第1章 第2話 契約
「まずは俺たちが寝れるよう掃除してもらおうか」
イユが連れていかれたのは、男たちの家。いや、住処と言った方が正しいか。地面に薄汚れた板を敷き、形も大きさもバラバラな廃材で囲ってあるだけの、ただ雨風を凌ぐための空間。その掃除が初仕事となった。
「じゃあ俺らもう少し女探してくるから。帰ってくるまでに何とかしとけよ」
「かしこまりました」
男たちの邪な考えも知らず、イユは深々と頭を下げ主たちを見送る。
「さてと……」
引き受けたはいいが、問題はこの家のように山済みだ。ゴミしかないヒドゥンエリアには、清潔な布も綺麗な水も存在しない。充分な仕事をこなすには、充分な設備が必要なのだ。だがないものねだりをしたところで始まらない。ないのなら作り出せばいいだけだ。
「はぁっ!」
イユが拳を壁に振り抜く。その瞬間ただ立てかけてあっただけの壁と天井が吹き飛び、音を立てて崩れ落ちた。残ったものは天井の欠片が積み重なった床だけだ。
「よっと」
そして床もどかし、家を更地に戻してみせた。
「ここからが仕事……ですね」
☆☆☆☆☆
「な……なんだこりゃ……」
「お帰りなさいませ、御主人様方」
50分後。ようやく帰ってきた男たちの瞳に映ったのは、綺麗な家……ではない。だがただの廃品の山ではない。古く汚いながらも小屋と呼んで差し支えのない、歴とした建物だった。
「なんで1時間かそこらでこんなのが……」
「私の力不足でこのようなものしか作れず……申し訳ございません」
「いや褒めてんだよ! こんなの俺たちじゃ一週間がんばったところでできるわけが……一体どうやって……!」
「廃材の大きさと形を揃えただけでございます。幸い部品は大量に落ちていましたから、少しコツを掴めば御主人様方ならもっと立派な家を構えられるかと」
完璧なメイドとして育てられたイユ。どれだけ褒められようが、へりくだることは忘れない。
「ところでそちらの御方はお客様でしょうか」
すっかり小屋に見入っている男たちだが、メイドとしては自身の製作物よりも、男たちに囲まれている女性に目が行った。
イユとは対照的な少女。黒い髪に黒いドレス。同じ黒だが、この掃き溜めとは質の違う漆黒が白い身体を覆っていた。
「ああ、お前のお仲間だよ」
「ぁぁ……っ」
「……!?」
男が少女をイユへと突き出す。イユよりもわずかに身長は高いが、年齢はわずかに下に見える。年齢も身分も客であるなら一切分け隔てはしないが、そんなイユでも一瞬たじろいでしまうほど、彼女は異質だった。
透き通るような白い肌やそれを際立たせる宝石のような髪。そして何より、纏っているミニ丈のドレス。それは高価なんて言葉では片づけられないほど上等なものだった。ザイアーク令嬢がパーティーに着ていくものよりもよっぽど、上等。20万マギの給料を維持していれば、イユでは一生かかっても手が届かないだろう。
「失礼致しました。どうぞ中へ」
「あなたも……あの人たちの仲間なの……!?」
「はい。私は御主人様方のメイドでございます」
「そんな……」
イユとは違い今の状況を完全に理解している少女は絶望の顔を見せる。それを自分の不備のせいだと勘違いしたイユは焦りを奥底に隠しながら応対する。
「御主人様方もどうぞ中へ……きゃぁっ」
とりあえず全員小屋の中に入れてしまおう。そう判断したイユが一人の男に押され、小屋の壁まで追い詰められた。
「言ったよな? 何でもするって」
「もちろんでございます」
壁際まで追い込まれたのにも関わらず、平然としているイユ。それを別の意味だと勘違いした男がイユのスカートへと手を伸ばした瞬間。
「……また無職です」
イユの身体から契約書が出現し、空中で焼き尽くされた。
「期限までに20万マギをお支払いいただけなかったので契約が解除されたようです。これで私と貴方方は何の関係もございませんので……不快です」
「ごぼぉっ!?」
壁に押しつけていたせいでフリーになっていた男の腹にイユの拳が突き刺さる。次の瞬間せっかく建てた小屋を風圧で崩しながら、男は後方へと大きく吹き飛んでいった。
「……のクソ女ぁ……!」
仲間の間を抜け奥のゴミ溜めへと飛ばされた男は腹を抑えながら立ち上がる。
「ぐっ!?」
そしてその手が胸へと移ると、男は倒れてしばし痙攣。やがて完全に動かなくなった。
「おい! 大丈夫か!?」
「駄目だ……死んでる……!」
仲間が男に駆け寄ったが、最悪の結果に終わったようだ。ただしこの結末の原因はイユの拳ではない。突然心臓が動きを止めたからだ。
「何をしやがった……!?」
「私は何も。全ては一方的に契約を解除したそちらの方のせいです」
崩れゆく小屋の中から服に汚れ一つ残さずイユが出ていく。
「契約とは双方の信頼を前提とした絶対のルールです。それを一方的に破るのはルール違反。当然ペナルティが発生します。それが契約というものです」
「か……金を払わなかっただけで死んだってのか……!?」
「じゃあ俺たちも死ぬのかよ……!?」
狼狽えることしかできない男たち。当然だ。元々身体目当て。金を払う気などなかったし、そもそも金など持っていなかった。それなのに欲に溺れ、内容もロクに確認しないまま契約を結んでしまった。
「ご安心ください。契約違反のペナルティは定めていません。契約を遵守することを前提に契約書を作成していますから。各人に相応の罰が発生するだけですよ」
その答えを聞いて少し安心する男たち。メインで動いていたのはさっき死んだ男だ。ならば死ぬまでにはいかないだろう。そう思うのは当然だが、少し違う。
「契約を勝手に破るようなクズの末路など知ったことではありません。どんなペナルティが起きるのかなど興味もない。もしかしたら彼の末路は最も幸せなのかもしれませんね」
これは実質的な、死刑判決だった。
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