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葵サイド


「何かしら?」


「ミチルの事や。あの日……ミチルは本当に強姦されてたんですか?強姦に合ったって言うのはおばさんの証言だけで、ミチルは衣服の乱れはあったが、自殺したとしか警察側は公表して無い。あれ……どう言う事ですか? 死んだ自分の娘を庇いたい気持ちもわかりますが……こっちは二人も死んでるんし、一人はまだベッドの上や」


 恐ろしいほど冷静な宙が美津子を見下ろしている。


 宙の言葉を聞いているのかさえ分からない表情で、美津子は何も答えようとしない。


「おばさんの狂言やないんですか?自殺したミチルを利用して翼を落し入れる為に、ミチルの衣服を第一発見者のおばさんが乱したん違うんですか?それをミチルのお父さんに報告した……おばさん。あなたはまさかおじさんが散弾銃を持ち出して復讐するとは思わなかったんやないんですか?」


「な……なにバカな事……そんな狂言やなんて」


 美津子ははぐらかす様に一回キッチンへと戻って行った。


「おばさん。もう一回聞きます。本当の事喋って下さい。もう……ここまで来たらおばさんを憎む気にもなりません。誰にもいいませんから。本当の事喋って下さい!」


 宙が大声を上げた。


 美津子がキッチンから走り寄って来て、リビングに立ったままの葵の首に手にした果物ナイフを近づけて来た。


 一瞬の事で葵は避けようがなかった。


 首筋に冷やりとした感触があった。


 腰には美津子の震える手が回されている。物凄い力だった。普段の美津子からは考えられないほどの力が葵の身体を締め付けた。


 美津子は……正気を失っている。



「そ……そうや。強姦された言うのは私の狂言や。あんたが……あんたが全部悪いんや」


「お……おばさん」


「あんた……ミチルと三年も文通しておいて、ミチルの気持ちは分かってたやろ? ミチルはあんたが好きやったんや。それと同じ位父親の事も好きやった。あんたが……翼君と付き合ってくれってミチルに言うたんやろ?ミチルの気持ち知っておきながら、自分とそっくりな翼君と付き合えって。あんたは翼君の為やったら自分が犠牲になってもええ言う子や。それを知っているミチルは諦めたんや。宙君には脈が無いって泣きながらあんたを諦めたんや。あんたには翼を頼む言われて、大好きな父親には反対されて……あの子は……鬱状態やったんや。そんな中であの日、地元に舞い戻った、あんたに会って、それでも悪事を働く翼君だけを心配するあんたに絶望して……それでミチルはあんたと別れてから発作的に首吊ったんや!」



「おばさん。本当にすまん事した思ってます。せやけど……葵は関係無いです。俺に腹立つんやったら俺を刺してもええ。だから葵は……傷付けんといて下さい」


 そう言って近づいて来た宙から離れるように、葵を羽交い絞めにしたまま美津子は後方へと下がった。




「この子はあんたには渡さへん。この子はミチルや。私のミチルなんや」


「違います。その子は葵です。俺の大事な彼女なんです。今からミチルの気持ちを受け入れ無かった理由を話します。だから……分かってもらえるかどうか分かりませんが聞いて下さい」


「理由?」


 美津子の声のトーンが変わった。それでも葵への力は緩めない。


 宙は大きく深呼吸して話始めた。


 葵はそんな宙の目を見つめたまま視線を外せなかった。


「ミチルとは小学五年の時からよく話しをしてました。初めて同じクラスになって席も隣合わせで。それで、俺が養子に出されてからも、ずっと月一で文通を続けてました。最初はミチルからの手紙が楽しみでした。でも、あっちでの生活をして行く内にミチルとは考えがずれて来たんです。ミチルは一人っ子で、好き気ままに育ってたように思います。父親の趣味が嫌いとか、それに付き合わされる猟犬の二匹が可哀相とか、俺によく愚痴ってました。でも……俺の居た環境は自分の意見も言えん環境で、義父も義母も俺にばっか気を使ってくれて……余計に自分が出せない生活を送ってきました。そんな俺からすれば……ミチルの悩みや愚痴は贅沢な悩みにしか思えんかったんです。幼いとこも有ったし、そんなミチルへの思いは薄れて行くばっかりで……

だから……翼とやったら環境が似てるし、あいつも気ままに育ってたから、そう思ってミチルに翼を頼んだんです。でもね……その子は……葵は違うんや。自分の親で有りながら年の離れた妹や弟に気を使って、我儘もよう言わんと家計の事考えて、無理して必死に勉強して家計の負担にならんような大学目指しているんです……葵は自分をよう出さん子なんや。俺と似てるんです。だから……葵は誰にも渡せないんです。渡したく無いんです」


 葵は宙の言葉に身体が震えだした。


 ミチルではなく、葵自身を思ってくれていた宙の言葉に身体中が震え出した。


「葵はそんな可哀相なおばさんの為にこの場にとどまってます。もう……葵を解放してやって下さい。葵の時間を元に戻してやって下さい」


「嫌や!嫌や!」


 美津子はそう叫びながら首を横に振った。


「ミチルを思い出して下さい。ミチルは見ず知らずの人と一緒に一カ月も暮らせますか?ミチルはおばさんたちと離れて……幾らその子供と自分が似ているからって他人と暮らせますか?大事な一人娘やったらおばさんがミチルの事一番分かっているでしょ?ミチルはそんなこと出来ないって。だからその子は……葵なんです」


 ガラン


 美津子の手からナイフが零れ落ちその場に崩れた。両手で顔を覆ったまま


「ミチル――――照彦さ―――ん」


そう叫んでしていたエプロンで顔を覆い、身体を震わせ泣き叫んだ。

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