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聖女の手記を自分でも出来る範囲で解読しようと、公爵家の書斎にある古語の解説書を見つけられた分だけ用意する。ふと祝福の印の起源が気になって、アーリアが来るまで私は祝福の印についての本を読み漁っていた。

地域によって縁のあるものについての特色が強く現れるようで、ルーゼイン家はフォルア王についての本が多く、ルーンウェル家は聖女についてのことが多い。ある本では神より授かった力によるものとされ、もう一方では聖女が作り出したと記されている。要は諸説あり分からないということだ。


「………お姉様もってきたよ、手記……」


「ありがとう、……ってどうしたの?何か元気なさそうだけど」


「そ、そんなことないですよ?わぁ~こんなに古語の読み方の解説書なんてうちにあったんだ~……」


全く喜んでもいなければ言葉に合わせて弾んですらいない、心の底から嫌そうだ。アーリアは昔から聖女の事については難色を示している。


「私もさすがに全部は分からないし、出来るだけで大丈夫だから気楽にやりましょう」


「う……うん……」


よほど嫌なようだ。付き合わせてしまうのも悪いと思うのだが、アーリアに任せっきりにしてしまうのも心苦しい。


「……別に嫌なわけじゃないんですけど、この件とは関係ないんですけど、そろそろ帰らなくて大丈夫てすか?……手記のことは私に任せてくれて良いんですよ?大したことが書いてないかもしれませんし」


「こんなにも聖女の事について勉強するのが嫌なアーリアに任せ切りにするのは悪いわ……私は無関係な訳では無いのだし、少しだけでも手伝わせて?」


「いや、そんな、本当にお気になさらなくていいのに……!というか今日で帰ってきてから3日ですよ?!スヴェンがそろそろ拗ねると思うんですけど!!」


「そんな大袈裟な。ちゃんと公爵家にいることは知っているのだし、私が居ないくらいでどうこうなるわけないじゃない。たかだか3日なのに」


「どうして!そういう面で!ちょっとおっとりなのかなお姉様は!!」


(スヴェン様を引き合いに出すなんて本当に聖女関連のことが苦手なんだなぁ。よし、頑張ろう)


アーリアに負担をかけないよう気合を入れ、用意した紙とペンを手に取り腕まくりをしながら早速作業にあたった。

初めの方の形が上手く整わない文書は解読するにも時間がかかりそうなため、聖女の書いたものではなさそうなもう1人の綺麗な文章を手始めにする。


「恋……をしたい……ううん否定だから言わない……?」


『本当に恋をしようとは言わない、でも文字を覚えるのに最適な詩が思いつかないのなら恋しい誰かを思いながら話すように書くのはどうだろう。形式だけの文書を真似するよりも伝えたい言葉を探しながら………』


(文字を書く指南をしていた……?じゃあこの後からの聖女の文章は誰かに宛てたように書いてあるのかしら)


聖女の文字の方は難解だ、綺麗なもう1人の文書のおかげで内容は予想できても正しくは分からない。四苦八苦しているとアーリアがさも思いついたかのように正しそうな意味を提案する。けれどそのような書き方をするような前例は無いため押し問答のような状態になってしまう。


「これは芋でしょう?雑草という字がそんな文字で書かれるなんて見たことないわ」


「でもほらおかしいじゃないですか道端に芋が咲いてるから綺麗だったなんて!」


「芋が綺麗だったのかもしれないじゃない?それか芋の花を省略してるのかも」


「これは文字の練習を兼ねてるんだから変な意味になるような省略は流石にしないよ!」


「ん?」


「あっいや、しないと思います」


「重要な意味がこの中に隠されているかもしれないわね……まさか、何かの隠語だったりするのかな」


「ないないない、ただの、日記を兼ねたくっだらない練習帳ですよ」


彼女は顔を赤らめながら大袈裟な解釈だと思い切り否定する。


「アーリア」


「はい」


「………読めるのね?」


どう考えても内容が分かっている人間が間違いを正さずには居られないという行動だ。言い逃れは出来ないだろう。彼女は1人で聖女の手記が読めるのだ。どうして頑なに隠していたのかは分からないが、いい加減観念してどのような事が記されているのかを教えてもらうのだった。




本当に特別な事は書かれていないのだとアーリアは説明する。最後の方の紙に書かれているのは1人で文書が書けるようになった聖女の吐露された独白だとその文字を指でなぞった。


「……もう1人とのやり取りは、恋文のようになっています。でもそんな関係じゃなく、ただの思い合うごっこ遊び……だったのだと思います」


「どうしてこんなに厳重に守られていたのかしら……?」


「第一王子が死んでしまったことで、保管されていた箱は二度と開くことはありません。存在はしても内容が世に出なければそれで良かったのでしょうね」


「……お姉様は聖女の生まれや、どんな性格をしていたかとか習ったことがありますか?」


「ううん、突如舞い降りたかのように生まれて、その奇跡を傷付いた兵士にも分け隔てなく発揮したと。まさに聖人で彼女こそ女神に最も近い人間だったのでは無いか……っていう通説くらいしか知らないわ」


「そういう事です。せっかく聖女についてのイメージが出来上がったのだから崩すなってことですよ、こんな手記が解読されたらただの小娘だったことがバレてしまう。……信仰に揺らぎが生じてしまってはいけない、だから普通の人間らしい痕跡があっては都合が悪い。プリシテラは謎の人物でいいんです」


存在がベールに包まれて見えなければ見えないほどその崇高さを人々は勝手に高めてくれる。

そんな事をする理由は何故なのかと問えば、当然だというように、フォルア王の権威が下がり新たな従属場所を作るためなのだと彼女は話す。


アーリアは聖女に関することを覚えることが苦手だった。そんな彼女が、そもそも手記を読めるわけが無い。古語だけで書かれた手記を完璧に読みこなしてしまうのは、今いる最高峯の学者だって出来ない。間違えたままの意味も、未だ解読不可能な文字だって全て訂正されてしまった。

何故、時間を戻せるような奇跡を起こせたのか、話したくはなさそうだったため私は一度疑問に目をつぶっていた。けれど聖女の手記を懐かしむような素振りを見せる様子を、もう聞かない訳にはいかないのだろう。


「アーリア、あなたは……何者なの……?」


「……お姉様は一度、自分は転生したのだと思っていたと話してくれました。でも事実は……本当は、転生していたのは私の方」


「私が聖女プリシテラの生まれ変わりだと話したら、お姉様は信じてくれますか?」


直ぐにもちろんだと言えないのは、あまりにも空想のお話のような事だったから。だって彼女は"あの"聖女だったのだと話すのだ、史実と似ても似つかなくて、とてもそんな厳かな人物には見えない。……今の言葉はちょっと失礼だったかもしれない。ごく普通の、少し口調が乱暴で、素直な可愛い私の妹。ではもう分かるだろう、アーリアはそんな嘘をつかないと。何より、


(私はアーリアの言葉を全て信じると言ったのよ)


不安そうな彼女の手を握って、目を見て私は言った。


「大丈夫、信じるわ」


アーリアは、少しずつ本来の聖女の姿を語りだす。

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