丸岡サイド~二年前の回想~
丸岡は久しぶりに渡瀬翼が入院中の市内にある医療センターを訪れていた。
ベッドで眠る翼の光景を目にするのはもう二年目になる。丸岡はその二年もの間、月一の割合でこうしてこの病室を訪問していた。幼馴染でもあり悪友でもあった渡瀬翼。
あの、惨劇があったあの日からずっと翼をこうして見守っていたのだ。
惨劇があった前日、丸岡は幹部から預かった百五十万円をポーチに入れ、歩道を歩いていた。
時間は丁度三時を過ぎた所だった。翼との待ち合わせ時間には後一時間ほどあった。大金を持つ時間を少しでも短縮したかった丸岡だったが、銀行の閉店時間が三時の為、銀行窓口にて一括で現金を下ろした幹部からは、仕方なくこの時間に現金を預かるしかなかったのだ。
翼の授業終了時間は三時過ぎ。それから帰宅後、ブツを海岸に運ぶには一時間ほど掛る。丸岡は大金が入ったポーチを右脇に抱え、細心の注意を払いながら国道沿いの歩道を歩いた。時間まで一番安全な自宅で待機しておくつもりだったのだ。
歩道にも関わらず、自分の背後からバイクのエンジン音。細心の注意を払っていた丸岡はその異変に気付いた。丸岡は右脇にポーチをしっかり抱えたまま、エンジン音のする背後を振り返った。フルフェイスのヘルメットを被った原付バイクの男が丸岡の左側へとギリギリに攻め寄りスピードも落とさず走り抜けようとしていたのだ。丸岡は振り返り様に右手に飛び避けた。その瞬間……国道を物凄いスピードで中型バイクが走り抜けた。
あっと言う間だった。原付バイクに怯んだ隙に、右脇に抱えていた大金の入ったポーチを中型バイクに引った繰られたのだ。中型バイクは一度もスピードを緩める事なく国道を走り抜け、車両番号さえ見ていない。ましてや車種さえも覚えていない状態だった。
風が吹き抜けただけのように思えた。他の通行人さえ目の前で引ったくりが有った事すら気が付いていない。誰もが素知らぬ顔で丸岡の傍を通り過ぎて行く。
それほど中型バイクの人物はかなりの高度なライディングテクニックを持っていた事になる。
丸岡は驚愕した。大金を盗まれたのだ。この時、丸岡の頭には翼の顔しか思い浮ばなかった。丸岡はスラックスのポケットから携帯を取り出し、震える手で110を押した。
そして、電話に出た交換手に叫んだ。渡瀬翼に現金を引ったくられたと。
翌日、犯人が翼では無い事が判明した。翼はその時間、高校でちゃんと授業を受けていたのだ。学校内に居たのなら、証言する人物は大勢いる。
事情聴取を受けて、家に帰って来ていた翼から電話があった。
現金を引ったくった犯人はハマノと言う一つ年上の男と地元では有名な暴走族のヘッドの大橋だと言った。翼は焦っていた。違法ドラックを警察に見つかるとヤバイので、ハマノと族のヘッド大橋の存在を警察には口実しなかったと言っていた。
翼が現金は要らないので、このドラッグを丸岡に処分してくれと頼んできた。
丸岡には好都合だった。ドラッグさえ受け取れば何も問題は無い。
丸岡はその日に翼が指定した海岸へと向かった。
待ち合わせの砂浜には翼ら三人組みがサーフボードを脇に置いて波を見ていた。
サーフボードの脇にはブツが入っていると見られるスポーツバックが置いてあった。
堤防からの砂浜へと下りる階段を駆け下り、翼らに十五メートルほど近づいた時、銃声の音と共に、目の前の三人がまるで人形のように砂浜へと倒れ込んだ。
訳が分からず、尋常ではないこの惨劇に慌てた丸岡はあのスポーツバックに飛びつき、無我夢中でその場を離れた。震えが止まらなかった。自分の命も危ないかも知れない。そう思いながら、スポーツバッグを抱えたままその場を全速力で後にした。
その日の内に組みのお世話になっている幹部にブツを渡した。幹部は上機嫌で丸岡に約束通り二十万円を手渡してくれた。
翌日の新聞には昨日の惨劇が地方紙のみならず、どの大手の新聞にも一面トップに掲載されていた。殺人犯は丸岡とは面識の無い男だった。
犯人は、翼の彼女の父親だったのだ。




