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翼サイド~二年前~


 渡瀬翼は一つ年上のハマノから原付バイクを借りて、人気の少ない防波堤で海を見ていた。


半月が水平線に浮かび上がり、漁火がチラチラと揺れる。最近は未成年者には手に入れにくくなった煙草を一本取り出し、ライターで火を付けた。夜空に白い煙がフワリと流れ出した。


 四月の夜の海沿いはさすがにまだ肌寒く、パーカーの上にGジャンのボレロを着て来て良かったと思いながら首を窄ませパーカーのジッパーを上げた。


 さっきまでこの防波堤で電気ウキを垂らして夜釣りをしていた中年の男性たちが三人帰り支度を始めた。

それを横目に翼にとっては好都合だと思った。


 帰り支度を終えたその男性たちは最後にバケツに入った海水を海に捨てそのまま帰って行った。その男性たちと入れ違うように百メートルほど先にバイクのヘッドライトと見られる灯りが近づいて来た。


 この原付バイクよりは大きな排気音。相手は黒のビッグスクーターに乗って現れた。


「族でもこんなスクーターに乗るんけ?」


 翼は、そう相手を冷やかしながら、吸い掛けの煙草を火が点いたまま海に掘り投げた。


「お使いするのにCBに乗る必要無いやろ?それにCBは潮風に当てた無いしな」


 フルフェイスのヘルメットを脱ぎながら相手が答えた。


「お使い用でこのフェイズか?贅沢やな。このビッグスクーターは高速乗り入れOKやろ?」


 自分の乗っている原付バイクから降りて、相手のビッグスクーターの前にしゃがんだ。


「まぁな。自動二輪の免許いるけどな。お前には免許なんて関係ないやろ。今でも無免許やろ?」


「俺は取る気満々やけど、法が取らせてくれんのや」


 相手はヘルメットをポンポン叩きながら


「言い方もあるもんや。法が悪いみたいや。それより……ハマノが言っていたブツを見せてくれるか?」


 翼は原付バイクの座席の鍵を開け、中から黄色と赤のパッケージのブツを一本取り出して相手に見せた。


「なんや。英語で書いてるさか何かさっぱり分からんわ」


「俺も分からん物なんや。ただ、ええ値で売れるって噂しか聞いて無いからな」


 少し長めの茶髪の前髪をかき上げながら翼は答えた。


「ええ値?どれほどの値か聞いてるか?」


翼はその整った顔に笑みを浮かべながら


「百本で100万って聞いたけど」


「これ……一本一万もするんか?」

 

 相手がそのブツをもう一度マジマジと見ながら、ブツを手の中でクルクル回した。


「それ、一応あんたに渡すけど、あんたが上に見せてから値段聞くわ」


「いい値で良いってことか?」


 翼はもう一度ポケットから煙草を取り出し、火を点けながら


「あんた、今、何を話し聞い取ったんや?一万以下はありえへんからな」


「お前、中学生の癖にええ根性しとるな?族と暴力団を揺する気か?」


 相手が笑い出した。


「そんな気は無いけど?どや、上に一万五千円や言うて値を吊り上げて、あんたもリベート取るか?悪い話や無いやろ?」


翼の提案に相手の顔が急に光り出した。


「分かった。相場は分からんけど……貴重なブツやって事は伝える。それからお前と俺の話合いやな。取りあえず、これは預かっておく」


「あぁ。また、ハマノさん経由で連絡してや」


 相手がバイクのエンジンをかけた。


「分かった。じゃあな」

 

