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「兄上は……」
雪華の目の前の青年は、言いにくそうに歯切れを悪くさせた。
「いずれ正室を迎えることになるけど、雪華じゃ正室にはなれない。言い方が悪くなるけど、君と兄上では身分が違いすぎるから。君は側室で満足できるの?幾人もいる妻の一人でもいいのか?」
「それは……」
雪華は黙り込んだ。柊影が身分の高い人だということは、わかっていたことだ。それに、貴族のような身分の高い人々が、家のため、その血筋を残すために、側室を何人も囲うことも知っていた。
けれど、自分とたった二つしか違わない柊影が、すでに側室を持っていることは衝撃的だった。
そして自分の中に、その会ったことも無い側室たちに対する醜い嫉妬心が沸き起こってきたことも嫌だった。柊影のあの深い海のような瞳に、他の女性が映ることも、柊影のあの逞しい腕に他の女性が抱かれることも耐えられない。
いつの間に、自分はこんなに狭量な人間になってしまったのだろう。柊影への思いは自分の一方的なもので、自分にはそんなことを思う資格なんてないのに。
「俺なら、君一人を大切にするよ。他の女を娶ったりしない」
栢影がこちらに向けてくる視線は、真剣で、そして熱を帯びたものだった。彼は本気で言っているのだ。
確かに、栢影の妻となった人はきっと、明るい彼の優しさに包まれて幸せになれるだろう。でも……。
「……栢影、柊影は、その……、誰か好きな人がいるの?」
雪華は最後の希望にすがる思いで栢影に聞いた。もし、柊影がまだ側室の誰かを好きになっていないのなら、自分のことを好きになってもらえるのでは無いかと、淡い期待をいだいてしまったのだ。
だが、栢影が申し訳なさそうに口を開いたことで、その期待もすぐに消え去った。。
「兄上は、そういうことを口にする人じゃないから、確信は無いよ。でも、兄上とずっと一緒だったから、兄上のことは大体わかるんだ。兄上は今、本当に好きな人がいると思う」
栢影は、柊影の好きな人の名前は言わなかった。きっと、雪華が知らない人だから、言ってもしょうがないと思ったのだろう。
雪華は、世界が音を立てて崩れた気がした。
「雪華、泣かないでくれ」
栢影の言葉に、自分が泣いているのだと初めて気が付いた。
声を上げることすらできずに静かに涙を流す雪華を、栢影は包み込むように抱きしめた。
雪華の体はビクリとこわばった。「離して」と、どうにか声を上げたつもりだったが、それはただの嗚咽にしかならない。逃れようと腕に力を込めても、栢影は雪華を離さなかった。
雪華は心が苦しくて苦しくてたまらなかった。柊影は、初めて好きになった人だったのだ。好きになってはいけないと何度自分に言い聞かせても、想いを止めることができなかった。それほどに彼が好きだったのだ。
けれど、彼には好いた人がいる。きっとその人は柊影に相応しい立派な家の出身で、綺麗で品のある人に違いない。
野山を歩き回る雪華を見て、柊影が面白がっているようだったのは、きっと、心の中でその人と雪華を比べていたからなのだ。
柊影のそばにいたいと思う。けれど、柊影のそばにいることで、柊影が彼の想い人と一緒にいるところを見ることになるかもしれない。そんなこと、考えただけでも心が張り裂けてしまいそうだ。
かと言って、柊影と彼の想い人の仲を裂こうという気も起きなかった。柊影には、幸せでいて欲しいのだ。彼の幸せを邪魔するなんて考えられなかった。
「雪華、君が兄上を好きでも、俺は構わないよ。春に雪が解けるように、ゆっくり俺のことを受け入れてくれればいい。だから、結婚しよう、雪華」
優しい言葉は、蔦のように絡みつき、雪華を搦め捕った。
ちょっと短いですが、投稿しました。
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