20.宮廷見学
◆クラン
その日の仕事が終わった後、首領が何気なくこぼした一言で、リーフの顔が凍りついた。
「な、なんだと……?」
「だからよ、城へ行かなきゃならねぇんだよ。あー、式典なんて面倒くせぇ」
ダルそうにおっさんが言うには、「国民貢献者表彰式」とやらで『夢殿』が表彰されることになって、代表者が城に呼ばれたらしい。そりゃ、確かに面倒だな。でも、リーフはそれどころじゃねぇってくらいに動揺していた。
「(お前、知らなかったのかよ?)」
「(最近まで、式典の表彰対象者が決定していなかったのだ。これは……マズいぞ……)」
管轄大臣が式典に出ねぇはずがないし、そんなところでこいつを見たら、ボスがどんな顔するだろうなぁ。ククク、こいつは楽しみだ!
「というより、その日は嫁の命日だから墓参りの方が優先だ。……つーわけでリーフ、お前代わりに行ってこい」
「俺が? いや、それは……」
「ここん中じゃお前が一番落ちついてるし、“それ”っぽい顔してるだろ。ちょっといい服着ていきゃ大丈夫だって」
ケッケッケ、ますますヤバくなってきたぞ。表彰する側のヤツがされる代表になってどうするんだよ。組長、知らねぇとはいえ、ナイスな人選だ!
「(よかったじゃねぇか、リーフ。本場が“それ”っぽく見えてよ)」
「(他人事だと思って……)そうだ」
な、なんだ、このご満悦そうな顔は……ロクでもねぇことを思いつきやがった目だ。
「ウィルド、俺よりクランを行かせてやってくれ」
「はぁ!?」
「こいつかぁ? 顔は百万歩譲るとしても、品ってやつが欠片もねぇぞ」
「国王陛下から勲章を賜るときの対応だけ覚えれば、あとは黙ってじっとしていればいい。すべて俺が教えるし、服も用意しよう」
「お前がそこまで言うならいいけどな。クラン、てめぇ『夢殿』の恥さらしやがったら、生きてここへ戻ってこられると思うなよ」
な、なんでオレがそんな面倒くせぇこと……しかも、シャレにならねぇ命がけで……。
「おい、こら、てめぇ。いくら自分が行きたくねぇからって、オレに嫌がらせかよ」
アパートに帰ってから文句を言ってやったら、リーフは涼しい顔で肩をすくめた。
「とんでもない、その逆だ。この前、おいしいものを食べたいと言っていただろう? 式典の後には立食パーティーがあるから、最高級の宮廷料理を好きなだけ食べられるぞ」
そういや、そんなこと言ったような……こいつ、そういうことだけはしっかり覚えてやがる。
「それに、お前ならば俺が出ても問題はない。考えてみれば、お前以外には無理なのだ」
「まぁ、いっか。お城にも一回行ってみたかったしな。ついでに、いつもえらっそうなお前の仕事っぷりを見てやるよ、大臣閣下」
「……頼むから、バカな真似だけはするなよ」
リーフの顔が心の底から情けなそうになった。今さら後悔しても遅いぜ。どうせ他に選択の余地はねぇんだから、日ごろの嫌味の仕返しをたっぷりしてやる。
当日の朝、鏡の前に立ったら、思わず目をこすっちまった。
「うわー、すっげぇいい男」
リーフがわざわざ寸法を合わせて用意した高級スーツを着て、髪をきれいに整えたら、オレとは思えねぇオレになった。やっぱ土台がいいからなぁ。
「なぁなぁ、これで貴族のお嬢さん方に言い寄られたらどうするよ?」
「どうしたら、そんなくだらない心配ができるのだ……。お前はくれぐれも余計なことをしゃべらず、ただ立っているだけでいいのだ」
「へーい」
リーフの車に乗り込んで、初めての宮殿見学に出発だ。丘を登っていくと、遠くからでもよく見える城門がどんどんバカでかくなってきて、目の前に立ったら見上げるのに首が痛い。敷地に入っても前庭が広すぎて、城はまだずーっと先だ。
「式典は夕方からだ。俺は省の仕事を片付けていくから、お前は自由に……」
「お、どこ行ってもいいのか?」
「……いや、やはり俺と来い」
宮殿を荒らされるよりは仕事の邪魔になった方がマシとあきらめたリーフは、今日何回目かわからねぇため息をついた。城の横にある各省の棟まで歩く間中、とにかくじっとしてろってうるさいのなんの。オレはガキじゃねぇっての。
「お〜、ふっかふかの絨毯だ! なんだ、この薄汚い壷? あのシャンデリア、ウチの家賃何ヵ月分だろうなぁ」
「うるさい」
