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3章-3 廃校③ ~袋小路~

 そこはさっきと同じような、一般的な教室だった。前に黒板があり、うしろには児童が使用するロッカーが並んでいる。言い換えれば、隠れる場所がないということだ。


 最初の教室と唯一違うのは、廊下側にある入り口の扉が健在であることだった。木製の分厚い扉で、上部に窓ガラスがはまっている。

 扉は半開き状態だった。最初から開いていたのか、それとも誰かが開けたのか。開いた扉の隙間からは、雑多なものが置かれている廊下が見えていた。


 僕たちは足音を立てぬよう注意しながら、廊下側の壁に張り付いた。

 聴覚に神経を集中させたが、さっきまでの騒がしさはどこにもとらえることはできなかった。しかし誰もいないことの証明にはならない。家に閉じこもってばかりいた自分の五感など、あてにはならないと重々承知している。


 香澄が片膝をついた姿勢で、扉の隙間から廊下をうかがう。僕もうしろに立ち、神経を尖らせる、


 ふと、首筋に風を感じた。ひんやりとまとわりつくような、夜の風。


 風? 僕は何気なくうしろを振り返った。

 息を飲む。人影。仁王立ちになっていた。

 大柄の男だ。輪郭しかわからない。僕たちの入ってきた扉が開かれていた。


 男が動いた。同時に僕の体も動いた。

 男の顔がうっすらと月光に浮かんだ。多賀だった。

 多賀は冷静な瞳で、弓矢を構えようとしていた。僕たちに向かって。


 僕は立ち上がり、わめき声を上げた。ほとんど無意識のうちに叫んでいた。

 時間が引き延ばされ、全ての動作がゆっくりと目に映る。多賀が弓を引き絞りながら、僕に狙いを定めるのがわかった。


 殺られる。閃光が弾けるように、そう思った。毒手で心臓が握られるような恐怖が突き抜ける。

 体が勝手に反応した。肩に担いでいたマグライト。三十センチもの軽合金の塊。単一電池が五つ入っている。それを投げた。力任せに。


 音もなく飛んでいく。マグライト。黒い縦回転となって。

 狙って投げたわけじゃない。コントロールに自信なんてあるわけない。球技は苦手だった。

 だが命中した。吸い込まれるように。多賀の顔面に。


 金属と金属が激しくぶつかり合う音がした。多賀が言葉にならない声をこぼす。

 刹那、ガラスが砕けるけたたましい音がそこに重なった。

 割れたのは、僕たちのいる廊下側の窓ガラスだった。反れた矢が、ガラスを撃ち抜いたのだ。


「香澄、走って!」


 僕は叱咤するように声をあげ、扉を思い切り開いた。

 弾かれるように香澄が廊下に飛び出す。僕も間髪の差を入れずに続いた。


 身を隠そうとするのは、もはや無意味だった。僕たちは足音も気にせず、そのまま廊下を疾走し始めた。

 向かったのは今まで進んできたのと同じ、校舎の奥側――L字の角へ通じる方向だった。考えがあったわけではない。走り出してから、そうと気づいただけだった。


 置き去りにされている机やロッカーが、僕たちの逃走を阻もうとしていた。廊下の右に左に、不規則に物が積まれているため、真っ直ぐに走っていくことができない。全速力の出せないもどかしさに歯噛みしながら、それでも必死に前へ進んだ。


 背後でざわめきが生まれるのを感じた。

 振り返ると、複数の人影が現れるのが見えた。影の形から“怪物”役の連中だとわかった。場所から考えるに、僕たちが最初に隠れていた教室や、音楽室を調べていたのかもしれない。


「最後の一本だわ」走りながら香澄が花火を取り出し、火を点けた。「目くらましの代わりにはなるでしょ」


 二、三発、うしろへ向かって花火を発射してから、香澄は足元に本体を捨てた。

 たちまち青味がかった煙が廊下を埋め尽くしていく。僕たちは後背を一本の花火に託して、なおも走り続けた。


 しばらくすると道が開けた。廊下が途切れ、広間に変わる。L字型校舎の角にあたる場所まで来たのだ。


 道は左右に分かれていた。右手には一階と三階へ通じる階段がある。一階へ下りれば、校舎の正面門へ出るはずだ。左手は再び廊下となっている。こちらを進めば、L字である建物の、短い直線部へ至ることになる。


 奇妙だったのは、左手廊下の先だった。何かいびつな形の影が見える。しかもかなり大きい。

 だが目を凝らしても、それが何であるのかはわからなかった。建物の向きによる加減で、外からの光があまり入ってこないらしく、闇が濃いのだ。


 荒い息を吐きながら、もう一度、うしろへ視線を走らせた。廊下の半ばは煙に閉ざされ、向こうを見通すことはできない。しかし追手が近づいてくる足音が聞こえる。

 どうする? ここで立ち止まっているわけにはいかない。

 香澄が左手を指さしながら訊いてきた。


「平介の考えだと、こっちの建物の端に図書館があるのよね」

「あくまで適当な推測だよ」


 僕は言い訳がましくそう言ったが、香澄は気にした風もなく、きっぱりと言った。


「なら、手っ取り早く、二階の端から調べましょう」


 香澄が走り出すのに、僕も慌ててあとを追いかけた。

 どうか図書室が見つかりますように。そしてどうか図書室で鍵が見つかりますように。僕は胸のうちで願いながら、今夜は神頼みばかりだと、泣きたいような気持ちで一杯になった。


