表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鮭 短編集  作者: 鮭
5/8

言葉の力


仕事に対しての意気込みとは人それぞれだ

僕も今の仕事をずっと続けるか迷っていた

やり甲斐はあるが、自信はなかった


12月の半ばの夕暮れ時

勤めている会社の、僕が所属する部署で響く部長の怒鳴り声

怒鳴られているのは僕自身だ


だが怒鳴られる原因を作ったのは、僕ではなく僕の後輩

内容としてもくだらないもので

客観的に見てもそこまで怒鳴らなくても

と思うような些細なこと

年の瀬が近い事もあり、管理職である部長は少々虫の居所が悪かったのだろう


僕は管理職と言う訳では無いが、新人を教育する身で

部長が苛々する事も分からなくはない

しかしこういう時は何も言い返さず、ただ謝ることが得策だったりする

これは職場での経験から得た知恵のようなものだ


しばらく怒鳴られ続け、部長も怒鳴る事に疲れたのか

それとももう言い尽くしたのか

仕事に戻れと告げると静かに席に着いた


僕は部長に一礼して自分の席に戻る

後輩はというと、まだ入社1年目でこんなに怒鳴り散らされると思っていなかったのか半べそをかいていた


「してしまった事は仕方ないから、同じ失敗を繰り返さないように次からはしっかり確認しような」


泣きだしそうになるのを我慢してるせいか

返事が上手く出来ず、必死に首を縦に振るだけだった


慣れてしまえばなんて事ないが

初めてだと精神的に参ってしまうようだ


終業時間まであと少し、僕も自分の仕事を片付けてしまおう


6時半になり終業時間を知らせる鐘の音が鳴った

ぐーっと体を伸ばし周りを見回す

帰る準備をしている者もいれば、呑みに行く予定を立てている者もいる

後輩は失敗を挽回する為なのか未だパソコンと睨めっこしている


僕は自分の帰り支度を済ませると

後輩の元へ向かった

近付いてきた僕に気が付いたのか、後輩は申し訳なさそうに


「先程はすいませんでした。些細なことでもミスはミスです。

気持ちを入れ替えて、ミスのないようにしっかり最終確認をしていきたいと思います。」


僕から見たらまだ若いのに、しっかりした新人だと思った


「そう思ってくれて、こちらとしても有り難いよ。

年末は普段より忙しくなるから、焦らずに頑張ってね。

じゃあ僕は先に失礼するよ」


慣れているとはいえ、僕自身も疲れた

早めに会社から出よう

振り返って歩き出すと後ろで後輩が立ち上がる音がした


「今日は有難うございました!

お疲れ様です」


後輩に向けて軽く手を上げ、部屋から出た


冬は日が沈むのが早く仕事を終える頃にはもう暗い

それにしても今日はいつもより疲労感がある

帰って何か作るのも億劫だ

誰かが待っていてくれるでもないし

たまには外で食べて帰るか


ちょうど家の近くに呑み屋がある

お世辞にも流行ってるとは言えないので

静かに呑むには最適だろう


会社近くの駅から、電車で最寄りの駅までは15分

そこから自宅まで10分程歩く

気温は低いが歩いているとそこまで寒いとは思わない


閑散とした街だが、不自由しない程度に店がある

今から行く呑み屋も社会人になった当時はよく通っていた

最近は仕事が忙しく久しく行っていない


そうこう考えているうちに居酒屋に着いた

店に入ると僕の他に若いカップルがテーブルで呑んでいた


「あらっ、久しぶりね!カウンターで良かった?」


笑顔で迎えてくれたのは店の主人の奥さんだ

まさか覚えているとは思ってもみなかった

安心するような感覚に包まれる

そっとカウンター席に座る僕に温かいおしぼりを出してきてくれた


「今日もお疲れ様!

なにか飲む?それとも食べるものだけにしておく?」


優しい口調の奥さんに自分の母親と重なるものがある


「ビール飲もうかな」


普段からあまり酒は飲まないが折角なので1杯だけ飲むことにした


「はい、ビールとお通しね。

今日は疲れた顔してるわね、でもなんとなく嬉しそうでもあるわ

何か良い出来事があったのね」


歳を重ねた人は顔を見ただけで全て見通すようで不思議だ


「疲れたけど、僕が教えてる後輩の成長が日々嬉しくてね

教育するのは大変だけど、やり甲斐があるよ」


「良い事ね!楽しく仕事をする事はとても大切な事だわ

あなたの下で働ける子はきっとあなたに感謝するわね」


こんな事言われたのは初めてだ

僕が迷っていた事がたった一言で救われたような気がした


ただ誰かにそう言ってほしかったのかもしれない

僕がしている事を認めてほしかったのかもしれない

それが誰であろうと、一言でまた頑張れる


僕を認めてくれてありがとう

明日からまた頑張ろう



涙が出そうになるのを堪え


僕は静かにビールを飲んだ

人にとって認められる事は何よりも大切な事

誰かを認める事もまた、大切な事

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