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第二十五章:週に一度の「種まき」と、お母さんのやきもきデバッグ

療育に通い始めて、一ヶ月が経った。

毎週木曜日の午後、真依は仕事を早退し、保育園から裕太をピックアップして療育施設『大極楽ルーム』へと走る。電動自転車のサドルを漕ぎながら、真依の胸にはいつも同じ「やきもき」が渦巻いていた。


(週に一度、たった一時間。これで本当に、裕太の脳は成長できるの……? 家に帰れば、またあべこべな行動や、言葉にならないパニックで、元のあべこべな世界に戻ってしまう。もっと、もっと毎日通わせてあげられたら……!)


真依は、療育で先生が裕太に見せる「言葉を引き出す魔法」を、家で完璧に再現しようと必死だった。しかし、真依が「裕太、これなぁに? 言ってみて?」と問い詰めれば詰めるほど、裕太は貝のように口を閉ざし、机の下へ潜り込んでしまう。


その日も、療育の帰りに真依は、梅子さんに打ち明けた。

「……先生、正直焦っちゃうんです。療育の日は裕太がニコニコしてても、翌日にはもう、私が何を言っても伝わらなくて。成長を促進させたいのに、週に一度の療育だけじゃ、何も増えていかない気がして……」


梅子さんは、自転車を止めて優しく微笑んだ。

「真依さん。お母さんは『プロの言語聴覚士』じゃないんだから、先生の真似を完璧にこなそうなんて、一生懸命な着ぐるみを着るようなものさ。その『やきもき』自体が、一番のデバッグが必要なノイズかもしれないよ」


「……え?」


「療育の1時間はね、裕太くんの脳に『安心の種』を撒いている時間なのさ。週6日の家での時間は、その種を育てていくための、お母さんとの『お気楽な日常』でいいんだよ。先生の真似をして、家を訓練所にする必要なんてどこにもない」


梅子さんは、真依の連絡帳を開き、そこにサラサラと一言書き加えた。

『家では、言葉を教えようと引き算を忘れないで。裕太くんが指さしたものを、ただ「あ、赤い車だね」って実況中継するだけでいい。それが、一番の脳の成長促進さね』


その夜、真依は「何かさせなきゃ」という重い着ぐるみを一枚脱いでみた。

裕太がミニカーを転がしているとき、いつもなら「なんて言うの?」と聞いていた口を閉じ、ただ隣に座って「ぶっぶー、早いねぇ」とだけ呟いた。


すると、裕太が振り返り、真依の目を見て、小さく「……ぶっぶー」と真似をしたのだ。


真依は心臓が跳ね上がるのを感じた。

(無理に引き出そうとせず、ただ隣で共感するだけで……届いた……!)


真依の目から、今度は悔しさではなく、静かな喜びの涙がこぼれた。

プロのように立派な言語訓練はできなくても、裕太の世界を一緒に楽しみ、その瞬間を共有するだけでいい。この「週一度の療育」と「日々の観察」のバトンリレーこそが、真依と裕太が二人三脚で歩む、一番お気楽で確実な「成長のプロトコル」だったのだ。


純一パパも、その光景を遠くから見つめ、メモ帳にこう書き込んだ。

『親は、プロのセラピストである必要はない。ただの、一番近くにいる「最高の観察者」であればいい。これぞ、最強の引き算教育……!』


「ガハハ! やっと着ぐるみのボタンが一つ外れたねぇ、真依さん! これで裕太くんも、お母さんも、もっとお気楽な脳になれるよ! 大極楽のハグを!!!」


美佐子ばあちゃんの笑い声が、夜のリビングに優しく響いた。

週に一度の療育は、裕太のためだけじゃない。お母さんが「教育者」から「お母さん」に戻るための、一番大切なリセットの時間。真依は深く息を吐き、ようやく肩の力を抜いて、我が子の頭をそっと撫でた。

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