触れない
僕はよっぽどの大馬鹿者じゃ無かろうか。八代湊はそう思わざるを得なかった。
今日、湊にとっての非日常が始まろうとした日。彼は、その素晴らしさを噛みしめる程の余裕は無かった。
視界が揺らいでいる。
見た目だけが黒い、面倒見に良いアイツに言われたときもそうだ。
いや、言われなくても自分の発言の支離滅裂さに困惑していた。
俺は、誰だ?何のためにこの力を振るう?
助けられなかった兄妹、唐突に別れた気の置けない2人、突如聞こえた声。
手が、震えてきた。
どうしてあの兄妹の名前を今になって思い出したんだ?過去の失敗を認めた上で、自分の記憶に蓋をして────。
くそおっ。
手の血管がはち切れそうな位に拳を握る。爪が掌に食い込んだ。
俺は、何を忘れている?泣き方か?怒り方か?戦い方か?勉強の仕方か?
全部、全部、どうでも良い。
どうでも良くないことほど、正反対の言葉を全力で投げつける。
今の俺はただこの空間の誰にも気付かれないことに専念したかった。
昼休みがやって来た。
今までの人生の罪悪感に、また新たな一ページが刻まれた。
「ねぇ、大丈夫?」
声が、する。
「ねぇ、ねぇってば!!」
どうやら遙花さんが僕に呼びかけてくれたらしい。
「あ、うん。ありがとう」
ようやく出た言葉は絶望を知る前と同じ声だった。
「本当に大丈夫?あんたさっきから可笑しかったわよ。先生の視線がこちらに見えそうな時は普通にしてたけど、明らかに変だよ」
「はは、そりゃあ先生に迷惑を掛けるわけには行かないからね」
バン!!、と僕の机をたたく音がした。
「はぁ、何を言ってるの!!あんた、さっきから可笑しいわよ。保健室に連れて行くから!!」
その瞬間だった。彼女の手が僕の腕に触れた。
バキン、と嫌な音がした。
え?と彼女は言うと、目から血を流し始めた。
体は震えており、立つこともままならない。
ぐちゃあ、と音がしたかと思うと変な様子で座り込んでしまった。
「ねぇ、何よこれ?何なのよ、これはぁぁ!!!!」
痛い、と声を出す。まるで、何かを演じるように。
突然の出来事に、誰もが動けない。
そんな中でも彼女は、僕のせいにしなかった。ただ、不幸な目に自分が会っただけという様に彼女は振る舞った。
彼女には、僕がどんな風に見えているのだろうか?
ただ一つ、分かっていることがあるとするならば、あの時から何も進歩していないだけ。
自分を責めては楽になる、その繰り返し。
誰かにこのサイクルを見られ続けてきた気がするのもあながち間違ってはいないのだろう。所詮、僕は失敗作。何度罪を重ねようが成長しない。
僕には、見えなかった。それが俺の罪だ。俺には他人を幸せにする力が無かった。それでも、絶望する暇も希望する暇も今は無かった。
残ったのは、純粋な願い。遙花さんを、助ける────。
ただ、無意識に、そして機械的に体は最善の行動を選択した。
「《忘却の刹那》」
全ての空間を制圧し、事件の解決を図ろうとする。
だが、事件が起きてから術を発動してももう遅い。
奇跡を起こすには、対価が必要だった。
迷わず、頭の中で選択した。例えそれが己の結末を変えるとしても、だ。
「なんでこんな時に限って、僕はぼくを好きになれるんだろうな」
今だけは自信に満ちている。
事件が起こってからでは遅いというのに。
「高坂、睦。その罪、俺が貰うね」
ひどく優しい声だった。
ワームホールもどきの力を付与した《忘却の刹那》の効力は俺の実力では体感後数十秒程で限界だ。
「キーワードは、さよなら」
これを唱えれば、高坂と睦の力は湊のモノとなる。
「あの時の繋がり、使わせてもらう」
俺は、一人だけど一人じゃ無い。こんなのは、俺の勝手だ。それでも今まで多くの人たちに言われた言葉の意味を分かった気がした。
今の俺は、ブレて且つ真すぐに生きている。例え、一時的なモノであったとしても、過去は変えられない。その事実が存在しただけで、俺は幾らでも立ち直るきっかけを持っている。
そう心を立て直し、そのまま小さな声でお礼を言った。
「遙花さん、ありがとう。非日常の最期に君みたいな人に出会えて良かった。さよなら」
泣きはしなかった。涙を流しすぎたら、変われないから。涙の価値が薄れてしまうから。
それが今では無いと分かっていても、湊は自身を肯定することにした。
明るい声だった。それは絶望した後の少年の声であった。
直後、時は再び動き出し、遙花の体は何事も無かったかのように元に戻った。
周りを見渡しても、誰一人驚く者は居なかった。
ただ、その場にいた一人を除いて。
幸か不幸か、彼女は湊の事を覚えては居たが、話そうとしても話せなかった。いや、話したくなかった。
ただ、心から思った。困惑を押し殺して。
「うん、次も会いに行くわ。成長した姿を見せないと承知しないわよ」
ふっ、と湊の笑い声が聞こえた気がした。
それを聞いて安心したのか、遙花は気を失った。
クラスメイト達が駆け寄ってくる。
そんな様子を横目に、湊は少し悲しそうに教室を出た。
余りにも短すぎる終わり方だ。
湊が居た記録は学校から綺麗さっぱり無くなってしまった。
そんな物はどうでも良いとは言えない。彼が普通に暮らすには、障害が多すぎる。
彼を知っている者はほんの一握り。
彼らが狙われる可能性は?
