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問題

王妃である妹の周りは常に敵だらけ。ふとした拍子に命が狙われる。

妹を狙うやからに姉は容赦しません。

 我が国エルツは大国とまでは言えないが、それなりの領土を持った国である。

 隣国とは山々で挟まれ、広大な森が広がるエルツはその自然の柵によって他国からの侵略を阻んでいる。

 味方には恵みをもたらしてくれる森。敵にとっては侵略を妨害される山。

 ここ数十年は大きな戦争もなく、国同士を行き来するための道は通されている。数少ない整備された道々からは輸出入が盛んに行われ、エルツ国に新たな技術と国民たちへの食糧や雑貨などが運ばれてくる。

 それらの国交や交渉を担っているのが現在王妃様の御前で本日の予定を告げている宰相、セイブル公爵だ。

 国王からの信頼厚い彼はこれまでに数々の交渉で辣腕を振るい、国へ貢献している。シアンが王妃になるまでの間にもいろんなところで協力を仰いだ仲間。彼なくしてはシアンを王妃にはできなかっただろうといえるほど頼りになる男性だ。


「…………となり、その後は隣国の使者との謁見です。会食の際は妃殿下にもご出席いただきますのでご準備をお願いいたします。以上が本日の総てとなります。何かご質問などはありますでしょうか?」


 セイブル公爵の確認に王妃様はしばし告げられたことを反芻してから問題ないと伝える。

 セイブル公爵は一礼して部屋から出ていった。

 去り際に私の方へ目配せしていったのに気づき、こっそり溜息をつく。あれは後でこちらに来いという合図だ。

(めんどくさい。)

 話す話題がわかりきっているだけに行くのがとても億劫だ。行かないとそれはそれで面倒なことになるので従うけども。

 なぜ予想がつくか? それは国の(というか王妃関係の)抱える問題があるからだ。

 限定的とはいえ騎士団長の地位を戴いている私も関係あることなのでこの問題には真剣に取り組む必要がある。

 

「宰相の話し方は簡潔だからあっという間でいいわね………」


 不意に王妃様が呟いた。それまでの思考を放ってそうですね、と返事しておく。


「彼は何事も名良完結にがモットーですから」


「彼以外だと長々した口上がつくからうんざりするのよね、必要なことなのはわかっているのだけれど」


「王妃様と話すわけですから当たり前です、ご辛抱ください」


 姉妹の雰囲気などどこにも出さず、親しい他人として私たちは会話する。

 周囲はいつものことなので関心を示さず、侍女や衛兵は各々の仕事に意識を向けている。

 これがいつも通りの光景だ。こうでないと困る。

 

「わかっていても面倒なものは面倒なのよ、貴女とお話してる方がよっぽど楽しいし」


 背後の私へ目を向けお茶目にウインクする王妃。同性だけどそれだけで私の胸に高速の矢が刺さったような衝撃が走る。

 ああっもう!今日のシアンもとても可愛いっ。

 いったいいつになれば妹の可愛さに慣れることができるんだろうか。立派な大人だというのに子供のような愛くるしさに私のハートは奪われっぱなしである。本当にもう、可愛いんだから!


「大変光栄ですが、今はご自分の準備に専念してください」


 この後王妃はまた着替えなければならない。

 貴族の淑女は用途の決まったドレスに何度も着替える必要がある。

 貴族の女性にとって着替えは重要だ。その場に合ったドレスで礼儀正しく過ごすことが上位の貴族にとっては当たり前、王妃ともなれば一日のドレスの着替えはもはや戦いだ。

 さっき公爵と合っていた時のドレスは私室用の楽なものだ、今度は他の者たちとも会うためもっと豪奢なものに着替える必要がある。


「はぁ………この準備が疲れるのよね。着替える前に紅茶をもう一杯いただける?」


「かしこまりました」


 空のカップを軽く掲げる王妃に侍女の一人が了解を告げ、新しい紅茶を淹れ始めた。その間に他はドレスや装飾をどうするか侍女長と相談し、準備を始めている。てきぱきと動く姿は手慣れている様子がわかり、迷いない動作は一種の芸術のようで見ていて気持ちがいい。

 王妃の朝食にはもう少し時間があるため今はお茶で体に目覚めを促している、淹れられるまでの間は私との会話を楽しみ、侍女の持ってきた紅茶を片手にまた私と会話……。仕事だとわかっているのにこの時間はとても幸せ。つい名前で呼んでしまいそうになる。いけないいけない。

 そうして穏やかな待ち時間が流れるなか、そこに唐突に「異物」が入った。

 気づいたのは会話の途中。

 自分たちからさほど距離がない場所からか、それともよほど近いのか、違和感を感じさせる香りが鼻をくすぐった。

 普段この部屋で嗅がないような、普段を知るがこそ違いがわかる、極々小さな違和感だ。こういった少しでも不振に思うことを流してはいけない。

 なにも気づいていない風を装って、あたりを目だけで探る。

 怪しい行動をしている者は特に見当たらなかった。

 だが気のせいで終わらせるようなことはしてはいけない。ここは王宮で、ここにいるのは王妃。消えない違和感の正体は必ずといっていいほど王妃の危険に直結していることが多い、迅速かつ確実に原因を見つけないと。

 一体どこから? 何から匂った? 警備がいるこの空間で違和感をつくれる行動は?

