12
「お嬢様!!!!」
私に向かって、刃物が振り落とされた。
血が落ちる。
「ス……ヴェン……様」
間一髪、私はスヴェン様に守られていた。庇った彼の腕からは血が流れ出ている。
もう片方の手で暗殺者の腕を掴み、彼は妹の名前を叫んで何かを指示しようとしていた。
「アーリア!」
「……っ!!だめ、間に合わない!」
暗殺に失敗したと悟ったが一瞬。彼らは目から口から血を流し首を掻っ切って自害した。直ぐにスヴェン様はその光景を見せまいと身体で私を覆うが、小さく何かが弾けた音と共に、熱気と肉の焼き焦げる様な匂いがして、目の前で何が起きたのか、想像は出来たが理解は追いつかない。
会場にいたお爺様が直ぐに駆けつけてアーリアと私の心配をした。肉も残らない程焼けたという遺体は、軽いボヤ騒ぎが起こったと結論付けられパーティーは無事に終了する。
私達はそのまま応接間に通され、人払いをした状態でガラテ殿下はスヴェン様とアーリアからの説明を要求した。
私は未だに何が起きたのか、これから何を説明されるのかも耳に入らず、ただ呆然としていて、けれど繋がれたスヴェン様の暖かな手の温もりが私を現実に引き戻す。
「さて、指示の通り護衛も付けず一人でいた所を聞いていた通り襲われたが何なんだ?一体」
流石と言うべきなのか、思いの他ガラテ殿下は冷静だった。
「私には殺される理由が見当たらない。何せ派閥の勢力も無ければ時期国王にも選ばれないからね」
どういう事だろう。長男、1番初めに生まれた王の血筋というだけで言い方は悪いが、どんなに愚かだろうが無能であろうが利用価値はあるはずなのに。
少しだけ私の方を見て、アーリアは直ぐにガラテ殿下の方に視線を向ける。
「本当に、検討はつきませんか、少しも」
「……君たちから話してくれないと、私は話せないよ」
「私……私達は花の印について知っています。それが殿下に移されたことも」
「!」
ガラテ殿下は目を見開いた。それは、多分私も同じ。でも、呪いとは別かもしれない。心臓が痛いくらいに動いている。知られては、いけないことだから。
「そうか、その事か。キミがどうやって知ったのかは分からないけれど……あぁ、そういえばアルベルトの婚約者か」
第二王子の名前を呟き、何かを一人納得したらしい殿下はただ話をするアーリアに耳を傾ける。
花の印は、それを持って生まれた子から別の子に移して赤子のままこの世から葬る事でその存在が隠され続けてきた。
けれど、何故か殿下は花の印を移されても今にまで生きている。それは、次に産まれた赤子に印があったから。
そう、アーリアは説明するが、何を言っているのかが分からない。だが、殿下は知っているようで、口元に手を当てて頷いた。
「……昔からずっと続いているこの悪しき印による悲劇。私は本来持ちうるはずだった権力を全て手放す事を条件に生かされている。遂に何か不都合でも起こったか?」
「殿下のお母様の生まれ故郷に、200年前の聖女について書かれた記録が残されているはずです。それがどう関係しているのかは分かりませんが無関係では無いでしょう」
「なるほど。あいわかった」
「信じてくださるのですか?」
「そこまでキミが知っているのなら、私は貴女に協力しよう。どうせ何かに握られている命だ。向こうが約束を破ったのなら此方も好きに動くさ」
「……ありがとうございます、この魔法石のアクセサリーをどうか持っていてください。加護を込めました、何かあれば殿下を守ることが出来るはずです」
「加護を?魔力がそんなにも少ないキミが作れたと言うのか、流石にアルベルトを問いたださないとな」
殿下はそれを受け取って、情報が分かり次第教会の地下で話し会おうと以外にもすんなりと彼は様々なことを理解していた。そうして私達は帰路に着く。
応接間から出た時、アルノーが外で見張りをしていたが、何となく私を避けているように感じて、先程の騒動の際に怪我はしていないかと声をかけることが出来なかった。
侯爵家へ戻ると、アレックやシエラ達がアーリアも一緒に来たことに驚いていた。直ぐにお客様として向かえる準備をしようと動き始めたが、スヴェン様はそれを静止して執務室を使うことと誰も立ち入らないことを命じる。
「お姉様に聞きたいことがあります」
「……私も、アーリアと……スヴェン様に聞かなくちゃいけないことがあるわね」
少しの間を置いて、先に沈黙を破ったのはアーリアだった。
「お姉様は知っている……いいえ、覚えていますよね、婚約の事も花の印のことも、今回の第一王子が死ぬはずだったことも……記憶が、残っているんでしょう」
今までの事を言い当てるように、確信を持って私の答えを待っているようだ。素直に話すことを心に決める。
「……知っていたのかは分からない、だって記憶にある事とは違う事が起きているから。……私ね物語の世界に転生したと思っていたの」
「フォルアの御伽噺ですね、きっと。知らないハズのことを知っていて、その不可解を納得するのなら転生したという考え方になるのも無理はありません。お姉様、どうか……理解は出来なくとも受け入れる努力をしてください」
「私は花の印を消すために、スヴェンに協力してもらって時間を戻しました。ここは、お姉様が死んでから2年時間を戻した世界です」
「……時間を戻すなんてそんなこと……出来るわけないじゃない……?」
転生には納得したのに、時間を戻したということの方が信じられない。いいえ、きっとどっちも信じていなかった。不可解だった物がはっきりと形作られて目に見えない物に名前が付く。
《理解は出来なくとも受け入れる努力をしてください》
(あぁ、そういうこと……私が聞いた時の反応も想定済みだという意味)
「で、さっきからずぅっと黙っているけど、このまま話を進めて構わない?スヴェン」
「お前が語る事が真実だ。説明するのに俺は必要ない」
「それもそうね、お姉様に心配と称していちゃつかれるより良い判断だわ。そのまま黙っててね」
「…………………」
(アーリア!?)
スヴェン様が射殺せるんじゃないかというくらいアーリアを一瞬睨んだ。それをものともせず、と言うよりも無視して先程よりも砕けた様子でアーリアは話の続きをする。そういえば妹は元々こういう子だったなと懐かしさを覚え、それを隠すためにずっと猫を被って頑張っていたのを私は可愛らしく感じていたのを思い出した。
そのおかげで、少しだけ緊張が解けてさっきよりもすっきりとアーリアの言葉が耳に入ってくる。
「まず、戻した時間についてお話します」