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葵サイド


「ここの遊園地って絶叫マシンがないからなあ絶叫系は好き?」


 瞬が中央ゲートへ向かう帰り道、そう言いながら葵の顔を覗き込んできた。


「ううん。瞬君はバイクに乗って物凄いスピードで走っているからそう言うの平気なんだね。今日、音だけだけど、聞いてびっくりした。あんな音で路上を走っているバイク見た事ないもん」


「うん、平気。普通の人間じゃ堪えられないほどのスピードの中を経験しているよ。少し間違えば、四輪車と違って生身だから大惨事だしね。そうならない為に、ここのレーシングスクールに通っているんだけどね。これでも、たまに急に怖くなる時だってあるんだ」


「瞬君って凄いんだね」


 十段ほどの階段を瞬は葵の手を繋いだままズンズン上って行く。観覧車がライトアップされ、とても綺麗だった。いつもなら、仕事を終えると直ぐに美津子のアパートへ帰るので初めて見る光景だった。


「そんな事無いって。小さい頃から、ここのベーシッククラスで鍛えているだけだから」


「小さい頃って……バイクに乗ってもいいの?」


「ハハハ。ここのレーシングスクール内だけだよ。公道を走ったら怒られるから。ベーシッククラスには小学生の子もいるよ。スッゲー可愛いよ。小さいのにちゃんとレーシングスーツ着てフルフェイスのヘルメット被ってさ。一生懸命講師の指導受けている。半分は遊び感覚何だろうけどね。だから身に付くのが早いよ。子供たちは」


 階段を上り切ると、タイルが敷き詰められた広場に出た。広場を抜けるとショップが両サイドに立ち並んでいて、その中のショップの入り口に『最速の道』と書かれた看板が出ていた。その看板に目を向けて

「私、いつもここの前を通る時、不思議に思って見ているんだけど、これってどう言う意味なのかな?」


瞬が二コリと笑って

「ハハハ。これね。スゲーマニアックな物なんだ。中に入って見てみる?」


「うん」


 瞬に手を繋がれたままショップの中に入ると、丁度中年の男の人がその『最速の道』と書かれた商品棚からそこに置かれているその商品を二つ手に取って、レジカウンターへ向かう所だった。その商品は一万円以上もの値段が付けられていた。


「こ……こんなに高いのって……これって一体何?」


 その棚にはその商品の見本品が飾ってあった。真っ黒で直径が四、五センチの丸く型抜きされた石の様な物が埋め込まれたレリーフの様な物だった。


「この丸い黒い石はね、ここの国際レーシング場のアスファルトだよ。フォーミュラーワン(FⅠ)などの世界最速の車が何台も走ったアスファルト。もちろん二輪車だって走っている『最速の道』って事で好きな人には堪らないんじゃないかな」


「うわぁー。そう言う事なのかぁ。ヒロちゃんなら欲しがりそう。変なマニアだからな」


 葵はそう言いながら高くて買えないが一つだけ手に取ってみた。


「ヒロちゃん?葵ちゃんの彼氏?」


 瞬にそう聞かれ、急に重い気持ちになった。自分の口から不意に出た宙の名前。今でも身体中が宙を思い続けている証拠のような言葉。胸が締め付けられそうになる。


「元……彼氏だよ」


「ふーん。元彼にお土産なんてやめなよ」


「うん」


 そう言って手に取っていた商品を棚に戻した。





 そのまま何も買わずにそのショップを後にして、中央ゲートを抜け園外に出た。


 目の前の道路は遊園地から帰途に着く乗用車が数珠繋ぎになっていた。


 「葵ちゃんの家って何処?」


「H町の駅前なんだけど」


「嘘?俺ねS町。反対方向だね。それに……俺、家から自転車で来ているんだけど、後に荷台がないタイプだし」


「バイクじゃないの?」


「うん。俺、普通にS高校の高校生だからさ。バイク通学なんか出来ないし。だから自転車通学してる」


 空はもうとっぷり暮れて一番星が光り始めた。


「私ね、家から歩いて来たから。このまま歩いて帰るよ」


 葵は二コリと笑って瞬から手を離して手を振った。


「ダメだよ。幾らここからH町まで直線コースだからって絶対危ないって。現に女の子が車に連れ込まれた話をよく聞くから。バスで帰りなよ。時間まで一緒に待って上げるから」


 瞬はそう言いながら園外の駐輪場へと向かった。それからこの道路沿いにあるバス停へと自転車を押す瞬と並んで歩道を歩いた。


「ねえ。アドレスと携番交換しない?」


「いいよ」


 軽い女になったと思った。


 半分……どうにでもなれと思っている自分がいた。以前の自分なら考えられない事だった。知らない子と遊園地をデートしたり手を繋いだり人間、開き直ると何でも出来るものだ。


 カバンから携帯を取り出して、瞬の携帯と赤外線通信をしながら歩いた。


 バス停に着いて発車時刻を見るとバスが来るまで後、十五分ある。


 それからもう一度携帯を取り出し、美津子のアパートへ電話をした。


「もしもし、あのーミチルですけど。はい。バイトで帰りが遅くなって十五分後のバスで帰ります。はい。大丈夫です」


 それだけ告げて携帯をカバンに仕舞った。


「ミチル?葵って偽名?もしかして、俺に偽名使った?」


 少しだけ不機嫌になった瞬が真顔でそう聞いて来た。


「ううん。本名は葵だけど……お世話になっている人が……何度言ってもミチルって私を呼ぶから。だから……その人の前ではミチルって名乗っているの」


 葵が自分の家に帰れなくなった最大の理由。


 美津子は……今まで気丈に保ってきた精神が葵を見るなり崩れたのだ。


 葵を一人娘のミチルだと言い張って聞かない。そんな美津子を振り切って家に帰れなくなったのだ。その時は葵

自身も自分の今の生活に戻る勇気がなかったので、暫く、美津子の傍に居る事にしたのだが、日に日に元気になって行く美津子を置いて行けなくなった。葵は今更ながら、美津子を訪れた事を後悔していた。


「なんか……訳ありって感じだね」


「うん」


 そう返事をして瞬から目を逸らして下を向いた。


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