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第一章:最初の壁――教室で困らないための工夫(小学生編)(小1~小3編)

【序章】「できない子」なんかじゃなかった


「どうして、うちの子だけできないんだろう」


真依は、ランドセルの中をひっくり返しながら、静かに息を吐いた。


連絡帳は出てこない。


プリントはぐしゃぐしゃ。


筆箱の中には、折れた鉛筆が三本。


消しゴムはどこかへ消えていた。


「裕太、連絡帳は?」


「……わからない」


「今日、宿題あったでしょ?」


「……わからない」


その「わからない」は、嘘ではなかった。


思い出せないのでも、サボっているのでもない。


最初から「記録されていない」のだ。


小学校に入学して、まだ一ヶ月。


周りの子は、もう“学校というシステム”に適応し始めている。


だが裕太だけが、そこに取り残されていた。


朝。


「早くして!」


その一言で、裕太は止まる。


靴下を履こうとしていた手が止まり、そのまま固まる。


「なんで止まるの!?さっきまで動いてたでしょ!」


「……次、なにするか分からなくなった」


学校。


先生が言う。


「教科書の10ページを開いてください」


クラス全員が一斉に動く。


だが裕太は、動かない。


いや、動けない。


「10ページって、どこから数えるの?」


「教科書ってどの教科?」


「今、何の授業?」


頭の中で処理が渋滞し、すべてが止まる。


体育。


ボールが飛んでくる。


見えている。


分かっている。


だが体が動かない。


給食。


周りのざわめき。


スプーンの音。


笑い声。


全部が一気に流れ込んでくる。


一口も食べられない。


帰宅後。


ランドセルを開けることすらできない。


「明日の準備をしなさい」


その一言が、裕太には「無限のタスク」に聞こえていた。


そして、夜。


布団の中で、小さな声が漏れる。


「僕、ダメなんだよね」


その言葉を聞いた瞬間。


真依の心が、音を立てて崩れた。


「違う……違うよ……」


そう言いたかった。


でも、言えなかった。


なぜなら——


“できていない”のは、事実だったからだ。


そこへ、ふすまが勢いよく開いた。


「ガハハハ!!なんだいこの空気は!」


美佐子ばあちゃんが、ずかずかと入ってきた。


「お通夜かい?誰も死んじゃいないよ!」


真依は思わず顔を上げる。


「お義母さん……」


美佐子は裕太の顔を覗き込んだ。


そして、にやりと笑う。


「この子、壊れてないね」


真依は息を飲んだ。


「え……?」


「壊れてない。むしろ逆だよ」


そう言って、ばあちゃんは畳にドカッと座った。


「この子の脳みそはな、“普通の説明書”に対応してないだけだ」


そこへ、高野純一が静かに口を開いた。


「正確に言うと、“入力形式が一致していない”」


「難しいこと言うな!」


美佐子が笑う。


「要するにこうだよ」


ばあちゃんは指を一本立てた。


「この子は、“やり方さえ合えば、ちゃんと動く”」


そのとき、玄関の戸が開いた。


「こんばんは」


落ち着いた声が響く。


梅子ばあちゃんだった。


福祉の現場で何十年も働いてきた、その人は、裕太を一目見て言った。


「ああ、この子は“分からないんじゃない”。“処理が違うだけ”だね」


真依の目から、涙がこぼれた。


「でも……現実は……できてなくて……」


梅子はゆっくり頷いた。


「そうだね。でもね」


一拍置いて、言った。


「やり方を間違えたまま頑張らせると、この子は壊れるよ」


部屋が静まり返る。


「いいかい、お母さん」


美佐子が真依の肩を叩いた。


「この子は“できない子”じゃない」


高野が続ける。


「“違うOSで動いている子”だ」


梅子が静かに締める。


「そしてね、そのOSにはちゃんと“攻略法”がある」


裕太が顔を上げた。


「……攻略法?」


ばあちゃんがニヤリと笑った。


「そうさ。人生はな、クソ難しいゲームなんだよ」


「でもな」


「ルールさえ分かれば、ちゃんとクリアできる」


その夜。


真依は初めて思った。


——この子は、変えなくていいのかもしれない


変えるべきなのは、


“やり方の方”なのかもしれないと。


「小学校は、裕太に合わせてはくれない。だからこそ、裕太が動きやすい形を一緒に作ろう」


入学して間もない頃、高野はそう言った。


真依はうなずきながらも、不安を抱えていた。


(本当に、うまくいくのかな……)




