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「……昔むかしに、小さな村に名前すらも持たない女の子がいました」
女の子は生まれた頃から両親がおらず、戦によって両親を亡くした孤児を保護していた孤児院で育ちました。いい思い出はあんまり無いですね。寝床があるだけ有難かったですけど。まぁ、あの頃はそんな珍しい話でも無かったと思います。
女の子には強大な魔力による不思議な力があり、あらゆる傷を癒す能力を持っていました。分かった途端、それを機に周りの大人は少なからず手を挙げることは無くなりました。
求められるというは結構気分がいいもので、どう利用されようが関係なく力を使っていたんです。
「良いように利用されているだけなのに自分の居場所が出来たように感じて、滑稽ですよね。どんな奇跡であろうと種も仕掛けもない純粋な規格外の能力は気味が悪いものです」
でも別に全部が全部いい感情を向けられなかった訳ではなくて、数えられる程度には心からの感謝をくれた事もありました。村に傷付いた兵士が流れ着いたとき、もう助からないと殺してくれと泣いていた人が怪我が治って家族の元に帰れると喜んでくれたときは本当に嬉しかったことは覚えています。
次第に村は金の成る木のおかげで大きくなり、それが国王の目にとまって、ちゃんと重宝される形で扱われるようになりました。戦力である兵士を無尽蔵に治せるだなんてこれ以上無いお宝だったと思います。
作戦に失敗しても死なない限りは全て治せるのでフォルアはそれはもう強いものでした。問題は優雅な世界に放り込まれた聖女です。
「……まぁ、なんというか教養もない跳ねっ返りの小娘だったので、聖女プリシテラと名乗る頃にはそれはもう骨格から整形するみたいに教育されました。全部なんの意味があるのかと常に不満垂れながらやってましたね。私には関係の無い世界だと思ったままだったから」
「でも一番ムカついたのはお姫様が何か書いてある紙を持ってきて丸をつけてって言うんですよ。あなたはどうせ読めないからどんな内容でも分からないでしょうって馬鹿にしながら」
それから怒りながら文字を覚えました。単語は覚えられるんですけど自分で文書を書くのは相変わらず出来なくて、そんなとき日記に書いてある誰かが手伝ってくれたらしいんです。
昔の腹立たしい記憶が呼び起こされたらしく、感情的な過去の出来事の話に脱線しはじめる。プリシテラの生い立ちが、中々に重いもので、身構えていたら文字を練習し始めた理由がただの負けず嫌いで少しだけ笑ってしまった。
「……これはそんな頃に書いたものなのね。ごめんなさい難解だなんて言って……」
「その通りだと思いますよ!?私にも何書いたのか分からない字がありますもん。謝れると余計に恥ずかしいのでもう笑ってください」
「綺麗な文字で書いている、この人のことは覚えていないの?」
「それが全然記憶にないんですよ。おかしいですよね。多分、私にとって大切な人だったのかもしれないです」
「大切って、もしかして……」
「お姉様の記憶を食べさせてもらう前に、一度自分の記憶を食べて足りなくなった魔力を補完してたんです。この手記を見るまでなんの記憶が消えたのかさっぱりでした」
「前から思ってたけど、記憶を食べるって不思議な表現ね」
「特別な意味はないですよ。食べるって表現が一番しっくりきただけです」
「どうして、聖女であったことを話してくれたの?聖女の日記だって送られたことを内緒にしておけば良かったのに」
「……元々悩んでいたんです、いつ話すかどうか。そうしたらまさかお姉様が解読しようとするとは思わなくて……こ、これを真面目に読み解かれるのがいたたまれなかった……!」
アーリアは顔を赤くしてわっと机に突っ伏した。耳まで赤らめている。
(全部読めたわけじゃないから内容はあんまり分かってないけど)
「まぁ、その、悩んでいるうちに想定外にお姉様が読めた上に頑張ってしまったという不可抗力です。……これ以上隠し事をするのも嫌でしたから、きっかけはどうあれお話しようと思ってはいたんですよ」
「ガラテ殿下の命が奪われる原因が、私からすれば本当に取るに足らないような、さして重大なことも書かれていない手記で、なんだか少し拍子抜けしてしまいました」
