#11 コハクちゃんの商い
ある晩、ミズガネはビルの屋上から町を眺めていた。彼女の習慣であるパトロールだ。
月が昇りきった明るい時間に、ミズガネはとある路地裏で学ランの少年を後ろ姿で見つけた。
「あら。危ないな、こんな夜に」
ミズガネは音もなくビルを飛び降り、路地裏の近くへ降り立つ。その後はわざとらしく足音を鳴らしながら路地裏へ近づいた。
路地裏にいた少年が振り向いた。そこに居たのはアズマだ。片手には以前会った時のように包帯を巻いている。彼の堂々とした目がミズガネを見つめた。
「あ?あんたはまさか……」
アズマが目を凝らすが、そんな彼の肩の向こうからまた別の人の声がした。
「え、ミズガネちゃんじゃん!」
今度はコハクちゃんだ。ミズガネはすぐに合点がいった。いま、コハクちゃんはアズマの能力を仕入れているところなのだ。
「ミズガネちゃんあのね、これは別にやましいことは何も、えへへ」
ごまかそうとするコハクちゃんにミズガネは苦笑いした。
「別に怒らないよ。これがやましかったら、コハクちゃんは毎日やましいじゃないか」
「えー、そこまで言わなくても……」
それから咳払いをすると、コハクちゃんがアズマに説明しだす。
「あのね、その人がミズガネちゃんだよ。こないだアズマくんが挑戦したっていう」
「そりゃ、覚えてるぜ。ボロ負けしたからな」
「今日は…… 能力を売りに来たの?」ミズガネが尋ねる。
「そ。高く売れるんだぜ」
そしてコハクちゃんが、左腕に引っ掛けたたくさんの輪ゴムとミサンガを見せる。
「アズマくんたら、最近会ったばかりなのにもう常連さんなんだよ!この子ひとりでお店が開けちゃう!」
「お店ねえ」ミズガネが鼻に指を当て何か思案する。「そうだね。お店が開けるそうだから…… アズマくん、あまりコハクちゃんに安売りしちゃダメだよ」
「もちろん。マジで高値つけるからな」
「マジで高値?」ミズガネが首をかしげる。
するとコハクちゃんが弱気そうに両手を合わせる。
「そうなんだよね〜…… 今から作る”透視のミサンガ”なんかは、3万円出させてもらいます」
「3万だって!?」ミズガネは目を丸くした。「ちょっと…… あんまり中学生の金銭感覚おかしくしちゃダメだからね?」
「う、おっしゃる通りでございます……」
「……まあいいよ。私が悪いわけじゃないし、コハクちゃんとアズマくんの個人的な取引だし」
それを聞くとコハクちゃんがふうと息をつき、右手をアズマに突き出す。黒い手袋をつけた手のひらの上に、ミサンガがひとつ乗っている。これはゴム紐を編んで作る、コハクちゃん手製のミサンガだ。
「アズマくん、私の右手に手を置いてくれる?」
そしてアズマが言う通りにすると、コハクちゃんが左手を袖で隠したまま右手に近づけて、袖の中でなにやらごそごそと手を動かす。これが、人の能力をコピーする”企業機密の動き”だ。
「透視ってどんな能力なの?」ミズガネがアズマに尋ねた。
「壁の向こうにある物なんかが見えるんだぜ」
「そりゃ、大変な超能力だなあ」
「でも、近くのものしか見えない。あくまで、”近くのものなら”壁の向こう側でも見える力なんだよな」
特技の説明をしてくれるアズマの態度は、初めて拳を交えたときと比べてずっと理知的だった。
さて、しばらくすると、コハクちゃんが左手を遠ざけてアズマを見やった。
「はい、終わったよ。それで支払いだけど……」
「能力ゴムと交換してくれよ」アズマがにやりと笑った。
「へへ、話が分かるねえ。3万円分の能力となると……」
「なあ、俺に選ばせてくれよ」
アズマがコハクちゃんの商品棚を確かめる。ミズガネは一連の流れを少し不安そうに見ていた。
「アズマくんって、ただでさえ特別な力が多いのに、さらに能力ゴムを与えて大丈夫なの?」
「お金で取引のほうが面倒じゃん」コハクちゃんが言う。「それに、能力ゴムは悪用しないのがルール。能力が誰に買われたのかだって、いつも通知してるよ」
「大丈夫なのかなあ」
不安がるミズガネをよそに、コハクちゃんが幸せそうな笑みを浮かべる。
