またもや
「あら、早かったわね」
そうそうに戻ってきた私に軽い驚きをあらわにする王妃様。
席を外すというと半日以上戻ってこないことがよくあるために今回もそうだと思っていたのだろう、私だってもともとそのつもりで話を進めていたのだし。
「少々予定が変更になりまして、本日は一日王妃様を守る役目に徹したいと思っております」
「まあ、じゃあ今日はずっとラナーと一緒ね。嬉しいわ」
「光栄です」
王妃様の輝かんばかりの笑顔を正面から受けて、とげとげしていた心の中が瞬時にケーキ菓子のように甘くふんわりとしたやわらかい心地になる。
うちの妹はどうしてこうも人を癒すことができるのだろうか。毎度癒される私には到底わからないが、国王が彼女を見初めたのには心から納得できる。
朝食の途中だったことに申し訳なく思いながらも、伝えなくてはいけないと自分を叱咤して離れる前にひとつ話題を付け加えた。
「それと、侍女の方ですが、あとでお伝えしたいことが………」
それだけ伝えれば、彼女はわかってくれる。
「そう……わかったわ」
口拭きで口元をさりげなく隠し、目を細めて王妃様は頷いた。
「悪いけれど少し二人にしてちょうだい。ラナーの報告を聞きたいの。ああ、ハンナは残っていて、お茶をお願い」
ほかには聞かれないように、皿の上の残りを食べ終わると王妃様は気を利かせて侍女頭だけを残して他を部屋から離れさせた。
あっという間に3人になった広い部屋で、シアンは椅子から立ち上がり私の隣まで寄ってきた。
「またなのね。姉さん、怪我はしなかった?ウェルシアは殺し屋だったの?」
開口一番にこちらの身の心配をする妹に苦笑して大丈夫よと笑顔を浮かべてみせた。
妹は一見触れたら消えそうな美女にしか見えないが、それだけでは城の中で穏やかな生活なんてできない。シアンはその優雅な姿からは想像もできないほど肝が据わっている。
普通の貴族令嬢なら殺し屋なんて単語を聞いただけで恐ろしがるだろうに、シアンはけろりとしてその言葉を口にする。後ろで聞いていたハンナさんが「王妃が殺し屋などと口にしては………」と頭を抱えている。
だけど私こそ聞きたかった。
「シアンこそなんともない? ティーカップに毒が仕込まれてると思って取り換えるように言ったけど、香りで眩暈がしたとか呼吸が苦しくなったとかない?」
「いいえ、平気よ。どこも苦しくないわ」
「そう、ならよかった……」
一抹の不安が吹き飛んだことでやっと安堵の溜息をつく。
実行犯を捕まえたけど、鼻や目から侵入するような毒だったらと途中で思い至って気が気じゃなかった。私が匂いに気付いた時になんの異常もなかったから大丈夫とは思ったけど、一度気になると本当に大丈夫かずっと気になってしょうがなかった。
「それで?今回も否定派の貴族なんでしょう、あの娘もそうだったのかしら」
互いの無事がわかるとシアンはすぐに現実的な話に移った。この切り替わりの早さは感心する。
さすがにすぐそばの相手からも狙われたことに怖くなっているのか、わずかに唇を震わせて出された疑問に、報告しないわけにもいかないので聞き出した情報も加えて私は頷いた。
「そうなんだけど、今回は脅迫で言うことを聞かせてたみたい。宰相がすぐに収めたのもあってたぶん命令したやつは何も知らない状態だと思う、今宰相の部下が侍女からまだ話を聞いてるだろうからそんなに経たずに犯人がわかると思う」
本人からもう命令した貴族の名は聞いて宰相に伝えてもいたけど宰相はそこからさらにその貴族の繋がりも調べているだろう。貴族とういうのは自分が手を汚さないために下っ端やよそ者を使うことがほとんどだから証拠を残さないようにする。なので大本がなかなか捕まえられない。
大本を捕らえるためにも侍女もまだ刑に罰されていない状態だろうな。
解説すると、シアンはなぜか犯人のくだりより侍女に関する下りにホッとしたようだった。かすかな笑みを顔に浮かべているのは捕まった侍女の身を案じていたことを語っている。
「そう。じゃあ本心からの犯行ではないのね、彼女に嫌われてなくてよかった…」