 少しの手掛かりからでも可能性を見つける、それが主を脅かすものなら排除する。それが私の仕事。

 そうして可能性を見つけて実行が可能な者はだれかを考えて………ああ、わかった。

 正体はあいつか。


「王妃様」


 ゆっくりと主を呼んだ。彼女は何も気づいていない。

 王妃様がカップに口を付ける前だった。紅茶が少し冷めるまで待っていた彼女は嬉しそうな声で「なあに?」と返事を返してくれる。


「口を挟んでしまい申し訳ありません、実は公爵より頼まれた急ぎの業務があったのを失念しておりました。すぐに戻ってまいりますので、しばし御前から離れますことをお許し願います」


「あらそうなの? 構わないわよ」


 なんの疑問も持たずに私のお願いに許可をくれる王妃様。だましていることが心苦しいが、無駄に怖がらせる必要はない。彼女をすべての脅威から護るのが私の仕事なのだから。


「ありがとうございます。なにかあれば遠慮なくお呼びつけくださって構いませんので」


「ええ、わかったわ」


 了承をもらえたところで、もうひとつお願いしてみる。侍女を一人お貸りしてもいいかと。


「あら、何故?」


 本心から疑問に思っている声音に、散らかっている部屋の片づけを手伝ってほしいからと答えた。

 お恥ずかしながら、嘘をいう必要がないほど本当に私の部屋は散らかっている。だって片づける暇がないんだもの。執務室はまだマシだが、私室がちょっと……物が散乱している。

 なのでこの話題は信憑性十分すぎるほどの嘘に役立つ。

 あれはいつだったか、シアンと、彼女から離れたくなかった国王が護衛も連れずお忍びで城の私の私室に来た時があった。突然だったために何もしていなかった部屋の惨状にシアンは怒りをあらわにし、それでも女性か!?そんなだから相手が現れないんだ!などと心をえぐる言葉を次々私に突き刺しながら国王を顎で使って、頼んでもないのに掃除していったことがあった。

 国王と王妃に掃除させたなんて宰相が知ったら卒倒するだろうから極秘にしているけど、それくらい散らかっているというのはまあ伝わると思う。あれはさすがに王にやらせるものではないと申し訳なくなってあの後国王に土下座で謝罪したし。

 それから度々王妃様は部屋の様子を私に尋ねては侍女を向かわせて掃除させようとすることがあり、恐いくらい私の部屋を気にしている。あれからまた放っといてるからさらに酷くなってもう誰にも見せられないから断ってるけど……。

 そんな過去のおかげで、にっこりと王妃様は了承をくれた。


「…いいわ、好きに連れて行きなさい。ちゃんと、綺麗に、するのよ」


 後半がやけに力がこもっていたような気がするな。またお忍びで来られる前にそろそろ掃除しとこう。

 頷きつつ、侍女の一人を借りた。

 

「私事に申し訳ありません、お借りします」


「あなたの仕事中にさっさと終わらせられるんだから、隅々まで綺麗にしてもらいなさい。…………二度とあんな惨状にしないように」


 最後のぼそりと呟いた言葉に冷や汗がでる。…今度掃除しなきゃ。

 言いたいことを伝えて、出る前の口上を述べようとしたところで、王妃の持つ紅茶に目をやる。

 それほど長く話したつもりはなかったが、湯気が立っておらず冷めてしまっていた。


「おや、紅茶が冷めてしまったようですね。誰か、新しいのを王妃様に」


「あら、本当だわ。そんなに喋っていたかしら? つい楽しいと時間を忘れるわねえ」


 ころころと王妃が笑っている間に、私の出した指示に動こうとした指名した侍女より先に壁に控えていた侍女長がやってきた。

 冷めてしまった方を受け取ってカップごと新しく紅茶が入れられる。

 さっきの侍女が淹れたものより数段済んだ色で香りが引き立っていることが、彼女の年季の長さが表れている。

 侍女長は紅茶を淹れ終わるとこちらに一度だけ視線をよこしてまた壁際に戻っていった。どうやら察してくれたようだ。

 美味しい紅茶を飲んでご満悦の王妃に口上を述べ、いつもと変わらない態度で部屋の外へと出る。

 さて、ここからだ。



 唐突だけどここでひとつ国の状態をお教えしようと思う。

 一見平和なこの国だが、実は大きな問題がある。


 問題: 王妃によく危ないことが起きる。




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