「ああ、これが透視のミサンガ……! 輪ゴムは何度か作ったけど、ついにミサンガにできたよー!」
アズマの能力が籠っているであろうミサンガを、コハクちゃんは両手で大切そうに掲げた。
「……ミサンガって輪ゴムよりずいぶん高いよね。何がすごいんだっけ?」ミズガネがコハクちゃんの手元に顔を寄せて呼びかけた。
「そりゃもう!ミサンガをつけている間、込めた力をいつでも何度でも使えるんだよ。輪ゴムは発射して当てないといけないし、効果も一瞬で、失くしやすい」
「そっか、透視能力を何度も使える、と…… そりゃ大変なことだね」
そんなことを語っていると、アズマからリクエストがやってきた。
「これとこれ。あとこの辺全部ちょうだいよ!」
「え!でもこの辺の能力は…… その、他のお客さんに売りたいし」
「知らないなぁ。俺、お得意様なんだよね?」
アズマが態度大きくコハクちゃんに顔を寄せた。コハクちゃんが身体を後ろに引く。
「う、うう…… こうなったら!」
おもむろに、コハクちゃんがパーカーを脱ぎ捨てインナー姿になると、アズマに肌を寄せた。
「あ、あのさー。たとえば私の素肌とか、ちょっとだけ見せてあげてもいいよ。それで値引きしてくんないかな?」
コハクちゃんが両腕で胸を持ち上げて、アズマに甘えた眼を向けた。
「身体で支払い!?」ミズガネはぎょっとして、パーカーを拾い上げる。ところが……
「ぶっ、ぶわはははは!」アズマが大笑いした。
「うわっ、何がおかしいんだよ!大人のお姉さんの身体に興味ないわけ!?」
「いやいや!いずれそういう交渉して来そうだって思ってたから、可笑しいんだよ。くくく……」
「こ、こいつ調子に乗りすぎー……」コハクちゃんが苦い顔になる。
そして、アズマがコハクちゃんの商品棚を指差した。
「とにかく、これと、これと、この辺の能力ちょうだい。置いてあるんだから売り物なんじゃん?」
「し、仕方ない…… 毎度あり〜」
6つ程度の輪ゴムとミサンガがアズマのもとに渡った。何の能力なのかは知らないが、ミズガネは過度に干渉しないと決めている。
輪ゴムをもらって楽しそうに笑うアズマ。能力ゴムは田沼町で密かに人気のおもちゃで、大抵のものは”計算が早くなる”とか”料理が上手くなる”といった日常生活用だ。一方、アズマが売るような破壊的な能力はおもちゃの度を超えた高級品として扱われている。
コハクちゃんはミズガネからパーカーを受け取り着直した。
「くっそー、まさか中学男子に色仕掛けが効かないなんて。屈辱だ……」
不服そうにするコハクちゃんに、アズマがまた笑って見せた。
「あっはは! あのさあ。さっきあんたに透視能力を売ったところじゃんか」
「はい、そうですけど?」コハクちゃんがそっけなく応える。
「コハクちゃんの裸なんて、透視でとっくに見ちゃったもんね!ああ可笑しー。」
アズマの言うことにコハクちゃんは聞く耳を持たないつもりで身なりを整えていたのだが、やがて何を言われたのかを理解すると顔を真っ赤にした。
「ん!? え、うええ!? お前、お前!?」
笑うアズマの顔を見て、コハクちゃんがあわてて両腕で胸を隠す。パーカーを透けて見られてると思ったのだろう。
「じゃ、またな!わははは!」アズマが愉快そうに笑いながら、軽やかに夜の田沼町へ駆けていった。
コハクちゃんは涙ぐんで悔しがる。
「あんの、マセガキめ……!」
ミズガネもなんだか愉快に思って笑ってしまう。
「あはは。そんなこと言っても、裸を見せる覚悟で交渉したんでしょ?自業自得ってやつだね」
「あんなの交渉じゃないよー、性的搾取だよー!」
「そんなわけ、ないない」
しょんぼりと肩を落とすコハクちゃん。とはいえ、能力ゴムの流通を管理している彼女は、田沼町の文化を支配していると言っても過言ではない。
田沼町の外へも売っているという噂も、ミズガネは聞いたことがある。もし仮に、この輪ゴムが世界中に出回ったなら、一体どうなってしまうのだろう?そう心配する人は、きっとミズガネだけではないはずだ。
……だからこそ、コハクちゃんが少々痛い目を見るのは、愉快なのだ。