夢境省の大臣執務室に閉じこめられて、ここでなら何をしていてもいいって言うから、いろいろいじってやった。壁や扉で仕切られているけど、執務室っていう部屋自体が並の家よりでかい。リーフは山積の文書を机いっぱいに広げて、むずかしい顔をしながらペンを走らせている。そういや、アパートでもこいつの仕事を見たことはほとんどなかったな。
「お前、ほんとに大臣やってるんだなぁ」
「でたらめだと思っていたのか?」
「いんや、そういうわけじゃねぇけどさ」沈みそうに柔らかいソファーで肩をすくめた。「普通、そんなお偉いさんが、あんなおんぼろアパートになんかいねぇだろ? だからなんつーか、やっぱお前はこっちの人間なんだなぁ、ってな」
「……。良くも悪くも、ここから逃れることはできないからな」
「でも、お前は町へ出たじゃねぇか。自分で」
「あぁ。おかげでいろいろなことを体験した。苦労も増えたがな」
「ん? なんか苦労することがあったのか?」
リーフは遠い目をして、何も答えずに仕事に戻った。
書類の束を片付けて、電話で確認をして、何度も読んだぶ厚い資料に判を押す。真剣な顔で次々に仕事をさばいていく姿は、あのやかましいシアでさえ黙るくらい威厳がある。ずっと一緒に町で暮らしていたら忘れちまってたけど、こいつは本来“あっち”の世界のヤツなんだってことを今ごろ思い出した。本当なら、オレなんか口を利くこともできねぇんだよなぁ……。
「何をじろじろ見ているのだ。気持ち悪い」
あぁ、いくら偉くても、やっぱこいつはムカつくわ。
「閣下、よろしいでしょうか?」
部屋の外からノックと女の声がした。リーフが隣の続き部屋に隠れるように目で言って、オレが戸を閉めたと同時にそいつが入ってきた。
「話し声が聞こえた気がしたのですが、お客様ではなかったのですか?」
「電話だったが、もう終わった。それでカリーナ、法案修正の調整報告書はできたのか?」
「はい、こちらです」
戸の隙間からこっそりのぞいたら、カリーナっていう美人の姉ちゃんが、辞典みたいにぶ厚い資料の束を渡していた。姿勢正しくきびきびしていて、表情はリーフより硬い。仕事のできる女って感じだな。
「ふむ、細かいところまでよくまとまっているな」早っ! もう読んだのか? 「しかし、責任体制が少し曖昧だな。第三項と七項の任命権限者を国王にして、十項の監査をウチにまわしてくれ」
「お言葉ですが、現在でも閣下のお仕事量は膨大なものなのに、それではまたご負担が増えてしまいます。この件の責任を負われるのならば、せめて七項の権限をお持ちになってもよろしいのでは?」
「この重要な決定を王が下さなければ、組織体勢を無視することになる。まぁ、首が回りかねているということは否定できないがな。それはわたしの力不足だ」
「いいえ、世間では夢境省は閑職だと言われようとも、閣下はどの閣僚方よりも熱心に取り組まれております」
「世間がどう思おうと構わないさ」
リーフは笑って肩をすくめた。仕事のことはわからねぇけど、あいつの責任感はいつも半端じゃねぇ。なんでもひとりで抱え込もうとして、実際やってのけるだけの力もある。オレを隠したってことは、あの姉ちゃんはリーフが町に出ていることを知らねぇみたいだけど、町に出ていても自由な生活をしていても、宮廷の仕事を放り出したことは一度もないことは、オレが保証してやる。
「閣下はこれほどの力をお持ちなのに、なぜもっと表に出ようとなさらないのですか。この前の水族館建設の件も、民間と政府の協力体制を作り、漁業や水質環境も守れたのは、閣下の原案があってこそです。それなのに他の方々には、会議の場で提議された国王陛下のご功績としか思われていません。市民も陛下を称えるばかりで……閣下のお力が評価されないのが、私は不満でなりません」
「カリーナ、わたしのことを案じてくれるのはありがたいが、政治や組織は感情ではないのだ」
「ならばなおさら、無礼を承知で申し上げますが、陛下はお優しすぎて、政治には向いておられないのではないでしょうか」
「優しさや気遣いは簡単に得られるものではない、それこそ陛下の王たる最大の資質だ。厳しさや理屈など、まわりがいくらでも補える」
「なぜ、そこまでして陛下を立てられるのですか。ご自分を犠牲にしてまで」