あぁ、でも。もう聖女の書いたものってこれしか残ってないかもしれないですね、と、アーリアは最後の方の紙を捲る。そこには初めの頃よりも綺麗に、まさに上達したというような聖女の文書が書かれていた。目に見える単語はあまり良い意味では無いようで、後悔のような内容が書かれていそうだという予想ができた。
「でも結果的に残っていたから、アーリアは忘れたものを知ったんじゃない?……記録されてなかったら大切な誰かを忘れたことにも気が付かなかった……」
そう言いながら、私はスヴェン様のことを思い浮かべていた。大切にしてくれる理由は分かったが今でも気持ちはどうしても追いついていない。
「そうですね……でも、そもそも前世の事なんて普通は覚えていないものなんですけどね。もうあんな特別は嫌だなぁ」
「……その部分に書かれていること?」
「あぁ、これは……皆……戦いの渦中にいた人達は疲弊してたんです。戦が長引いて」
聖女の能力でフォルアは調子に乗ってしまった。油断していた。大国から受けた被害は聖女の力だけでは防ぎきれず、劣勢を強いられてしまう。だが聖女の奇跡によって何とか退いた。
「それが、今にまで伝えられている伝説ね」
「伝えられている話ほど感動的なものじゃ無かったですよ。もっと泥臭くて、何より被害が甚大でした。勝つために上は兵士の命を湯水のように使い捨てました。それが貢献したという形ならまだいい方です。……半分以上は無駄死にだったんじゃないかと思います。それが今では聖女の美談になって犠牲は語られなくて」
アーリアが聖女の事について苦手だった理由がようやく分かった。今思えば、覚えたくなかったのだろう。
「でも結果的に聖女のおかげで助けられた部分は確かにあるのでしょう?」
「血を流して戦った人達がいた、それだけです。聖女も、そのうち助ける命を戦略で決めていました。気が付かないうちに私は傷付いた兵士の顔すらも見なくなっていた。……私も気が付かない内に血を流さない指導者と同じになっていたんです」
「奇跡を使おうとしたら、初めてやめてくれと言われたんです。もう怪我を直さないで欲しいと……傷は癒せても受けたときの痛みは無くなりません。何度も何度も治されて戦場に再び赴かなくてはならない恐怖は、精神を蝕んだ。私はやっと今行っている事が、人間では無く兵士を戦地へ送り出すために治しているのだと気が付きました」
アーリアはあの時のフォルアの戦い方は最善を考えていなかったと話す。奇跡の力を過信した愚かな結果だと。今を生きている私には過去を現在の目線から結果論で否定することは出来なかった。けれど今頃になってという訳では無いが、アーリアは確かに転生者なのだと実感する。
「……話がちょっと変わるんですけど、お姉様が死ぬ原因が本当に花の印だと思い始めたと言ったことを覚えていますか?」
「えぇ、覚えているわ。ちょっと引っかかる言い方をしていたから、初めの頃は確証はなかったのでしょう?」
「私……いえ、聖女が殺されたときに刻まれた印だったんですよ、その花の印。でも印自体に人を殺すような強い作用なんて本来無いんです、だから半信半疑だった」
「こ、殺されたの?」
まさか聖女が殺されただなんて、あまりにもさらりと言われたから驚いてしまった。
「そのときの記憶が朧気ではっきりとは覚えていなくて……死の間際に私が何かしたんだと思うんですが、私だけに花の印が残るのならいざ知らず、なぜ他の貴族にまで現れる事になってしまったのかがどうしても分からないんです」
そしてもうひとつ分からないことが、と彼女は続けた。
「ガラテ殿下はとっくに20歳は過ぎています。20歳で印によって死んでしまうのはお姉様だけなんです」
アーリアの持っていた確信、それは紛れもない花の印によって命が終わるという事実。
「ねぇ、アーリア。私はこの花の印を、あなたのみに起こる呪いだと教えられて育ったの。……呪いってなんの事なのか、知っている?」
「呪い……?そう呼ばれていたなんて初めて知りました」
アーリアは呪いの存在のことを知らないでいる。
お爺様には確かに役割をこなせと暗示をかけられた。けれど
私は、誰に呪いだと教えられていたのだっただろうか。




