れてしまう。
鼓動が聞こえ、ほのかに甘い香りが鼻へ抜ける。それほどまでに彼女を感じることのできる距離だった。
「それじゃあ撮るよ! ほら、ピースピース」
「嫌だ。バカらしい」
「じゃあ笑って!」
「それも嫌だ」
「なんでよー。君女の子みたいに可愛らしいんだから、もっと笑えばいいのに」
「誰が女の子だ」
「ほらいいからいいから。取り合えずピースだけでもしてよ」
「⋯⋯わかったよ」
俺は嫌々仕方なく右手でピースサインをする。
それを見た彼女も嬉しそうに左手で同じポーズをして、右手で写真機を持ってこちらへと向けた。
「それじゃあ撮るよ。はいチーズ!」
パシャリ、という音と共に眩しい光が放たれる。
そうして写真機から出てきた一枚の紙。
彼女はそれを手にすると、本当に嬉しそうに笑った。
「いい写真だね! やっぱりこうやって見ると君女の子みたい」
「次言ったらもう口利いてやらないからな」
「わー、冗談だって!」
彼女はそう言いつつも、写真を手にひとりニマニマと笑っている。あの顔は誰がどう見ても反省しているようには見えないだろう。
だが、それは俺にとっては些細なことだった。
彼女の性格は今に始まったことではないし、そもそも俺はその明るさに十分助けられている。
だから、こんな時間がずっと続けばいい。ついそう願ってしまう。例えそれが叶わぬ願いだとしても——。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか。リオティス」
俺の名前を彼女は呼んだ。
「あぁ、リラ」
そして、俺も彼女の名前を呼んだ。
これが何もない真っ白な俺の中に唯一残っている生きる理由。きっと、この先も彼女の笑顔や下らない話を聞くために、俺はこの世界を生き抜くのだろう。
そう思っていた——。