■ 授業中、じっと座っていられない


授業が始まってしばらくすると、裕太の体は落ち着かなくなる。


足が動き、気づけば立ち上がってしまう。

先生に注意され、周りの視線が集まる。


そのたびに、真依の胸はぎゅっと締めつけられた。


(また注意されてる……)


裕太は、わざとやっているわけではなかった。

じっとしていようとしても、体が先に動いてしまうのだ。




家でも何度も言い聞かせた。


「座ろうね」

「今は我慢する時間だよ」


けれど、変わらなかった。


むしろ裕太は、だんだん表情をなくしていった。


(違う……やり方が違うんだ)




■ 「我慢」ではなく「動き方」を変える


高野は言った。


「裕太は、止まるのが苦手なんじゃない。

動き方を変えればいい」


椅子の上に、少し揺れるクッションを置いた。


座ったままでも、体を動かせるようにする。


すると、少しだけ長く座れるようになった。




さらに先生にもお願いした。


授業の途中で、

・プリントを配る

・黒板を消す


といった役割を入れてもらう。




すべてがうまくいくわけではない。

忙しくて難しい日もある。


それでも少しずつ、


「注意される時間」より

「できた時間」の方が増えていった。




■ 準備ができない理由


ランドセルの中は、いつもぐちゃぐちゃだった。


何を入れればいいのか分からず、手が止まる。


朝は時間ばかりが過ぎていく。




「早くして」


言ったあと、真依は後悔した。


(分からなくて止まってるのに……)




裕太は「やる気がない」のではなかった。


何から手をつければいいか分からず、

頭の中で処理が止まってしまうのだ。




■ 「迷わない形」を作る


真依はやり方を変えた。


曜日ごとの箱を用意し、

教科書やノートをあらかじめ分ける。


やることは一つだけ。


「その日の箱を、そのまま入れる」




さらにランドセルの中にも

「ここに入れる場所」を決めた。




最初はうまくいかなかった。


それでも繰り返すうちに、

少しずつ一人でできるようになっていった。


気づけば、朝に怒ることが減っていた。




■ 先生の話が聞き取れない理由


「教科書を開いて」


その一言が、裕太には届かないことがあった。


周りの音に紛れてしまい、

何をすればいいのか分からなくなる。




裕太は、同時にいくつもの情報を処理するのが苦手だった。


だから、「全体への一斉の声かけ」は

うまく受け取れないことがあった。




■ 分かる形に変える


高野は学校に相談した。


近くを通るときに、そっと一言。


「裕太、算数の24ページだよ」




それだけで、裕太は動けるようになった。




さらに、黒板に流れを書いてもらう。


① 教科書を開く

② 問題を読む

③ ノートに書く




目で見て確認できると、動きやすくなった。




■ 周りの目と、母の迷い


ある日、保護者に言われた。


「うちの子は、そんなことしなくてもできてますけどね」


悪気のない言葉だった。


でも、その一言が心に残った。


(やっぱり、甘やかしてるのかな……)




その夜、裕太が言った。


「きょう、あんまりおこられなかった」




その一言で、真依は気づいた。


(この子にとって、必要なことなんだ)


比べる相手は、ほかの子じゃない。


昨日の裕太だ。




■ はじめて気づいた「ちがい」


ある日の休み時間。


裕太は友だちの輪に入った。


でも途中で止められた。


「ちがうって、それじゃダメ」




何が違うのか分からない。


頭の中が真っ白になる。




裕太は、「なんとなくルールを理解する」ことが苦手だった。


言葉や順番がはっきりしないと、行動につなげられないのだ。




■ たとえば、こう考える


高野はノートに書いた。


「Aくんがボールを取った

Bくんは怒った」




「Bくんは何したかった?」


「……あそびたかった」


「でもどうなった?」


「……取られた」


「じゃあ?」


「……いやだった」


「そのあと?」


「……おこる」




「あ、こうやって考えるのか」




■ 「できない」から「やり方がある」へ


「気持ちは当てるものじゃない」


高野は言った。


「何があったかを順番に見ると、最後に出てくるものなんだ」




裕太はうなずいた。


「……ルールがわかれば、できる」




■ はじめての「できた」


次の日。


裕太は先に聞いた。


「これ、どうやるの?」




説明を聞いて、その通りに動く。


最後まで遊びに入っていられた。




「きょう、さいごまでできた」




■ まとめ


「できないんじゃない」


高野は言った。


「やり方が合っていなかっただけだ」




教室は変わらない。


でも、やり方を変えれば、過ごし方は変わる。




裕太は、自分に合ったやり方で、

少しずつ学校の中を歩き始めていた。










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