11 結末はあっけないものなのです
年の差を考えるのなら、十五の少年が四つの幼女に恋をすることは、特殊な性癖でもなければまずありえないことだ。
勿論リウ少年も例外ではなく、体を張って自分を守った女の子に親しみを抱いても、恋情を抱くようなことは間違ってもなかった。
二人の子関係はなりたての兄妹で”普通の家族”にリウが慣れるまでの時間薬に、レティシアは最適だったのだ。
どんな先入観もなく他人の裏も読まない子供は、半年もするとすっかり少年を家族へと引き入れた。勿論それには男爵夫妻の上手い対応が一役買っていたのだが、生い立ち故に大人を全く信用しなくなっていたリウにとって、小さなレティシアという中和剤は抜群に効いた。裏町で仲間と呼んでいた連中より余程、彼にとって大切でかけがえのない存在になったのだから。
だが楽しんでいた兄妹ごっこも正式に仕事を始めたことで徐々に姿を変え、ぺったりと四六時中を張り付いていた二人を、適切な距離で接する本来の家族の在り方に引き戻していた。
朝別れればそれきり夕刻まで会わないことが普通になり、更には数日家を空けることが日常になった頃、甘えるばかりだったレティシアが父親と同じ態度でリウに対するようになったのだ。
礼儀正しく迎えるし、歓迎の抱擁もしてくれる。たまにはおしゃべりに興じることもあるけれど、それだけ。
九つになっていた彼女は、生活基盤のまるで違うリウよりも隣家の娘と過ごすことが多くなり、行動範囲が広がって年の近い子供達とも数多友誼を交わしていたのだ。
寂しいと、常に傍らに無くなった温もりに思い始めたのは、この頃からだった。
他愛のない悪戯で困らされることに喜びを感じてしまうほど、レティシアの世界にリウの居場所は少ない。あんなに後をついて回っていたのが嘘のように、彼女の中心は自分以外の人間が占めている。
それでも家族だから、誰より近しい場所にいるのだからと納得できたうちは良かったのだが。
レティシアが十二の誕生日だった。
子供用の丈の短いドレスが床を擦る長さに変わり、子供っぽいお提髪が大きな髪飾りに彩られたおろし髪へと変貌を遂げる、半成人の祝いでリウの余裕は弾けとんだ。
今日からは求婚を受け婚約者を定めることもできるとあって、訪れた男達は並ぶ勢いでレティシアを取り囲んでいる。色恋に疎い本人は友達が増えると的外れなことを言っていたが、あの時彼は、久しぶりに激情を抑え込むのに必死だった。
闊達で弁も立つレティシアに怯えるばかりだったくせに、美しい娘であると知った途端に欲しがるような浅ましい者達に、大切な妹をやれるものか。あの子にはもっと似合いの男が、いるはずだ。
そこまで思って、リウははたと考え込む。
さて、レティシアをくれてやってもいい男とは、どんな者だ、と。
父親のせいでいつ命を狙われてもおかしくない娘を守れるだけの強さを持ち、贅沢に暮らしても困らないだけの財力がある。勿論、美しい彼女に見合うだけの容姿と多少のお転婆に目をつむってやれるだけの包容力、後処理に長けた人物でなければならない。
仕事で知り合った金持ちや、貴族、果てはあちこちの王族まで比較対象に引っ張り出すが、誰ひとり及第点はやれなかった。
ここまでは女兄妹を持ちそれらを常軌を逸して可愛がる男ならば、一度は陥る深い穴、なのかもしれない。
だが、幸か不幸か、リウとレティシアに血のつながりはない。普通の兄妹であれば禁忌とされる関係にもあっさり行きつくことができるからこそ、彼はとても都合のいい未来を想像したのだ。
いないのなら、自分がなればいい。そうして可愛いレティシアを幸せにしてやろう。溺れるほど愛してやろう。
複雑な人間だと周囲に噂される男は、実は単純明快な思考をしていた。
思い付きと勢いのまま男爵夫妻に婚姻の申し込みをし、レティシアの気持ちを聞いていないことに呆れられ、彼女の血統の秘密を知り、自己完結で新たな決意をした。
王家に勝るとも劣らない財力と、どんな組織にも通じ尚且つ負けない武力を持ち、あらゆる場所にあらゆる人間との人脈を持とう。
王族の娘を娶るのだからやりすぎということはないと即決すると、その勢いで密偵を穏便に辞めるための裏工作をして、ため込んだ給金を手に男爵家を出たのだ。
その後のことは、周知の事実である。
金儲けも汚い真似も幼い頃から得意とするところであったが、更に正攻法でゆくための知識と知恵を付けた商人シーモアは瞬く間に成り上がった。秘密裏にこなしていた密偵稼業で更に広げた人脈と、怪しい仕入れ先の開拓によって手に入らないものはないとまで言わしめる、グレイになったのだ。
本末転倒しては何にもならないのでレティシアへの接触は欠かさず、邪魔な男の排除にも余念がない。
だから当然、元婚約者も、横槍を入れた子爵令嬢も、身籠った未亡人も、全ては彼の考えた台本通りに踊っているのだ。
そう、レティシアの本心以外は、全てグレイの掌の上なのである。
「長い時間を待ったのだよ。とてもとても、ね。私のことを死ぬほど嫌いでないのなら、君の夫にしてもらえないだろうか」
拗らせらのは家族愛か、兄弟愛か。はたまた純粋に恋愛感情なのか。
今となってはどこが始まりだったのかグレイ自身にも判別が難しいとこだが、ただひとつわかることがあるのなら、彼が欲しいのはたった1人だということだ。
目の前で戸惑うこの娘以外、欲しくない。
彼女の為ならば手にする全てを捨てても惜しくない。
これが恋でも愛であろうとも、もはやどうでもいいグレイはソファーから降り膝まづいてレティシアの掌へ額づきながらお手本のような求婚をする。
それは例え悪魔の美貌と揶揄されようと、人外の美しさを持つ男からの求愛に違いなく。過去、彼を好きであった記憶と、現在も憎からず想っているレティシアには脳天直撃の歓喜であって。
「はい…喜んで」
思わず夢現で返答してくらいの驚愕で、あったのだった。




