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悲しみはすぐ隣に─朝日は昇ってこない─

 水色に塗りたくられた白いキャンバスの上に、これほどまでに水で溶かされた白い絵の具を塗りたくる作業を僕は放棄した。濃淡を付ける余裕など、今の僕には微塵も無かった。


 


 感じてしまった。家に帰ったならば、両親は死ぬ。それはもう変わりようのない事実であり、否定しようも無かった。事細かに教会は僕に違和感を提示し続ける。()に正常な判断をさせないために。


 「太陽は、二度とこのキャンバスには描かれない」声を、絞り出す。


 暗闇の河川敷から見える夜空に星は見えない。


 僕のキャンバスは傷によってのみ色づけられていた。描いていたはずの水色は真っ黒になっていて、こちらをすぅ、と覗き込む。


 救いなんてものは無い。そんな事はこの生き方を選択したときからすでに分かっていることだった。それなのに、俺は何時までも幻想に縋っている。暖かい家庭の一員として出来ることをしたかった。母親の顔を見て吐くことの無いような普通の息子になりたかった。初めてのワガママで俺は大切なものを幾つ失ったのだろう。死ぬまでにあとどれくらい失えば良いのだろうか。


 ごめんなさい。それを言い続けることしかできない。


 「それは誰に対しての謝罪なんだよ?」


 黒い霧が、さも可笑しそうに俺の前に現れる。


 「オマエは養子縁組を使って高坂や睦を両親の子にするつもりらしいが、ありゃあダメだ」


 「何でオマエにそんな事が言えるんだよ!!!」


 「そりゃあ、「八代」だからだろ。何、自分のこの力は俺自身だけのもの~とか思っていたのか?ははははは!!!!そりゃあ面白い。所詮、血統だろうが!!!オマエが例え親子の縁を切ったとしても、アイツらはどうなるのかなぁ?ますます教会からの攻撃が激しさを増す原因を作ってしまいましたねぇ、湊クン!!!!」


 正直、コイツを祓いたかった。ただ、それよりもアイツらをこんな事に巻き込んでしまう危険性を持つような出来事を犯すような自分を黙って見過ごせる訳がなかった。


 何だよ、そうか。つくづく俺はバカだなぁ、と何時も通りのことを空に向かって吐き出す。ちょっと不幸を経験したからといって、ちょっと体を鍛えたからといって、ちょっと術について知ったからといって、こんなものは才能の一つで片付けられてしまう。


 俺もそうだったのだろう。人の努力した事実からは眼を逸らし、「才能」という言葉だけで片付けてしまう。


 話を聞いて、思ったより落胆しなかった。ただ、昔より少し感情的になったみたいだ。(アイツ)に出会えた事で俺は失い続ける人生の中で唯一、何かを失うのが怖いと思ったんだ。押し殺していた気持ちがぶわっと吹き出してしまって、アイツの事が、アイツの瞳が何故あんなにも煌めいているのか、知りたいと思ってしまった。失うことが当たり前だと思って過ごしてきたのに...、なんて罪なヤツだ。


 「君より不幸なヤツなんて幾らでも居るよ」ああ、そうだな。俺はまだ甘えているのかもな。それでも、と塞ぎ込んでいた顔を上げた。


 「ありがとうな。才能があるって事はもっと強くなれるって言うことだろ?俺がアイツらを守る。これが俺の生きる理由だ。いや、理由なんてない。きっとそのために生まれてきたんだ。」


 黒い霧は何も言わず、霧散した。


 「さよならを言う前に荷物を収容できる術を覚えてから家に帰ろう」()()はまだ寝ている頃だろうか。夜中にこっそり家を抜けだし、一人思い悩む。決意が揺らぐ前に行動しなくては。


 「というか、そんな術陰陽道にあるのか?」


 その通りである。だが、そこは作れば良い。


 「えーと、陰陽太極図を参考にして、混ざり合う空間を創造して、と。この空間をワープとかに応用できたら良いな」理論上為し得ても現在の科学では実現できないような事も実現できるのが魔術や呪術の良いとこかもしれない。ただ、「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない。」という言葉もあるうえに、そのクラークの三原則の第一と第二にも今の状況にぴったりと合致している。やっていけばそのうち何事で成せるはずだ、理論上は…。自分が不老不死にでもなれば、その言葉の意味を完璧に実現できる、と思う。


 と、まあ一人盛り上がりながら進めていく。「これを維持するために触媒が必要だがそこは呪符を使うことで安定させる。一応、自分もそうしておくか」


 と、まあこんな感じで目的の術が完成した。ネーミングを考える時間は今後のオアシスとしておく。


 外的要因があれど、その力を開花させる力は少なくとも僕自身に左右される。それは僕自身が一番よく分かっていることだ。自分が今、陰陽道、死との適合率、波長を合わせる力。ざっと見ただけでも、僕にトラウマを与えた事件はこれほどまでの力の片鱗を僕に与えた。ただ、それとこれとでは話が違う。これらを()()()()()()()()()()()()方が可笑しい、と言うことなのだろうか。もしかしたら、八代の人間にはそのような秘密が…。


 っと、いかんいかん。まずは家に…あれ、なんでいったん高坂を睦の隣で寝かしつけて外に出たんだっけ。自分がここに居ては親が死ぬという推測をしたからだ。と、言うことは






 家に帰れないいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!







 生活費は!? 寝床は!? 調理器具は!? いや、今は取り敢えず部屋の物を収納して…。


 「ふう、これで良しとしよう」睦と高坂に気づかれないように、特に両親に気づかれないように行動するのは骨が折れた。取捨選択は辛いが、切り替える。


 寝床は先程の空間にしよう。こればかりは、入ってみないと分からないが。


 次に体を洗うには…、水行でなんとかなるだろう。石けんは、買います。


 服や神を乾かすのは、土剋水でなんとかすr...。ドライヤー、コインランドリー...。


 生活費は…。学費は…。やっぱり親って、偉大だな。


 養子とか縁を切るとかは無しにして、共同生活という体にするのが一番丸く収まると言う結論に落ち着いた。推測に振り回されているのは心なしか仕方が無いが、家に帰れないという胸は式神に伝えてもらおう。湊としての姿ではなく、手紙という形で。勿論、学校には行きます。


 さあ、太陽が昇る前に新たな我が家へと行こうではないか。


 今は取り敢えず、この暗闇がほんの少しだけ湊に取っては心地よかった。


 傷だらけのキャンバスに一筋の雫がこぼれ落ちた事を湊はまだ知らない。





 

 


 

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