どうやらシアンは自分を嫌っていたから侍女が暗殺に手を貸したのかと考えていたらしい。そんなことあるわけないのに。
「そんなこと…………」
「妃殿下を嫌う者などこの宮にはおりませんわ。皆お優しい妃殿下をお慕いしております」
私が伝えようとしたらハンナさんのほうが先に言ってくれた。本心からとわかる柔和な笑みに私も笑顔を向けた。
「そうよ。シアンを邪魔に思うやつもいるけど、それ以上にあなたはもうここに受け入れられてるんだから、自信持ちなさい」
昔やっていたみたいにシアンの頬を両手で包んでまっすぐ目を合わせる。
うつむきがちだった視線は自然と前を向き、妹と目が合う。弱々しくなっていた瞳にグッと力が入ったのがわかった。私たちだけの気合の入れ方はまだまだ効果があるらしい。
「なら姉さんお願い、ウェルシアに酷いことはしないであげて。脅迫されていたというなら彼女は何も悪くないわ」
言い出せなかったことを思い切っていったとばかりに縋る表情でシアンはそんなことを言い出した。
それは大分難しいお願いだわ。
だがお願い、と手を合わせてねだるシアン。ついもちろん!と頷きたくなってしまうが、なんとかとどまって首を横に振った。
「咎めたくない気持ちはわかるけど、あの侍女は国の頂点の存在に手をかけようとしたのよ。事情があっても許されることじゃない」
本来なら即刻死刑の所を、犯人の手がかりという名目で今は生かしているのだから。宰相もその辺りはシアンの気持ちを考慮してくれているはず。
シアンは自分に当てられていた手を掴み、それでもお願いと懇願してくる。
「私なら平気だから。それにたぶんだけど脅迫されたのって私のせいかもしれない、彼女結婚して子供が生まれてるの。その話を私としていてどこかで聞かれてたのかも……」
「そんなの、誰にはなしてるかわからないしシアンのせいじゃ……」
「きっと人質にされているんだわ。そうすると暗殺失敗がばれたら子供は殺される、そんなのダメよ」
私が口を開く前に想像たくましくどんどん悪い方へと考えているシアンをいったん宥める。
「落ち着いて、まだそうと決まってないでしょ」
「そうに決まってるわ。姉さん、誤魔化そうとしなくていいわよ。王妃になってからいったい何度命を狙われてることか、もう慣れて相手の思考も読めるってものよ」
こちらが何を言うでもなくシアンが事実を述べていく。
ああもう、せっかく遠回しに言ってたのに。シアンたら自分からはっきり言うんだから。肝が据わっているのも考え物である。
…まあ、その通りなのだけど。
王と結婚してからかれこれ9年。子供も産んだというのに彼女はずっと命を狙われている。理由は貴族たちが拘る身分差のある結婚だったから。
王の伴侶となるならば、政治的に高い身分の者が望まれる。和平を結ぶために他国の姫と結ばれたり、または公爵位の娘と結婚して互いの権力を盤石とするためなどなど。まず恋愛によって男女が結ばれる可能性が低い。
しかしエルツ国は王位が変わった十数年前から他国と争うような事態にはなっていない、加えて公爵、侯爵といった最も高い地位にある数少ない貴族たちの中に王と吊り合う年齢の女性がいなかったため王はあまりの年の差になってしまう結婚を拒否していた。確かに、正直おっさん年齢の王の隣に幼女がいるのは少し、いやだいぶ見ていていたたまれない。
周りがやきもきしてとうとう後宮に令嬢たちを集めて嫁を見つけろと催促したところに、シアンと出会って惚れてしまった。相手を見つけたと大喜びの王や宰相その他だったが、またもや問題発生。
シアンは私と姉妹、つまりは子爵令嬢。王と並ぶには不釣り合いだ、とシアンより位の高い貴族連中が納得できなくて難癖をつけだした。
恋愛感情など人それぞれだし、おまけに誰でもいいからみたいなことを伝えて臣下全員合意で作られた後宮湧くのも頷ける。まさか数合わせで入れられた令嬢が気に入られるとは誰も思わなかっただろう。本人だってそうなのだから。
位が低くとも国の影響にも問題無いと話し合って、決定をもぎ取った王は考え直すよう説得する貴族たちの意見を無視して早急に準備に取り掛かり、国民へ王妃としてシアンを紹介してしまった。
