#10 ラバー・バンド・マシンガン
夏にしては少し乾いたある昼間。ビル群の陰にある公園は他の場所より少し涼しい。
そんな場所で、今日のミズガネは閃雷の挑戦を受けていた。閃雷の操るドローン「ビリビリ・ボーイ」が、ファイティングポーズのミズガネを狙ってビームを発射する。
「そのビーム、タネがバレてると使いづらいんじゃない?」ミズガネが片脚をひねり、いつでも蹴り飛ばすぞという態度で不敵に笑う。
「ふふん、強がりめ! ジャンプを封じられてだいぶ困ってるはずさ」
あのビームは、空中で喰らうと体が「充電」されてしまう厄介なものである。閃雷はスマホでビリビリ・ボーイを操縦している。プライドを賭けた挑戦というより、遊びを楽しんでいる印象だ。
「これでどうだ!」閃雷がミズガネを見据えながら指を動かす。
ビリビリ・ボーイから、ゴムボールが何発か連続で放たれた。
「よっと」
ミズガネがその全てを手で叩き落として地面に転がした。
「軽い軽い!」
「ミズガネ、やっぱすごいな!」
閃雷はビリビリ・ボーイの性能をいろいろ試せるのが楽しいのだそうだ。
そして彼が再びスマホを操作しはじめると、ミズガネは再び意識を集中する。閃雷には不思議な能力がある。彼のビリビリ・ボーイは、撃ちだしたものが機体へいつの間にか戻ってくるのだ。おかげで、重くて嵩ばるゴムボールを何発でも発射することができる。
再び、ビリビリ・ボーイから4発のゴムボールが剛速球で発射される。ミズガネは弾道をじっと見つめて腕を構える。すぐにゴムボールが胸元に飛び込んできた。
「えいっ!」
ミズガネがゴムボールを撃ち落とす。1個、2個、3個。襲い来る弾丸が全て撃退された。だがミズガネはすぐに違和感に気づき、ビリビリ・ボーイに視線を戻した。今、4発目を発射し直している!
「甘いな!」
もう一度飛び出した4個目の弾丸を、ミズガネは軽々と掴んで放り捨てた。
「まだまだ!」
閃雷の指示で、ビリビリ・ボーイがまた弾丸を回収して撃ちなおす。ミズガネは発射に合わせて数を数える。
(いち、に、さん…… に、いち…… に、さん、よん……)
発射音は4発するのに、着弾が少ない。弾丸が着弾する前にビリビリ・ボーイの中へ戻ってしまっているのだ。回数を数え間違えると、撃ち落とすタイミングがずれてしまう。
(に、いち……)
ある瞬間、ミズガネの頭の中でカウントが0になった。ミズガネはビリビリ・ボーイに向かって駆け出して、ようやく(別に弾丸を喰らいながらでもよいのだが)ビリビリ・ボーイに飛び蹴りを喰らわせた。
パチンと音を立てて崩壊するビリビリ・ボーイ。閃雷が機体に駆け寄った。
「ま、負けちゃった!」
「なかなかやるじゃない。ビリビリ・ボーイ」
機体の損傷を確かめる閃雷に、ミズガネのマントが影を落とした。閃雷はビリビリ・ボーイを弄りながら、ミズガネに応答する。
「まあね! でも、ミズガネが相手じゃゲームにもならないや。敵意を失くす力が無くてもこんなに強いなんて」
「それはしょうがない。私は、機械に手加減なんてしてあげないよ」
自分の強さを誇るミズガネ。そんなとき、閃雷が背負っていたリュックをふいに漁りだした。
「ようし、それなら僕も、無差別級のやつを使うべし、だ!」
「む、無差別級……?」
リュックの中に、もうひとつのドローンが見えた。さっきの戦いを見ても、まだミズガネに勝てる策があるというのだろうか。
「じゃん! ビリビリ・ボーイ予備機!」
リュックの中から出てきたのは、これもまた射撃用の機構を持つドローンだった。だがその射撃機構というのが尋常ではないものだ。なんと、輪ゴムを放つゴム鉄砲なのだ。
「え! ご、ゴム鉄砲!」
ミズガネは少し怯んだ。輪ゴムなら、重たいゴムボールと違って一度に大量の連射が可能だ。だが問題はそこではない。
「ちょ、ちょっと……」
「いざ、勝負だ!」閃雷が有無を言わさず予備機を起動させた。
速やかに上空に浮かび上がったビリビリ・ボーイは、10発前後の輪ゴムを連射した。まだ臨戦態勢でなかったミズガネに数発当たる。
「い、いてて……」
ミズガネはビリビリ・ボーイから距離を取ると、さっき喰らった輪ゴムが地面に落ちているかどうかを確認した。もしかしたら、輪ゴムを装填しなおす能力は発動していないかもしれない。だが……
「……ない! 輪ゴムはビリビリ・ボーイに戻されちゃってる!」
ミズガネがなぜこんなにも輪ゴムを警戒するのか? それを説明するのは長くなる。まずはこの戦いを観察してほしい。
「ええい、やってやる!」
ミズガネがビリビリ・ボーイを見上げるやいなや、次の輪ゴム弾幕が飛んでくる。さっきより数が多い。
「えいえいっ!」
ミズガネは輪ゴムをひとつずつ撃ち落とすが、少し緊張している。場合によっては触れるだけで危ない代物かもしれない。
「……よ、よし!」
