96話 事態は少しずつ終結していきます
ハイネが倒れるように眠りに落ちてからしばらくすると外が騒がしくなってきた。
イルは意識こそあるもののもう何もする気はないようで腕の止血も疎かに床にへたり込んだままずっと地面の一点を見つめている。
「あ、やっぱりセリムが一番だったー」
「ユーリ、外が騒がしいな、みんな到着したのか?」
勢いよく開け放たれたドアから現れたのはユーリで、見た感じどこにも怪我はなさそうで少し安心する。
「うん、全員それ程遠くまでは飛ばされてなかったみたいで、みんなセリムの発信信号に向かって進んできて、ユースクロイツ家の兵隊の人達も到着して今はララさんが統率して制圧を進めてくれてるよ」
「なんか、ここまで大々的にやっておいて端々がおざなり過ぎるだろ……」
外でドンパチしているのなら騒がしくなって当たり前、それにしてもなんでここまで手の込んだことをしておきながら所々が粗末なのか、それだけが不思議だ。
ハイネを誘拐してせしめて、圧倒的に有利な状況のはずだったのにこうも容易く制圧されるなんて、やるならほかにもっとやりようはあったはずだ。
「お、俺は悪くない……! 全部、全部あの女がでしゃばったからでっ……」
それを聞いていたイルはさっきまでの無言をぶち破るようにいきなり騒ぎ立て始める。
あの女というのがその公爵令嬢なのであれば後でこいつを締め上げればその証拠も掴めるだろう。
「……この人、黒幕?」
多分今ので初めてイルの存在に気付いたらしいユーリはすっと笑顔の鳴りを潜ませて呟く。
「俺のストリートチルドレン時代の……まぁ、知り合い、多分この事件の主犯、オレを助けたいだの何だの言ってたけど、勝手な話だよ」
「……そうは思ってなさそうだけどね」
自分でも言っておいておかしいと思ってたところにユーリから的確な突っ込みを受けてため息を吐く。
そう、勝手なのはいきなり仲間も立場も全てを投げ捨てて消えたオレなのに。
さっきまで、ハイネの傷を見た瞬間から自分のものとは思えない激情に焦がされていたはずなのに今は不思議と落ち着いている。
「まぁ、オレにも色々あるんだよ、とりあえず死なない程度に腕の傷塞いでやってくれないか」
こいつの暴走はオレのせいでもある、それにここで死なれては色々な取り調べも出来なくなるしとりあえずの応急処置をユーリに頼む。
回復魔法はオレよりユーリのほうが上手いし。
「えー、別にこのままでいいんじゃないかな、腕が1本飛んだくらいなら自分でちゃんと止血してれば死なないよ」
「……そう、ならいいわ」
だけどユーリは珍しくそれをすっぱりと断る。
基本的に頼み事を断るという選択肢が頭のなかにないんじゃないかって勝手に思っていたけどそういうわけでもないらしい。
っていうかうちの女子陣切れたとき怖すぎるだろ、腕の1本くらいって。
「それにしてもよく寝てるね……」
ユーリは言いながらベットに腰かけるとハイネの顔を覗き込む。
オレの膝の上に頭を置いて眠っていたから手癖みたいについハイネの頭に手を置いていたんだけどそれをユーリは無言で退かす。
「……こんなとこに連れて来られて安眠なんて出来ないだろ、多分疲れが貯まってたんだろうな」
部屋自体は至って平凡、いや普通に豪華なんだけど流石にこんなところに監禁されてたとしたらぐっすりなんて眠れるはずがない。
意外とハイネは繊細なところもあるし。
「そこにセリムが来てくれたから安心出来たんだ」
「オレだけじゃない、みんなも来てるって伝えたらそのまま倒れるようにって感じだな」
オレは呆れたように言いながら頭を振る。
オレが来た時点で確かに安心した様子ではあったが眠りに落ちたのはみんなも来てるって教えた後、だから多分、オレだけじゃあダメだったんだ。
「……本当に可哀想、早く連れて帰ってゆっくりベットで寝て欲しいな」
自然とオレの手を退かしておきながらユーリ本人はそう言って優しく頬に手を添える。
そしてそのまままだ血の止まらない傷跡を撫でれば次の瞬間には傷は塞がっていた。
「そのときは起きるまでみんなで待っててやるかー、驚くんじゃないか? ユーリにずっと見守られてたって知ったら」
「驚く理由は私だからじゃないよ、みんな、だからだよ、絶対に」
以前、ハイネの傷跡を治したのもユーリだったけど以前より確実に回復魔法の精度が増していて、自分の出来ないことを簡単にやってのけるユーリについ自虐的になってしまうのに、それをユーリはたったの一言で弾き飛ばしてしまうからこういうところもうちの女子の強いところだろう。
「……そうかもな」
オレはハイネの眠りの妨げにならないよう小さく呟くと一度退かされた手をもう一度ハイネの頭に置いて、くしゃりと優しく撫でた。