 翼は相手のビッグスクーターのヘッドライトが消えるまでジッと見据えてから自分の原付バイクのエンジンをかけた。


「百本百万か。それ聞いたら、宙……怒るやろな。百万手に入ったら、ええお小遣いや」





 数日後いつものように海に出て砂浜でボードの手入れをしていると、ハマノが原付バイクで現れた。隣で小説を読んでいたミチルがハマノに気付いて怪訝な表情を浮かべた。


 まだ、翼と付き合い出したばかりの優等生のミチルからすれば金髪にピアスを二、三個開けたハマノは受け入れがたい存在だったことは分かっていた。


「デートの邪魔して悪りなぁ」


「あぁ。ハマノさんにはここへは来て欲しく無いな」


「悪い噂しか聞かんお前にしてはやけに真面目な色気の無い女やな」


 そう言いながらハマノがエンジンを切り、ミチルに目を向けた。


「ミチルは大人しいお嬢様やからな。あんまり睨まんといてや」


 翼がそう言いながらミチルの肩に日焼けをした腕を回して抱き寄せた。


「お前かて渡瀬農園のお坊ちゃんやろ?」


「そや。お坊ちゃんとお嬢様で文句ないやろ?」


 ミチルの額に唇を寄せキスを落すと、ミチルは真っ赤になって俯いた。


「その子真っ赤やんか。お前、Sやろ?その子の表情見て萌えとるんやろ?」


 否定せずに笑う翼を上目遣いでミチルが見る。


「それよりなんか用か?」


「あぁ。あのブツの事や」


「ミチル。俺、ハマノさんと話あるさか、今日は家に帰るか?今晩またメールするさか」


「うん。分かった。今夜はお父さん家におらんから電話出来るよ」


「分かった。じゃあ。電話するさかな。ごめんな」


 「うん」


 ミチルは素直に立ち上がって、ジーンズに着いた砂を掃い、家に帰って行った。


「素直やなぁ。どっかのバカな女と違うな?」


 砂地を歩くミチルの後姿を見ながらハマノがそう呟いた。


「あぁ。遊ぶんやったらバカな女に限るけどな」


「そやな。初めて意見合ったな?」


「で?」


「あぁ。大橋さんの事や」


「大橋?この間の族のヘッドの事か?」


「うん。あの人。俺の取り分は四対一の一やって、提示してきた。なぁ翼。少ない思わへんか?」


「安いか高いか俺は分からんけど……あの族のヘッドがその条件譲るようには思えんな」


「そうやろ?でも、俺かて20万は貰わんとなぁ。このバイクかて買い換えたいしな」


「もう少し値を吊り上げるか?別の暴力団組員やったら一万八千出す言われたってそう聞けや。相手は……二万出す言うかも知れんぞ」


翼の提案にハマノが驚いた。


「お前……まさか他の組にも声を掛け取るんか?他の組に流れるんやったら俺らのリベート無くなるやろ?」


「そうやな。俺の気、次第っちゅうことや。そやから早く答え出せぇよ」


「お前……えらい強気やな」


「イヤ強気って言うか楽しんでる感じや」


波に乗る気の失せた翼は帰り支度を終え、ハマノに手を振って砂地を歩き出した。






「翼。この前のあれ、うちの幹部が一万五千円で買う言うてるけど。話、進めてええか?」


 小、中学時代の同級生だった丸岡が声を弾ませてそう言った。丸岡は子犬のように喜怒哀楽の分かり易い男で、なぜか憎めない奴だった。


 肌蹴た派手なブラウスにシルバーの太い鎖状のネックレスが首輪のように見えた。


 土曜日の昼下がり、駅前にあるショッピングモール内のファーストフード店。人が多すぎて、隣の席の声さえ聞こえない。翼にして見れば丸岡の声さえ聞ければそれでいいかとここに呼び出した丸岡を責めなかった。


「一万五千円か。わる無い話やな。どれだけ買うてくれるんや?」


「百本全部買うって言うてる。その幹部がこの前、預かったあのドラッグ、自分の女と試したみたいで、えらい気に入ったって言うてたわ」


「気に入ったてか? そんなに良かったんやろか?」


 翼はチキンを挟んだハンバーガーを頬ぼりながら笑顔を見せた。


 テーブルの向かいに座る丸岡もハンバーグが二枚挟んであるハンバーガーを口にしながら


「仲介料……俺に二十万やるってさ。結構ええお人やわ」


「下っ端のお前に仲介料くれるってか?そりゃ、腹の切れる人やな」


「まぁな。幹部って言うても、組長の一人息子やさか金はあるみたいやし、組長ほど金に固執しとらんみたいや。その上、この前、淀で万馬券当てたって喜んでたしな」


「淀で万馬券?」


「うん。わけ分からんと馬券を買って換金自販機から大枚出て来てびっくりしたって言うてた」


「その人、腹は切れても、頭は切れんようやな。つまり、今はその幹部は金回りええって事やな」


 翼の頭にハマノの顔が過ったが、小学時代から知っている丸岡に少し儲けさせるのも悪く無いと思った。丸岡の嬉しそうな顔には愛橋がある。


 それに比べてあの族のヘッドの大橋は何処か温かみの無い人間に思え、ハマノには悪いが自分としても丸岡の方が信用出来た。


 相手の幹部も面白い人物のようで、それにこの、どこか憎めない丸岡を可愛がってくれている人のように思えた。


 丸岡は昔から何に付けても要領が悪く、翼たちと同じように悪い事をしてもなぜか、丸岡だけが補導されたりして、翼たちグループは高校へ進学出来たが丸岡だけが就職せざるを得なかった。


 卒業と同時にどこかの土建会社へと就職したが一週間で辞めて、今は暴力団のパシリのような事をしている。


「お前が現金とブツの受け渡しを引き受けてくれるか?俺かて、暴力団を信用しているわけじゃないしな。お前以外の組員やったらこの話は無しや」


「分かった。俺が責任持つさか。来週の土曜でええか?」


「ああ。ブツを運ぶのを良輔らにちょっと手伝ってもらうさか、浜に来てくれるか?」


「じゃあ、三時頃に金、幹部から受け取ってそこへ行くさか」


 ハンバーガーを綺麗に食べ終えた丸岡がニコニコ笑いながら席を立った。





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