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どこまでいっても、脇役令嬢  作者: 甘糖むい


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12/12

12話

久方ぶりに浴びる外の光は、あまりにも眩しかった。

窓こそあったものの、大半をカーテンで閉ざされた牢に等しい部屋に長く押し込められていた目には、何の変哲もない青空すら痛いほどに眩しいものだった。

マリアは思わず目を細め、袖口で庇うように顔を覆った。


閉じ込められていた建物を振り返れば、それは見覚えのある屋敷だった。

まだルカリオがマリアの従者だった頃、褒美として土地と共に与えたものだ。

どうりで見覚えのある景色だと思った。

皮肉にも、自分がかつて施したはずの褒美の中で、自分が囚われることになるとは。

乾いた笑いがマリアの喉の奥から零れた。


「美しい街ね」

「派手好きな貴方には物足りないだろう」


陳腐な感想を言えば答えが返ってくる。

その問いにマリアは答える言葉を探した。

派手好きと言われたら否定は出来ない。

だけど、首都の人工物ばかりが目立つ場所とは違い、自然の色が多く残るこの街並みは、素直に好ましいと思えた。


「移動は徒歩になる。よそ見をして逸れてくれるなよ」


一歩先を悠然と歩く背中に、マリアはゆっくりと目を向けた。

見慣れた銀の髪は、今日は目立たぬよう焦げ茶に染められいつもきっちりと結われている襟足は無造作に一つにまとめられ、服装はマリアと同じく簡易で街に溶け込めそうなもの。