意見を無視された否定派臣下たちはこれに反感を強くし、なにかと王妃の邪魔をするようになった。
そうして現在、募り募った反感の怒りでか、他の誰かがなにかの理由を狙ってか、シアンの命が危うくなることが多くなってしまった。
結局は自分(の娘)が選ばれなくて不満なだけだというのに、手を組んだ有象無象は何かと難癖をつけて王に意見して正妃の座を空けようと画策してくる。王にはなんの危害も加えることなく、シアンだけを狙ってくるのが邪魔者は誰かを教えていてとても分かりやすい。
この状況をどうやったら解決できるかなと悩んでいるうちにシアンはハンナさんに呼ばれていた。
「妃殿下、もうすぐ予定の時刻でございます。ご準備をお願い致します」
綺麗なお辞儀で申し訳なさそうに促す侍女頭をハッと数秒見つめて、王妃の顔になったシアンは頷いた。
「………わかったわ。行きましょう」
まだこちらを気にしている妹へ、ひとつため息を吐いた。
「約束は出来ないわよ、でもなんとかしてみる。王妃様のお願いだしね」
ウインクしてから一歩下がり、臣下の礼をとって切り替える。
シアンはありがとう…と呟いて、ハンナさんへ向きを変えた。他の侍女たちを戻ってこさせ、護衛が揃ったところで優雅にドレスルームへと歩を進めた。
私もその後ろについていきドレスルームへ入る。
今日の予定その一は王妃様が招待されたお茶会の出席。
王は王妃様を最も大切に想っているが、政治的な理由で後宮もあれば側室もいる。
彼女らをまとめ、共に王を支えていくのが正妃の務めであり、大変な仕事である。後宮という魔窟の頂点に立つ者は恨まれ、憎まれとろくなことがないのが常だ。正妃が決まったことでほとんどの令嬢たちは実家に帰されたが側室となった令嬢はそのまま後宮に留まっている。
普段後宮の中に押し込まれている側室たちはお茶会のときくらいしか会わないが、正直私は会いたくない。王妃様も進んで会いたいとは思っていないだろう。女性だけの空間というのは、時に男性も怖気づいてしまうほど恐ろしい空間になるのだから。
そのもはや戦場といっていい場所に行くのだから、完全装備でなくてはいけない。
過去の回想に耽って待機いる間に侍女頭はじめ、幾人もの侍女たちが王妃様を着飾らせていく。
くしけずった太陽に映える蜂蜜のように濃い金髪を半分複雑に結い上げ、もう半分をまっすぐ背に流して清楚さを出した髪型に、いったいどんな技術なのかわからないけども淡く儚く今にも消えてしまいそうに感じる化粧を施し、それでも存在感を確かにするために黄色を基調とした生地に鮮やかな緑の刺繍糸で草花をあしらった綺麗なドレスに着替えて、職人の腕の良さがみえる煌びやかなエメラルドのイヤリングやネックレスを付けていけば、王妃の名を飾るにふさわしい女性が現れる。
華やかでありながら気品に満ちて、儚くも凛とした姿に誰もが魅せられるだろう。
普段のプライベートなドレスももちろん素敵だが、外用の恰好も我が妹は美しい。
周囲への警戒は怠らないが、このドレスを替える時間はある種私の癒しの時間だ。
くるくると全身くまなくチェックする王妃様を見つめて、その美しさにああ、と感嘆のため息をこぼしてしまう。
なんてきれいなんだろう、ドレスもきっとこんな素晴らしい妹に着られて幸せだろうなぁ。
この時間、私は近衛騎士をやっていて本当に良かったと思える! だって誰より先に、妹の愛する王よりも真っ先に、綺麗になった彼女を眺めることができるのだから! これ以上の至福はない。
最高級な品で整えられたその姿に、ほう…と周りからも同じく感嘆のため息が漏れる。
内心、うんうん綺麗だよね!と激しい相槌を打ちつつ、表ではコホンと咳ばらいをして警護の続きを促す。着替えの場なので最低限の数しか兵を配置できないので実力の足りない者が周囲への警戒を怠るのはもっとも危険な行為だ、見惚れるのは納得できるけども、近衛としての自覚は必要。
慌てて目を逸らす近衛兵たちを視界にとらえながら、私はもう一度王妃様に目を戻す。周りから女団長も仕事しろよ!という抗議の声が聞こえた気がするが気にしない。護る対象を見るのは当然でしょう?
