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「あなたが『彼』の深層に降り立ったことを、『彼』は無意識に感じ取ったのでしょう。」
そう月島は答えた後、小さく頭を振り、
「降り立ったことではなく、微かながらでも、不完全であったとしても、あなたはあなたなりの『浄化』の風を渡らせた。そのことだと思います。」
言い換える。
「それに加え永良さんは、『彼』と永良さん自身を重ね合わせてしまった。それと、あなたの他人との親和性の高さ。親和性の高さを失念していたのは、私の落ち度です。」
申し訳ない、と再度、月島がタクヤへ謝罪の言葉を落とした。
月島の謝罪はおそらく、タクヤへ『浄化』の手伝いを正式に依頼したときに、タクヤを護るといった約束の反故に対することだろう。しかし、タクヤからすれば、これくらいのトラブルなら、約束の反故にはならないと思っている。
なので、タクヤは月島の謝罪に、謝らないでください、と首を横に振る。
「僕は、『彼』に知らず知らずのうちに僕の水晶の力を貪られていたということなんですか?」
月島を見返しながらのタクヤからの問いに、
「『彼』に分け与えていた、が正解です。」
月島の困ったような表情の返答。
貪られていた、のではなく、タクヤ自らが分け与えていた、と月島は告げる。
「永良さんが渡らせた『浄化』の微風で、『彼』が永良さんの水晶の存在に気づき、またその微風が、あなたとの繋がりを持たせてしまった。ただ、それだけなら、『彼』の深層には、花は咲きません。永良さんが渡らせている風は、如何な永良さんの水晶の力が強いとはいえ、コトネさんと同じく、相手の深層の闇を、薄く剥ぐこと。その人の自浄作用を促すだけのものです。」
タクヤは月島のその言葉が理解できているといった意で、軽くうなずく。月島や橘から、再三、そのように教えられているので、そのことについては、月島の話は理解できる。
それに、タクヤの吹いたか吹かなかったかわからないぐらいの微風であっても、自身が起こした『浄化』の行動が、今回の騒ぎの発端ではなかったことに、どこかで胸を撫で下ろした自分がいた。
けれども。
タクヤのうなずきを確認した月島から続けて、ただ、と、
「あなたは『彼』と自身を重ねてしまった。そのことが、『彼』とのつながりを持たせてしまったようです。」
との言葉に、タクヤの心は安堵していた気持ちから、たちまち不安な気持ちが占領し始めた。
月島が指摘するように、タクヤは『彼』と自分を重ねてしまった。『彼』は、自分だった。
しかし、それはタクヤが勝手にそう思っただけだ。『彼』の力になれれば、と思っただけだ。
それが、今回の件につながった、というのか。
再び、タクヤが不安に揺らぎ始めたその心中を察した月島が、
「決して、永良さんを責めているのではありませんし、永良さんのせいではありません。」
間違えないでください、とタクヤの不安を払拭するような言葉を付け足す。
「何度も言っていますが。」
と、永良はタクヤの瞳を捉え、
「永良さんのその感受性の豊かさは、あなたにとっての長所です。短所ではありません。自分を否定しないで。」
カウンセリング時の独特のトーンで、タクヤへ語りかける。
「でも。」
タクヤが『彼』と自身を重ねたことで今回の件が発生したのなら、タクヤがやはり、発端ということになる。
月島たちに、迷惑をかけている。役に立ちたい、どころの話ではない。
「僕は、ホントウなら他人の深層に降りる者ではない、のではないですか?『浄化』は僕自身に施すものであって、橘さんのように他人の深層を『浄化』しようなどとは、誰かの力になりたいなんてものは、おこがましいことで、」
「それは、違います。永良さん。」
タクヤの言葉を遮った強い、声。
「私が、あなたの力が必要だ、とお願いしているのです。」
普段と違う月島の強い口調に驚き、タクヤが見返した先の月島に笑顔はなかった。
いつもまとっている、穏やかな雰囲気はそこに一切、ない。
真っ直ぐな。
「私が、あなたが必要だと、お願いして、この場に来てもらっているのです。リハビリだという、そのような私の勝手な理由付けで、あなたに来て頂いているのですから。」
普段とは違う強い光を宿した、薄茶色の瞳。
笑顔はない。そして、この部屋は普段の穏やかな雰囲気でもない。
かと言って、緊張感が漂っているわけではないが。
月島は、いったん、その薄茶色の瞳を軽く伏せる。しかし、すぐに伏せた目蓋を上げて、
「本来なら、永良さんは私のカウンセリングは卒業です。それを、リハビリという、永良さんにとっては決して必要ではない名目の提案で、あなたを私は。」
そこでいったん月島は黙し、きゅっと口を結んだ。しかし、すぐにその口を開くと、
「私はあなたを、『月島の診察室』に縛り付けている。」
真っ直ぐにタクヤを見たまま、
「それは、私があなたを必要としているから、です。」
これは、カウンセリングの雰囲気ではない。
月島の、独特の抑揚のある語り口ではない。
タクヤの心に寄り添おうといった、モノでもない。
その口調、彼の表情から、月島の本心が語られているかのようにタクヤの耳には届いた。
けれども、彼のこの語りは。
「センセ。その言い方だと、まるでセンセから永良さんへの告白、のように聞こえます。」
そのような橘の言葉を受け、タクヤが視線を月島から移した先の彼女は、ふわふわとした雰囲気のままで、器用にも不服だといった表情をしている。
その橘に、月島は、そうですね、と、
「私は今まで女性に対しても、これほどまで情熱的に口説いたことはありませんけれども、そう指摘されると、これは熱烈な告白、になりますね。」
苦笑を浮かべた。