それだけで、随分と印象が変わって見えた。

マリアは場違いにも感心してしまう。

目を奪われる美丈夫はそのままなのに、瞬きをすれば男の存在を忘れてしまいそうになるほど存在感がない。


「マリア、今日から貴方はリィナだ」


しばらく歩くと、男の足が止まった。

街へと繋がる簡素な門の前で振り返った男は、事も無げにそう告げた。


「リィナ……?」

「ああ」


勝手に決められた名を復唱すれば、了承の言葉を待つ間もなく、ルカリオはすでに門を開いていた。

文句を言おうとした言葉は、目の前に広がる光景を前にあっさりと感嘆へと変わる。

城下町の喧噪は、マリアの知る世界とはまるで違っていた。

石畳を行き交う人々の話し声、露店から漂う香ばしい匂い、荷馬車の車輪が軋む音。

どれもこれも、王城の奥深くで生きてきたマリアにとっては、初めて肌で触れる類のものだった。



「あれは何」


露店に積まれた見慣れない紫黒の山を指させば、隣を歩く男は僅かに視線をやってから答えた。


「Morus(マルベリー)だな。イチゴのような瑞々しさはないが、甘酸っぱく香り高い」


その名前だけは知っていたが、普段口にするのは形の潰れた加工品しか思い浮かばなかった。

そんなマリアの疑問に答えるように、ルカリオは言うが早いか露天商に声をかけ、一掴み買い求めると、袋ごとマリアの手に握らせて道の端へと連れていく。


「ここで食べるの?」

「ここではテーブルがないのが普通だ」


ルカリオの言葉に戸惑いながらも、袋の中の実を見つめた。

毒々しい紫黒の小さな丸い粒がぎゅっと詰まって出来た形状は気持ちが悪い。

正直なところあまり食欲をそそるものではないなとマリアは思った。

恐る恐る、戸惑いながらもマリアはそれを一つ取り出して日に翳してみた。


「毒でも入っているみたいな変な形ね」

「食べたくないなら捨てればいい」

「そうは言ってないわ」


つっけんどんに返しながらも、マリアは恐る恐る先に食べ方を教えるようにして一粒口に放り込んだ男にならって口に入れた。

想像していたよりもずっと柔らかく、種が多いからか、噛むたびにぷちぷちとした軽い食感が口内で弾ける。


「甘い」

「お姫様の口にあったようで何より」


ぽつりと、感想を零すと隣の男が僅かに口の端を上げた気配がした。

からかうような口調に、マリアはむっとして睨みつけようとした。

けれどそれより先に、通りすがりの男とぶつかりそうになり、ルカリオの腕に抱き寄せられる。


「相手を選べ」


ルカリオの低い声が、ぶつかり掛けた男へと投げられる。

男の視線がほんの一瞬、マリアの懐へと流れたのをルカリオは見逃さなかったらしい。

小さな舌打ちを残して、男はそのまま人混みへと紛れて消えていった。

よくわからずにその背中を見送っていると、勝手にマルベリーを一粒摘まんだルカリオが呆れた声を落とす。


「あれは盗人だ。気を抜くな」

「そんなのしてない」

「だったらもっと気を引き締めろ、丸裸になりたいなら別だが」

「なっ……」


文句を言いかけた口に、マルベリーが入れられて言葉を封じられる。

そのまま自然に手を引かれた。

いつもよりも薄手の手袋をつけているからか、男の冷たい手の温度がよくわかる。


――ただの気まぐれ。必要だからしている事。


過去に閉じ込められた筈の、荒らされた土地から勝手に撒かれた種を拾い集めながらマリアは自分に言い聞かせる。


――この人は私の嫌いな人で、お姉様の最愛


見慣れないものに目を留めるたび、マリアが問えば男は面倒がる素振り一つ見せずに答えを返し、時には断りもなく手に取ってはマリアへと差し出していく。

まるでそうすることが、当然の役目であるかのように、その仕草には一切の迷いがなかった。


これまで、彼から何かを与えられたことなど一度でもあっただろうか。

記憶を辿ってみても、思い当たる場面は出てこない。褒美を与えるのは、いつだってマリアの方だった。

地位も、衣服も、あるいは名声すらも。

与える側にいることこそが、自分にとっての当然の立場だったはずなのに、今こうして手のひらの上に次々と物を乗せられていく感覚には覚えのない据わりの悪さがあった。


道の先には、色とりどりの布を並べた反物屋があった。

軒先に吊るされた反物が風にはためき、藍や臙脂、萌黄など、様々な色が目に飛び込んでくる。

その中の風にはためく淡い緑の端切れが、マリアの着ている物によく似ていた。


「これは、あそこで買ったの?」


自分の着ている簡素なドレスの裾を指でつまみながら問えば、ルカリオは短く肯定した。


「ミントグリーンはお姉様の色よ」

「文句はテアに言え」

「気に入った、は文句になる?」

「さてね」


素っ気ない返答に、マリアは小さく肩をすくめた。

手触りは決して上等とは言えないが、動きやすく街に馴染むデザインは、質素ながらマリアの好みにぴったりだった。

王城で身に纏っていた衣装はどれも、宝石や刺繍で埋め尽くされた重々しいものばかりだった。

それが王女という肩書きに相応しい装いなのだと、疑いもせず信じてきた。


けれど、こうして肌に馴染む軽やかな布に袖を通してみると本当は違ったのかもしれないと今更のように思い至った。

派手な原色よりも、こうしたパステル調の淡い色合いのほうが自分にはずっと似合っていたのかもしれない。

偶然とはいえ、好みに合ったドレスにマリアは知らず頬を緩めていた。


「気に入ったか?」


問われてマリアは素直に頷いた。

そういえば、幽閉されている間に着せられていたものも、飾り気のないシンプルな寝間着ばかりだったなと、今更のように思い出す。

あの頃は着るものにまで意識を向ける余裕などなかったけれど、こうして選ぶ側に立ってみると、自分の好みが存外はっきりしていたことに気づかされる。

隣を歩く男の横顔を見上げて、マリアの思考は思わず言葉になって零れ落ちた。


「随分と機嫌がいいのね」

「……そうか?」

「ええ、とても」

「だったら浮かれているのかもしれないな」


軽くいなすような口調だったが、その声には確かに、いつもの刺々しさが薄れていた。


――お姉様の好きな色を知れたから?


踏み込んだ質問をしそうになってマリアは口を閉ざした。

いつもの調子であっさりと躱されるであろうことは、聞かなくても分かっていた。

それでも、ちらりと盗み見た横顔に浮かぶ表情は、これまで見てきたどの顔とも違って見える。

作り物めいた微笑でも、人を嬲る笑みでもない。

ただ、素直な機嫌の良さだけがその顔には滲んでいた。


少し進むと、目線の先に一人の貴族らしき男へ子供たちが群がっているのが目に入った。

マリアは思わず足を止める。


子供たちは皆、痩せこけた身体に薄汚れた布切れを纏っていた。

小さな手を差し出し、必死に何かを訴えている。

対する貴族の男は煩わしそうに顔をしかめ、財布から小銭を数枚放り投げると、そのまま逃げるように足早に立ち去っていった。

地面に散らばった小銭を奪い合うようにして拾う子供たちの姿に、マリアの喉の奥が小さく鳴った。


「あれは?」

「物乞いだ」


短く返す声には、特別な感情の色は見当たらなかった。

まるで、見慣れた景色の一部を説明するだけの口調だった。

だが、その平坦さこそが、かえってマリアの胸に小さな棘を残した。

彼にとってこの光景は、いちいち心を動かされるようなものではないのかもしれない。

それがどこか、寂しく思えた。


「あの子たちも、あなたと同じスラム出身なの?」


何気ない疑問のつもりだった。

けれど口にした瞬間、しまったと思う。

この男の生まれについて、直接尋ねたことなど一度もなかった。

これまでずっと、彼の過去は触れてはならない領域として、無意識のうちに避けてきたはずだった。

それなのに、こんな些細な拍子に、するりと口をついて出てしまうとは思わなかった。


「さてな。似たような境遇の子供は、この国のどこにでもいる」


はぐらかすでもなく、けれど深く踏み込ませもしない返答だった。

感情の乗らない、いつも通りの声色。

それでいて、その言葉の選び方には、確かに何かを避けているような気配が滲んでいた。


彼は少しの間、子供たちを眺めていた。

誰かに施しを求める小さな手、汚れた頬、擦り切れた靴。

その一つ一つを、まるで確かめるように見つめる時間は、思いのほか長く感じられた。

かつての自分と重ねているのだろうか。

それとも、もっと別の何かを思い出しているのだろうか。

マリアには、その内側を覗くことなど到底できなかった。


やがて、子供の一人が転んで小さく泣き声を上げた。

周りの子供たちが慌てて助け起こす様子を、ルカリオはほんの数瞬、目を細めて見つめていた。

マリアが次の言葉を探しあぐねているうちに、彼はふっと息を吐くようにして、静かに視線を切った。


その横顔に浮かんでいたのは、懐かしむような、それでいてどこか苦いものを噛みしめるような複雑な色だった。

憐れみとも、嫌悪とも違う。

もっと個人的な、彼だけが知る記憶に触れた者だけが浮かべる表情。

マリアはそれを、これまで一度も目にしたことがなかった。


何か言葉をかけるべきなのだろうか。

けれど、どんな言葉を選べばいいのか分からず、マリアはただ黙って、彼の隣に立ち続けるしかなかった。


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