大丈夫だ。彼が戦い続ける限り、その場所には死は訪れない。
時を同じくして、高坂と睦の体からは白い瘴気が抜け去った。
「なんなんだ、この感覚は。力が、出ない」
そんな言葉しか、出てこない。
異変には睦もすぐに気が付いた。魔力を感じる事が出来なくなっていたのだ。
「私も、力が出ない…。もしかして、湊になにかあったんじゃ」
言い終わる前に、無理矢理口を閉じた。
喋らない。何かが起きていると分かっているのに。動かない。動いたら、湊の全てが無駄になってしまうから。
怒りや悲しみが湧き上がる前に、二人はただ昔のように手を堅く握り合い、空を眺めた。
そんな中、笑みを浮かべている人物が一人。土御門家の当主だ。
「やるねぇ、湊君。高坂君達の呪いを解くついでに記憶を戻すとは。これは陰陽術とは違うみたいだけれども。そして、遙花さん?一瞬のみ記憶を残して別れの言葉を聞き出す。君はよっぽど人に飢えているらしいからね。まあ、妥当だろう。君がこれから生きていく理由の一つになるのだろうし。それにしても、まだまだ成長の見込みはあるようだね。湊君の決意に免じて、この学校には手を出さない事を約束しよう」
まるで、悪役は引き受けたと言わんばかりの口調である。
「どんな絶望でも構わない。それらがもたらす罪は全部俺が奪ってやる」
ひっそりと社の後ろに現れる。
堂々とした声で、強者相手に宣戦布告する。
「誰にも触ることのできないその体で?うん、だからこそ君は最高だ。八代 湊」
ついでに、素晴らしい隠形だ、と褒めた上で土御門 社はその場を去って行った。
その様子を見届けてから、湊も昇降口へと歩き出した。
道中、見知った顔が居たが堂々と歩いた。
靴箱がひとりでに開いているのを誰かに見られないようにしながら、ひっそりと外に出る。
目の前に広がった校庭は綺麗だった。もう、数日前の出来事さえ覚えてなさそうにしている。
そのまま、湊は自分の部屋へと帰って行った。いつか、自分の事を思い出してくれる人を歓迎する用意をするために────。
*当時のままのお知らせを最初に残しております。理由は、当時の自分の思いを忘れない様にするためです。どうかご了承下さい。
お知らせがあります。
「僕はぼくを好きになりたい」こと通称「僕ぼく」ですが、次の展開に向けての準備期間を設けることといたしました。
少しの間、更新が途絶えますが何卒よろしくお願いいたします。
準備期間を設けた理由は、私の個人的な事情が主ですが、そのほかにも物語の構成などの基本的な事柄や応用について学び、小説家と作品両方のレベルアップを図りたいという思いがあったからです。
読者の皆様には感謝しても仕切れません。(過去にXをしていた際に頂いた応援のコメントは今も私の創作活動の励みになっています。)
これからもどうか「僕はぼくを好きになりたい」をどうか楽しんでいただけると幸いです。
新山 春人でした。
*同様の内容を活動報告の方でも上げるつもりです。
2025/10/2
*2026/4/25日現在 追記したものになります。
次の展開については考えておりません。しかし、作品説明に述べたとおり、区切りのつけやすい展開であったこと、当時の自分としては完結するつもりはなかったこと、主人公はやりたいことをやりきったと言う点において、連載、完結について非常の悩ましいところではありました。
ただ、自分としたは右も左も分からない状態で自分の書きたい物を描けたこと。そして、成長した姿を見せたい、この作品に並々ならぬ思いを持っていると言うことで、リビルド版を作ろうとしています。
ここまで読んで下さった読者の方達には、是非新しい”僕ぼく”をお見せしたいと思っています。
リビルド版を作ろうと思ったのも、全てはこれが始まりです。
それを忘れずに、これからも僕は執筆に励みたいと思います。
本当に有り難うございました。