 今まで走ってきた廊下から、直角に進路を変えて進む。左側が運動場に面しており、右側に教室が並んでいる。

 新たに足を踏み入れた廊下は、さっきまでとは違い、何も放置されていなかった。障害物に邪魔されることなく、一気に走り抜けていく。


 右に見える教室のプレートは、順に「3-い」「3-ろ」「4-い」「4-ろ」となっていた。それぞれ三、四年生の「い組」と「ろ組」という意味だろう。今となっては廃村となった名も知らぬ村も、かつては一学年に二クラスを設置するほどに人口があったという証拠だった。


 もしもこんなのどかな田舎で生まれ育っていれば、自分の人生も変わっていただろうか。そんな愚かな、でもどこかすがりたくなるようなことを、ふと考えたりもした。


 容赦のない現実が、僕の目を覚ました。僕たちは建物の端に至る手前で、立ち尽くすこととなった。

 それは鉄の山だった。児童の机と椅子、教壇、ロッカー。それらがうず高く積まれた山となって、廊下を完全に塞いでいる。


 明らかにひとの意思が介在していた。この道を訪れた者の行く手を阻むために、わざわざ積み上げられたものだった。


「そんな……」


 山を見上げながら僕はうめいた。一秒ごとに大きくなる焦りを感じながら、迷走するように視線を巡らせる。

 どこかに上っていける足場はないか。通って行ける抜け道はないか――。


 無駄だった。

 鉄の山はほとんど天井に達する高さを誇っていた。しかも乱雑に机や椅子が組まれているだけの構造であるために、無理に上ればたちまち崩れるだろうことも容易に想像できた。


「平介、あれを見て!」


 香澄が机や椅子の隙間から、ライトで向こう側を照らした。

 山を越えればまだ廊下は続いており、教室があることがわかった。掲げてあるプレートが見えた。「図書室」だ。


 瞬間、僕の中の推測は、確信に変わった。なぜこの場所が塞がれているのか。理由はひとつしかない。“財宝”を手に入れるための鍵は、図書室にある。だからこそ、すぐにはたどり着けないようにされているに違いない。


「まさか、ここを乗り越えて行けってことじゃないわよね」


 口早に言いながら、香澄は手前の教室である「4-ろ」の教室をのぞいた。素早く警戒してから、奥へ向かってライトを照らす。

 香澄が意図することはすぐにわかった。ベランダの有無を確かめようというのだ。


「駄目だわ」香澄はしかし、三秒も経たぬうちにライトを消して、首を横に振った。「ベランダがあるのは向こうの校舎だけみたいね」


 僕は沈んだ息を吐き出した。


「一階か三階へ回り道をしろってことなんだ。きっと校舎の向こう側にも、階段があるんだと思う」


 だが今は、別の問題が差し迫っていた。追っ手がじきにやって来る。ここにいれば、追い詰められてしまう。


「引き返している時間はないわね」悔しそうに唇を噛んでから、香澄は言った。「やっぱりどこかの教室に隠れて――」


 言葉をさえぎって、僕は香澄の手を引いた。


「教室は駄目だよ。きっとすぐに見つかる」僕はその扉を開いた。「ここだ。ここに隠れる方がいい」


 香澄は一瞬、呆気に取られたような表情を見せた。が、すぐに真顔に戻り、僕の言う通り、そこに身を潜ませた。

 急いで僕も、香澄と同じ空間へ体を押し込む。また体の正面同士で密着する格好になってしまうが、照れたり緊張している余裕はなかった。


 言わばこれは、一か八かの賭けだった。見つかるか、隠れ通すか。賭けるのは自分の命だ。


 扉に手をかけたとき、数人分の声と足音が届いてきた。

 音を響かせないように注意しながら、慎重に扉を閉めた。


 暗闇が僕たちを包み込む。視界はわずかな隙間から見える外の景色だけだ。しかもその隙間は僕の目線にしかない。香澄には真っ暗闇の中で耐えてもらうしかない。


 すぐに“怪物”役の連中が、廊下の角へ姿を現した。

 向こうからこちらは暗がりに隠れているが、逆に僕からは連中の様子がよく見えた。連中は広間で立ち止まり、戸惑うように顔を突き合わせていた。


 そのまま通り過ぎてくれ。念じたが、効き目はなかった。

“怪物”役は全部で四人。その全員がひとかたまりとなって、ひとつずつ教室をあらため始めた。


 数で敵を圧倒しているときは、戦力を分散させないこと。兵法の基本だと、何かで読んだ記憶がある。

“怪物”役が兵法に沿って行動しているかどうかは知らないが、僕たちがより困難な立場に追い込まれたのは事実だった。


 相手がひとり、もしくはふたりまでなら、発見されても何とか逃げおおせることができるかもしれない。しかし四人ともなると、無事でいられるのは不可能に近いだろう。


 最初は角を曲がったところにある「3-い」、次は「3-ろ」の教室。連中は獲物をじっくりと追い込んでいくように、教室を順番に調べている。前後にある出入り口をふたりずつで取り囲んだあとで、扉を開けて中を調べるという徹底ぶりだ。