50発ほど、連続で輪ゴムを撃ち落とした。しかし飛んでくる最後の輪ゴムを手で叩いたとき、問題の輪ゴムの存在が発覚した。
「あ、痛いっ!」
ミズガネが輪ゴムにぶつけた左手を胸に寄せて介抱した。手のひらから肩に強い衝撃が走った。
「い、痛い痛い! なにこれ!?」
ハサミで切断しようとしても平静なミズガネが痛みに悶えるほどなのだから、尋常ではない。もちろん今の輪ゴムは特別製なのだ。
「おお、効いてる! ミズガネにダメージを与えたぞ!」
興奮している閃雷に、ミズガネが涙目で問いかける。
「ねえ閃雷くん、今のは何!?」
すると閃雷は待ってましたとばかりに作戦を明かす。
「もちろん、今のは”能力ゴム”さ! 輪ゴムマシンガンで撃たれちゃあ、どれが能力ゴムか分からないだろうね!」
「やっぱり! 誰の能力なの、これ!?」
「ふふん、知ってる? いま隣町で話題のアズマくんの、”衝撃を増す能力”!」
「あ、アズマくんだって!?」
能力ゴムとは、人の能力を輪ゴムに込めたものだ。使い方は能力によるが、今回のは輪ゴムがぶつかるときの衝撃を大きくするらしい。
「もちろん、彼のことは知ってるよ。初めて叩かれたとき、塀めがけて吹っ飛ばされた!」
ミズガネは困惑した顔で、それでも少しの笑みを浮かべた。これなら張り合いがある。あの時みたいなパワーを、ビリビリ・ボーイの再装填能力で何度も撃たれるのなら、今度こそ降参も考えるかもしれない。
「さあ行け、ビリビリ・ボーイ!」
ビリビリ・ボーイが再び輪ゴムの弾幕を撃ちだす。ミズガネは為すすべなく、ただ撃ち落とすことに専念する。能力ゴムは衝撃を増すだけなので、途中の軌道は他の輪ゴムと同じだ。見分けたりなんてできない。
「むむむ……っ!」
ミズガネにできることは、何十発もの輪ゴム弾をすべてアズマのパンチだと思って、相応の力を込めて迎え撃つことだ。ビリビリ・ボーイに飛び込むのも危険だ。もし能力ゴムが1つじゃなく、たくさん用意されていたら返り討ちに遭ってしまう。
「……」
閃雷は緊張した面持ちでビリビリ・ボーイを操縦する。彼はまだ、ミズガネに勝てるとは信じてない。
「……」
ミズガネも集中して弾をさばく。しばらくすると、能力ゴムが来る位置が大体つかめてきた。
輪ゴム弾はミズガネの周囲に散らばって撃たれているが、能力ゴムは必ずミズガネの胴体に当たるよう狙いをつけて放たれている。考えてみれば当たり前…… というのも、能力ゴムは囮に使うには貴重すぎるのだ。この、貴重さの話もいずれ語ろう。
「……よし!」
弾幕に慣れてきたミズガネは、輪ゴムの出どころに意識を集中し、防御をやめた。能力ゴムと比べれば、普通の輪ゴム攻撃など虫に食われるほどにも痛くない。対処すべきなのは、ミズガネの胴体、ど真ん中を露骨に狙ってくる怪しいやつ、だ。
ミズガネが大きく腕を振りかぶり、怪しい輪ゴムに思い切り振った。そして、狙い通りだ。能力ゴムに当たって、能力ゴムは衝撃を増やすという性質上、ミズガネから喰らう衝撃もじっくりと返された。怪力女のパンチをまともにくらった輪ゴムは、パチンと弾けてしまった。
「むむ!」閃雷はミズガネの強力な攻撃を見て異変に気付く。だが、もしもに賭けてまだ操縦を続ける。
もう、能力ゴムはないようだった。ミズガネは輪ゴムの弾幕を体に受け止めながら、ビリビリ・ボーイに爆発の速さで飛び込み、肘を引いて…… ビリビリ・ボーイの砲塔を打ち砕いた!
「あっ!」
その後また、ビリビリ・ボーイが輪ゴムを再装填しようとした。だが、砲塔が折れてしまっていたため、戻ってきた輪ゴムは全部ビリビリ・ボーイの真下に落っこちてしまった。
「……ようし!」ミズガネがマントを広げ勝ち誇った。
閃雷がスマホを操作してビリビリ・ボーイを着陸させた。ミズガネが機体を破壊しなかったのは、閃雷の能力使えなくなると輪ゴムを片付けるのが手間だからだ。
閃雷はビリビリ・ボーイに駆け寄って様子を確かめると、帽子を脱いで負けを認めた。
「降参です。アズマくんのパンチも平気なのは聞いていたけど、こんなにあっさり負けるなんて」
「いやいや、けっこう粘ってたよ」
勝負した相手を讃えるのはミズガネの習慣だ。
「それにしても……」
ミズガネは近くに落ちている切れた輪ゴムを拾い上げた。
「これ、コハクちゃんから買ったでしょ。高かったんじゃない?」
「え? んーまあ、それなりに」
「大丈夫かなあ、あの子」
オレンジ色の輪ゴムを見つめてコハクちゃんを思い出す。そう、この輪ゴムはコハクちゃんの特技で作られたものなのだ。彼女の能力は単に人の技をコピーするだけではなく、力を輪ゴムの中に込める。
「信頼はしてるけど。危ない人に売らないで欲しいな」
さあ、ミズガネが主役であるこの物語の中に、最大級の脇役を導入しよう。コハクちゃんを抜きにして、この町の物語を語ることはできないのだ。