着替え終えた王妃様が感想を聞きに来て、もちろん素晴らしいと心からの惨事を送った後、私たちは再び移動。
側室は二人おり、今日はその一人とのお茶会。
私はこのお茶会というものが本当に苦手だ。だってただ和やかにお茶するだけじゃなくて、時には女同士の棘を含ませた言葉をぶつけ合いながらにこやかに終わらせるのだから。私じゃ到底無理。
この席に私はついてはいけない。
後宮の護衛騎士だった私なら中の構造を知っているので問題はないのだが、万が一顔の作りが似ているのでは?などと疑問視する人物が出ないように、私的な用事で側に並ぶ必要がある時は副長に代わってもらっている。公の場ではないので忙しいからと理由があれば私がいなくとも怪しまれないし。
お茶会は、結果的には王妃様の勝利とだけ王にはお伝えしておこう。側室のご機嫌取りに向かうだろうから、正妃の話を持ち出したりしないように詳しくは言わないでいよう。と、副長からの報告を聞いて思った。ああ、恐い。
お茶会が終われば今度は昼食になる。
衛兵が壁際にずらりと並んでいるなか食事というのはなかなかな圧迫感を感じるが、慣れている王族は特に気にすることなく食事を始める。今日は王は執務で部屋にこもりきりになっているらしいので王妃様と王太子の二人で食べている。
コックたちが腕によりをかけた豪勢な料理を王妃様はいつも美味しそうに食べる。マナーを守ってパクパクと食べていく様はとても気持ちがいい。
もとは子爵令嬢なので貴族といってもあまり贅沢な生活はしていなかったのもあり、なるべく食べ物は無駄にしないようにと教育された私たちは出されたものは極力残さず食べるようにしていた。彼女も今になっても親の教育に従ってしっかりとすべて食べていた。
隣でつたない動きで料理をほうばっている王太子も母親の教えで残さず食べている。子供らしくぼろぼろこぼしながら。
マナーを学んでいてもお腹が空いて食事に夢中になるとやはりボロが出るようだ、大変和む光景だ。
食べ終われば彼女はわざわざコックを呼んでその場で作ってくれたことに礼を告げるので、コックたちは毎度嬉しそうに顔をほころばせて下がっていく。私も毒味のために味見するので彼らがいかに手をかけて美味しく作っているのかは知っている。
おまけに王妃様が心から素直に行っているこの行為のおかげで助かることもあった。
今回は大丈夫だったけど、以前スパイが侵入して料理に毒を落としていったことがある。コックたちが発見しタコ殴りにしたスパイを連行してきたことで王妃様が口にする前に処分できたのだが、その時コックたちは王妃の味方だと宣言してくれていた。
食事面の安全を守ってくれるのは大変にありがたい、彼らは日々喜ばれる献立と毒を仕掛けようとする不届き者たちと戦っている。なんとも頼もしいコックだ。
食事面は安心だけど、私に警戒への緩みは一切ない。
王妃様の座っているテーブルから待機している壁までは少し距離があるため不安が募るので、不快に思われない程度に観察しながら、周囲の警戒心はより鋭くしている。
王妃様と王太子殿下は残るデザートの期待に胸を膨らませて楽しそうに親子の会話を弾ませている、そこにデザートをもってきた侍女が皿を置く、うっすらと赤いムースが小皿のなかに収まりクリームやミントでかわいらしく飾られているのが見えた、とてもおいしそうだ。