 闇の中、僕たちは息を潜めていた。潜めた息でさえ、うるさく思う。

 暑い。二人分の体温がこもる。汗がにじむ。こめかみや胸に浮いた汗が、体を伝っていくのを感じる。


“怪物”役たちは「4-い」を過ぎ、最後の「4-ろ」の教室に取り掛かっていた。

 扉が乱暴に開かれ、中の検分が始まる。教室後方の扉を固めているふたりは、もう目の前に見えていた。


“怪物”役は色々なもので武装していた。刃渡りが三十センチはありそうな鉈を握り締めている者もいれば、釘を打ち込んだバットを持っている者もいる。

 中でも脅威だったのは、ボウガンだった。銃に似た形状をした、機械仕掛けの弓矢だ。


 痛ましいジャンヌの姿が鮮明に思い浮かんだ。ジャンヌの胸を射抜いていた短い矢は、ボウガンから放たれたものに違いない。一歩間違えれば、自分たちも同じ運命をたどることになる。


 歯を食い縛った。どんなに恐怖を感じても、震えるなと自分に命じた。物音ひとつ、立ててはいけない。呼吸音さえ消してしまいたかった。この状態で見つかるようなことになれば、それは人生が潰えるときになる。


 目だけが外の光景に釘付けとなっていた。本当は目を閉じていたい。なのに、“怪物”役たちの動きから視線を逸らせなかった。


 教室の中を調べていた“怪物”役が仲間を振り返り、首を振った。他の三人が気を緩めるのが伝わってきた。


 そうだ。ここには誰もいない。そのまま別の階へ行ってくれ。僕は懸命にそう念じた。


 そのとき、“怪物”役のひとりが、僕の方に向き直った。


 なぜ? ぞわりと悪寒が這い上がってきた。もしや僕がこの場所を思いついたように、相手も同じことに気づいたのか。


 ゆっくりとそいつが近づいてきた。顔はフードに隠れてわからない。手にぶらさげた鉈の刃だけが、やけに輝いて見える。


 体が意識とは無関係に強張る。恐怖で舌が喉の奥で絡まりそうになる。

 待て、待ってくれ。こっちに来るんじゃない。

 そいつは歩みを止めなかった。もう全体像が見えないほどに近い。


 僕は目を閉じた。

 鉄板がひしゃげるような音が間近で響く。その軋みで、僕たちの体がわずかに揺れた。

 目を開けなくてもわかった。そいつは今、僕たちを踏みつけている。


 ぎしぎしと軋む音が僕たちを攻め立てる。その音に僕は、薄い壁を隔てて死と隣り合っていることをまざまざと実感させられた。

 と、軋んでいた感触が消えた。


 震えながら目を開けた。僕たちの上に乗っていたそいつが、身を翻すのが見えた。廊下の向こうで、別の“怪物”役が手を上げている。


“怪物”役の四人はまた合流し、そのまま校舎の角から三階へと上って行った。

 僕はそれでも、すぐには動けなかった。さらに数呼吸分の間を置いてから、ようやく体の力を抜いた。


「……どうにか助かったらしい」


 僕は中から押し上げるようにして、扉を開いた。こもっていた熱気が、一気に開放される。

 先に僕が立ち上がり、外へ出てから、香澄に手を貸した。

 香澄は大きく息をつくと、汗で額に張り付いた髪を払いながら、疲れた笑みを見せた。


「ホント、危機一髪だったわね」

「こんなのが棺桶にならなくて良かったよ」


 僕たちは自分たちを隠し通してくれたロッカーを見下ろした。

 掃除用具などを入れておくための、大型ロッカーだ。椅子や机とともに、鉄の山の片隅に転がされている。


 僕の通っていた小学校でも、各教室にひとつ、こんなロッカーが置かれていた。友達との遊びの罰ゲームなんかで、何度か入った経験もあった。

 美しいとは決して言えないそんな思い出に、僕はこのロッカーの中に隠れることを思いついたのだった。


「暑くて臭くてひどい場所だったけど、ここに隠れてなかったら、今頃はゲームオーバーになってたわね」


 ふざけるように香澄は言ったが、その顔に笑みはなかった。香澄も僕と同じように、狭い暗闇の中で恐怖感と戦っていたに違いない。

 間近に迫っていた死は、とりあえず回避することができた。が、それもとりあえずのことだった。すぐに座り込みたいほどに脱力していたが、立ち止まるわけにはいかなかった。


 ロッカーの中には、一本だけ忘れられたようにモップが残っていた。僕はそれを拾い上げた。マグライトも失った今となっては、汚れたモップとはいえ、素手でいるよりは安心できる。


「よし、行こう」


 鉄の山をもう一度見上げてから、すぐその向こうに見える図書室を目指して、僕たちは逆の方向へ走り始めた。

 


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