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鮭 短編集  作者: 鮭
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夢喰い蟲

夢喰い蟲…、知ってるだろうか


夢喰い獏なら聞いた事があるかもしれない

なら夢喰い蟲とは?


夢喰い獏は悪夢を食べてくれる聖獣とされ古くからの言い伝えがある

では夢喰い蟲とはなんなのか?

獏のような聖獣なのか?


いいや、そいつは夢喰いなんて名前をしていながら夢を喰うなんて事はしない


そいつが喰うのは夢の中の大切な人、生きていない思い出と化した人、忘れたくない人物・物


記憶に寄生し、夢を見せる、夢の中で相手にとって最も大切なそれを奪うのだ

奪われてしまうと大切なモノを思い出す事は二度と出来なくなるとされる


僕はそんな夢喰い蟲の研究をしている。


どんな蟲なのか、それ以前にどんな生き物なのか、どんな夢を見せて奪うのか…

実際に夢喰い蟲を見た事がある人間を5人集めた

男2人と女3人、30〜50代の人達だ

机と椅子だけの部屋で1人ずつ話を聞く


どんな夢を見たか?

どんな見た目か?

どう連れ去るのか?

誰を連れ去ろうとしたのか?

きっかけはあるか?


項目を決め、同じ質問を5人にしたが一致した答えはなく5人とも様々な答えを出した。

まず”どんな夢を見たか”だが、場所だけでも同じ答えは出なかった

家だったり職場のような覚えがある場所に限らず、本人がどこかも分からない場所だったり

見た目に関してははっきりと生物として見た者と、生き物なのかすら判断が出来ないと言う者。

連れ去り方は、言葉通り連れ去ることもあれば、大切なモノが自主的に出て行くこともあるそうだ、ただ、5人中の1人50代の男性はこの質問に答えようとはしなかった。

無理に聞き出す事はせず次の質問に移ったが、僕は不思議とその答えが予想出来ていた。


次に誰を連れ去ろうとしたか、この質問の答えだけは深く追求する気を失ってしまった

親友、親、恋人、配偶者

自分達にとってはかけがえの無い人達だろう

最後にきっかけだ、でも皆きっかけに心当たりが無く首を傾げるだけだった


5人全ての質問が終わり、部屋は僕1人になった

彼らが話した内容をメモからノートに書き写していると、ふと謎に包まれた

なぜ5人中全ての人が誰を連れ去ったか覚えているのか

夢喰い蟲に喰われてしまえば忘れるはずでは?

そんな疑問が頭の中いっぱいに広がった

10分ぐらい自問自答を繰り返していると、部屋の扉が静かに開いた

僕は我に返り扉の方を向く

そこには先程の質問で答えを出すことが出来なかった50代の男性。

僕と目が合うと、男性はゆっくり話始めた

「もうこの事を調べない方がいい。私の様になる前に」


この男性は何か知っている。

「なぜ調べてはならない?あなたは何を知っている?」

男性は悲しそうな、それでいて悔しそうな表情をしながら自分の過去を話した

「私は学者をしながらずっと君のように夢喰い蟲について研究していた。同じように経験者を集めては質問を繰り返していた、だがその真相を解明することは出来ないまま歳を取った。毎日毎日飽きもせず夢喰い蟲の事を考え続けていた丁度40歳過ぎの頃妻は重い病に倒れこの世から去ってしまった。」


ここで話が止まり男性の顔は今にも泣きだしそうだった

ぐっと堪えて続きを話し始める


「妻が亡くなって何も手につかなくなった。それから10年、心に空いた穴を埋める為に休む事無く仕事をし、悲しむ時間を減らした。いつも通り仕事から帰り疲れを癒すために眠ろうとしたが、その日に限ってなかなか眠る事が出来ずに時間だけが過ぎた。やっと眠る事が出来たと思ったら悪夢だった。」


夢喰い蟲が来た。

大事な人を喰らいに。


「夢に妻が出てきた。場所はどこだか分からない橋の上。私は妻と会えた事が嬉しくて必死に話した。妻は優しく微笑んでいたが、話してくれる事はなかった。それでも良かった。妻とまた会えただけで。

どれくらい話してたか、このまま夢が覚めなければ良いのにと思っていたその時、黒い人間のようなそれが近付いてきて妻に何かを伝えた。妻は頷くと悲しそう顔をして橋から飛び降りようとした。

私は必死に妻の手を掴み止めようとした。

妻は私の手から離れ、そこで夢から覚めた

握った妻の手が今でも忘れられない、きっと死ぬまでずっと忘れる事は出来ないだろう」


返す言葉が思い付かなかった

静かな時間が流れる

男性はそんな僕を見て優しく言った


「知らない方がいい事もある。知ってしまえば恐ろしくなる。

私が調べた事で分かっていたのは夢を見ることが出来れば忘れない、夢を見ることが出来なければ分からないまま忘れてしまう。

果たしてどちらが良いのか分からないが、知らなければ恐怖はない。

君にも大切な人が居るだろう?

その人が居なくなってしまった時に、夢喰い蟲は容赦なく君の悲しみに寄ってくるだろう。

失くす前から失くす恐怖を抱いてはいけない。

私が話せるのはここまでだ。後は君が決めなさい。」


そう言って男性は部屋から出て行った。

何も考えられなかった

いや、何かを考えていた

でも頭の中でまとめる事が出来なかった


ただひたすらに紙に思った事を書いた

書き終えた時、僕はこれ以上知ってはいけないと思った


なぜ?

自分でも分からない


追求しなければ今以上に恐れる事はない

そう信じて


僕の研究は終わりにしようと思う


今後誰かを失くした時、夢を見られる事を僕は願う



短編集として纏めました

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