その後ろから執事と従者が二人のそばに近づく。執事がデザートの説明を始め、従者がもったベリーソースをかけるように指示して一歩下がる。「失礼します」と断ってからムースにソースをかける従者を王太子はわくわくと眺め、王妃はそんな我が子をにこやかに見守っている。
幸せいっぱいにみえるその光景を、無残に壊す者がでなければいいのに。無駄とわかっても願わずにおれない些細な願いに溜息をつく暇ももったいなく、私は服に忍ばせていた小ぶりのナイフを、体の向きを王妃様に変えた従者へと投擲した。
突然の激痛に短い悲鳴をあげると従者はナイフが刺さったほうの腕を庇って私の方をぎっと睨んできた。痛みで落としたベリーソースが床に散らばり一部を赤く染めた。
「ぐう…!何を…………」
するのですかと言いたかったのだろうが、言い終わる前に彼の目前に迫って従顎めがけて掌底を繰り出し黙らせた。自分の顔から表情がなくなるのがわかる。
何を? 何をだと? わかって言っているならこいつはとんだバカだ。
顎と腕の苦しみに耐えるためにその場で呻く従者を横目に、素早く王妃様と王太子を庇える位置に立って周りにも警戒心を高めるように告げた。
「何を? 私がお前に攻撃するのは当たり前だろう、その袖に隠した刃物はなんだ? 国の頂点に立つお方のそばに行くというのに刃物を隠し持つやつを警戒するなというのか。面白い冗談だ」
刺した腕の方の袖からは少し刃物が出てきていた。剣を針のように細く小さく作ったような形の刃物は輝きを放たないように加工されているのか、光にあたっても反射して跳ね返してはいない。どう見ても暗器の類だ。
私の言葉に驚いている王妃と王太子を逃がすよう周りに呼びかけ近衛が待機する隣の部屋で待っていてほしいと本人たちにも伝える。
突然の事態に泣きべそをかく息子の手を引いて王妃は執事や周囲を囲む近衛と徐々に離れていく。こちらに目配せで大丈夫だからと伝えてくる王妃様ににっこりと頷き、ついでに王太子にも笑顔を向けて安心させてあげたのだが、何故か王太子からは目が合った瞬間「ヒッ……!?」とひきつった声が上がった。はて、従者に恐怖して声も出ないのだろうか。
まあいい、今集中すべきは目の前の男だ。
「この者を捕らえよ!」
複数の近衛に囲まれた従者は現状を打開するためにじりじりと後退するが鍛えている近衛たちに手負い一人では分が悪すぎた、抵抗を試みるもあっという間に捕まった。
腕を抑えられて身動きできない従者に冷たい視線を投げる。
「今度はどこのバカからの指示なんだか。自分がしていることを理解できてないのかしら?」
思ったより冷ややかにでた自分の声に、従者に扮した男は焦るでもなく挑発的な視線を返してきた。
「あんたが『王妃の藁人形』か。なるほど、手強い」
こちらも挑発的な言葉だが、別段私は反応する気はない。こっちは単刀直入に別のことを尋ねる。
「その口振りは依頼されてる輩か。依頼者は誰だ?」
これであっさり答えてくれるようならこちらも苦労しないのだけど。
予想通り従者は口を噤んだ。殺しの仕事は雇い主の事を喋らないというのが基本らしい、だから率直に聞いたところで話すわけない。
ああもう、面倒くさい!
