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殺戮王  作者: 如月
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狐火

雪也の脳裏に母親の姿が浮かんだ。母の前で、雪や氷を操る練習を雪也はしている。虚空にいくつもの氷の槍を生みだす母に対し、雪也は手にとった雪で氷柱を作るのが精一杯だった。その氷柱も普通の子どもでも作れそうな見てくれだ。


「アンタはいずれ氷雪の道を歩くことになるわ」


記憶の中の母親が言った。


「吹雪で前も見えず、足場は凍てつき、周りにいるのは敵だけ。そんな道をたった1人で歩くことになる。そこでは自分に才能が無いから、なんて言い訳は通じない。自分に出来ることを探し、出来ることを増やし、歩き続けるしかないの」


その頃にはすでに自分自身に、雪の妖怪としての才能が無いことを理解していた。母の話には納得できなかった。誰しも向き不向きがあるのだ。


終いには雪だるまを作って遊ぼうとする息子に、呑気な子ねぇと母は溜息を吐いた。「これだけは覚えておきなさい。アンタには才能があるの。だから、氷雪の道を歩く時は『人』であることを捨てなさい」そんな言葉が頭の中で響いた。


(くそ。現実逃避してる場合じゃない。集中しなきゃ)


頭を振って母の姿を追い出した。


目の前では白狐が薄い笑みを浮かべていた。


白夜の真下にあった影が浮かび上がる。影の中から青い火が灯る。火は影を燃やし尽くし、巨大な炎となった。瞬く間に青い炎は巨大な狐の姿へと変化した。


影を失くした人間の顔が引き裂かれんばかりに笑った。


「どうだ? 半妖君。これが本物の力だ」


狐を中心に青い炎が巻き起こる。


雪也の瞳が青く光る。周囲から氷の槍を造り、白夜に放った。槍は青い炎によって融かされてしまった。


「っち。おい、ミラ」


小さく舌打ちをし、ミラを呼んだ。


「あいつと戦う術は持っているか?」


「分かりません。私、記憶喪失なので」


「マジかよ」


『漂流者』なら魔法のような力があるのではないかと期待していたのだが、都合良くはいかないらしい。


雪也は親指を背後に向けた。


「それなら危ないから逃げてくれ。エレベーターは使わず、階段を使ってね」


「雪也様は?」


「心配しなくていい。僕はたくさん妖怪を見ているが、アイツはそんな強い奴じゃない。何とかなるだろう」


「分かりました」


ミラが頷き走り出した。


「誰が強くないって?」


白夜が肩を竦めた。


「アンタのことだよ」と返しつつも、雪也の顔は引きつっていた。彼にできるのは、雪と氷を操ることのみだ。それなのに狐火は彼の氷を一瞬で融かしてしまう。


そして何より、白夜の妖気に完全に臆していた。


(こいつ、かなり強い。でも)


「『殺戮王』を知っているだけで殺されるっていうのは、いくらなんでも理不尽すぎませんか?」


「俺もそう思うけど、仕方無いよ。師匠からの命令は絶対なんだよ。そんで俺の方針は疑わしきは罰せよ」


「アンタの師匠である九尾の狐さんと話しをさせてくれませんか?」


「それは無理だ。俺も師匠がどこにいるのか知らない。あの人は神出鬼没で、今もどこで何に化けているか分からない。もしかしたら今も近くにいて俺達を見ているかもしれない」


やれやれと白狐が肩を竦めた。


「とにかく、そう言うわけだから大人しく死んでくれない?」


雪也の掌に氷の剣が現れた。剣を持ち、狐に突撃する。


「馬鹿が」


白狐によって放たれた炎の弾丸が雪也に襲い来る。


弾丸めがけ、剣を振り切った。炎は真っ二つに分かれ、消えて行く。


(僕が剣を『氷らせ』続ける限り、融けることはない)


更に炎の弾丸がいくつも迫るが、時にかわし、時に切り裂き白夜に迫る。


炎の狐が立ち塞がった。


氷の剣で狐を斬り伏せようとするが、炎の毛皮は鉄のように硬かった。剣が狐に当たる度に、キィンと甲高い音と共に撥ね返される。


狐の鋭い爪が飛んできた。


熊のような力によって、氷の剣は吹き飛ばされた。一瞬の隙を逃さず、再び狐の爪が雪也を襲った。


「っ」


爪が直撃し、雪也は屋上を転がった。ごろごろと転がり、屋上の出入り口である扉にぶつかった。


「はぁはぁ。やばいなぁ」


雪也の身体は硬い氷で覆われていた。爪が当たる寸前、氷の鎧を造ったのだ。しかし、即席の鎧では狐の一撃を防ぐことはできなかった。鋭い爪は鎧を引き裂き、雪也の身体にも爪跡を残した。赤い血が雪にぽたぽたと垂れる。幸い、傷は深くない。


白い雪に赤い染みが広がっていくのを見ていると、また母の言葉が頭をよぎった。


『人』を捨てろ。『人』を捨てろ。『人』を捨てろ。という声が頭を満たしていく。


「そんな簡単に捨てられたら苦労しない」


小さな声で吐き捨て、雪也は立ち上がった。右足を上げ、勢いよく地面に下ろした。その衝撃は小さなものだったが、ふわりと音を立て屋上の雪が舞い上がる。


「目くらましのつもりか」


雪が白狐を包んだが、青い炎によって一気に消し飛ばされた。


雪で敵の視界を奪っている間、雪也は90度右に身体を向け走っていた。彼の前には、手すりと見晴らし良い景色が広がっていた。


「遊びは終わりだ」


白狐が雪也の後を追って、走り出した。


雪也はすかさず氷の槍を造り、それを投げつけた。白夜ではなく、神社に向けて。


「なに?」


白狐は己の社を護ろうと、炎の狐を動かし、槍を吹き飛ばした。


「悪いけど、逃げさせてもらうから」


そう言って雪也は手すりの上に登った。


「逃げる場所なんてないよ?」


白夜が呆れたように言う。雪也は鼻で笑った。


「僕の婆ちゃんは日本で滅茶苦茶権力もってるんだよ。婆ちゃんに今日あったことをちくって、アンタをボコボコにしてもらうよう頼むから、大丈夫」


逃げるが勝ち。これが雪也の方針である。逃げた後は日本を牛耳る大妖怪である祖母に連絡を取れば、万事がめでたしめでたしとなるのだ。雪也は10階建てのマンションから、虚空に向かってジャンプした。











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