イライラしてきているのが自覚できるから余計に神経が尖っていく。
「協力するなら命は保証する」
「……………………。」
相手は無言。つまりは拒否、交渉も受け付けてくれない、と。
「…………。」
にっこりと笑ってみる。
「………………………。」
反応はなかった。お互い無言になり、動かなくなる。
従者を押さえている衛兵たちがどうすればいいのかわからず困惑を浮かべている。このまま降着していても仕方ない。
「……ハア、喋らないのに居させてもしょうがないか。あなたたち、この男を牢に」
ため息をついてとりあえず指示を出した。これ以上にらめっこしていても仕方ない。
衛兵たちが返事して連行する寸前に「そうだ」とわざと声をあげて、一発だけ声に訝しんだ従者の男の顔面を殴ってから視線を外した。
突然の暴挙に鼻血をだして目を回す従者の男とびっくりしている衛兵たち。その視線を無視して私の足はもう王妃様の宮へと歩を進めていた。
これくらいやり返したっていいじゃないか。
突然の事態に慌ただしく駆け回る衛兵と関係者たちが廊下を行き来しているなか、もう慌てる気力が萎えている私はマイペースに歩いて王妃様のいる宮へ向かっていた。
本日2回目の暗殺未遂。
1日で2回も殺害を試みる者が現れるなんて、警備は何をしてるんだろう。前に抗議して警備の見直しを促したはずなのに。おかしいなぁ。変装しているとしても検分くらいやるはずなのに。我が国の城内警備はこんなにもザルだったろうか?
怒りがわくよりも早く冷えていく頭でそんなことを思いながら、すれ違う近衛に事後処理の順番や王妃様たちを部屋に送ったので外の警備を強化することなどの指示を伝えて動かしていく。
呼び止めた男たちが何故か全員「ひっ……」と声をあげるのが不思議だったが気にせず指示していった。
朝からの疲労か、歩きながら自分がなんだか遠くなっていくのを感じる。
ああ、早く王妃様に癒されたい。
なんとか引き戻す努力をして意識を王妃と王太子の無事を確かめに向かうことに集中させると、遠くなる感覚は収まった。体力的な疲労ではなく精神的にやられているわ、これ。
宮に戻っていた彼女たちになんの異常もないことを確かめて、安心する。さっきまで震えあがっていた王太子ももう平気になったようで「つぎはぼくがかあさまをまもる!」といっておもちゃの木剣を振り回していた。うん、元気でなにより。
この後の予定はすべて消すよう執事に頼み、王妃様に今日はもう親子の時間を楽しんでくださいねと伝えて部屋から出ないように注意した。
「ラナーはもう行くの?」
母といられることにはしゃぐ王太子の頭をなでながら王妃様がこちらに問いかけた。それに私は頷きを返す。
「はい、報告と事後処理がありますから。副長のスファルをここの警備に着けますので安心して親子の時間を楽しんでください」
男の近衛ではなく、直接の部下の女近衛に言伝を頼み、スファルを呼んでおくよう指示して、誰かに呼び止められる前に国王に報告してくると言って宮を出た。
廊下を少し歩いて、周囲に誰もいないことを確かめ、壁に背を預けてズルズルと床に崩れた。心臓がもう限界だった。
「ハアァ~………………疲れた…」
無意識に口から零してしまった自分の呟きは、存外耳に大きく聞こえた。
またシアンが狙われた。可愛い私の妹が。
なんでみんな殺そうとするの? 理由はわかっているのにそんな疑問が浮かんでは消えていく。
そもそも国王がもっと周りに納得させてからシアンを迎えればよかったのに、早く自分のものにしたいからと押し切って婚儀を進めたせいで妹に沢山の敵ができてしまった。
そのせいでこの現状、一度ふざけるなと抗議した事があったけど王じゃなくて周りから仕方なかったと説得されちゃうし……。
思い返すほど国王に怒りが募る。
しかし侍女頭から王を怒るなと釘を刺されている手前、正面から文句を述べることはできない。
……しょうがない。まずは報告が先。
立ち上がって、朝に呼ばれた宰相の執務室へ向かうためぐんにゃりさせた体に力をいれてシャキッとさせた。間違っても隊長が人前でさっきのような姿は見せられない。
深呼吸して気持ちも切り替え、宰相がいる執務室を目指し歩いた。
…まずは文句から言おうかな。