「これは犠牲などではない。そうだな……もしも、わたしが野心家で、自分の功績をそのまま全面に出したらどうなると思う?」
「国民は閣下を称え、支持します。功績に対して、それが当然の評価です」
「わたしだけでなく、他の者でもそうなるだろう。そういう者たちに支持が集まれば、王への信頼が揺らぐ。柱を失った国は新しい柱を濫立して、やがては麻のように乱れて分裂することになる。だからわたしは、あくまで裏方でなければならないのだ。そして柱が狂わないよう、常に正しく導いていくのが、わたしの役目だ」
「そのためには、軽んじられ疎まれてもよろしいとおっしゃるのですか」
「それが臣下たる者の務めだろう。宮廷では、わたしは邪魔者扱いされ煙たがられているが、その結果、弱体だと懸念されたアルベール王陛下への支持はどんどん大きくなり、今や古参の閣僚も陛下の存在を見過ごせないほどになった。わたしの役者ぶりも大したものだろう?」
「……」
姉ちゃんは、それでも不満そうに黙り込んだ。リーフのヤツ、わざと自分で憎まれ役を買って出ていたのか。先月だって暗殺されかけたくせに、そこまでして国を守ろうとしているのも、ただの義務なのかよ。姉ちゃんと同じで、オレもとても理解できねぇな。
でも、リーフの責任感は本物だ。オレ、王とか貴族とか身分制度は嫌いだけど、ただ贅沢して威張り散らしているだけじゃないヤツもいるってことを、あいつを見て初めて知った。
その後もむずかしい話が続いて、まだまだ時間がかかりそうだったから、こっそり外へ出ていった。せっかくこんなところへ来たんだから、城中を見学していかないともったいねぇだろ。廊下ですれ違った貴族連中が軽く会釈して、お嬢さん方はにこやかに微笑んでいく。誰も不審に思ってねぇみたいだ。へへ、やっぱオレって馴染んでる?
「……あれ? こっちじゃなかったっけ?」
壁の絵や装飾なんかを見ながら歩いていたら、気付いたときにはどこにいるのかわからなくなっちまってた。窓から見える光景は、最初に通った前庭と全然違う。そもそもどっちから来たっけ? まいったな、軽く迷子だぞ。
「見慣れない方だが、どなたかな?」
お、ちょうどいいところへ人が通りかかったな。オレより年上っぽいけど若いし、優しくてしゃべりやすそうだ。こいつに訊いてみよう。
「夕方の式典に来たんだけど、城ん中見てまわってたら迷っちまってさ。夢境大臣の部屋ってどっちかな?」
「あそこへ行ってどうするのだ? 式は祭典の間だぞ」
あ、ヤベ……。「いや、その、リーフに……じゃなくて、大臣閣下にご挨拶、とか?」
自分でもかなり苦しい言い訳をしていたら、男は少し考えて、思いついたように笑った。
「そうか、そなたがリーフの友人なのだな。心配しなくてもいい、わたしも彼が町に出ていることは知っている」
「そうなのか? よかったぁ。うっかり洩らしちまったかと思ったぜ」
「これを知っているのは、わたしだけだ。そなたも彼の秘密を守ってくれていたのだな」
「あんたは知らねぇだろうけど、あいつの嫌味ははっきり言ってすごいぜ? あれを毎日聞かされてみろよ、バラしてやりたくもなるんだけどな。あいつもいろいろ大変みたいだし……って言うか、本当にバラしたりなんかしたら殺されるっての」
「ははは、彼がそんなことを言うとは知らなかったな。わたしも今からあそこへ行こうとしていたところだ。一緒に行く間、他にも話を聞かせてくれないか?」
貴族ってのは、もっと鼻持ちならねぇお堅い連中ばかりだと思ってたのに、こいつは結構いいヤツみたいだ。笑顔で嘘をついてる可能性もあるけど、なんつーか、シグルドみたいないやらしい感じがしない。オレだって充分怪しいのに、向こうから秘密のことを言っただろ? あとはオレの勘だ。リーフとは違った意味で、オレも人を判断しなきゃ生きていけねぇ世界にいたからな。
リーフのことを知っているヤツは初めてだから、遠慮なくなんでもしゃべれた。アパートでの生活のこととか『夢殿』の仕事のこととか話してやったら、男はおもしろそうに聞いていた。こいつも外に憧れているのかな。案外、宮廷ってのは変わり者が多いんだな。
「最近リーフが穏やかになって、笑顔が増えた理由がわかった気がするな」
「そうか? ってか、あいつ、あれで笑ってるのかよ」
「わたしも、ずいぶん彼に助けられている。彼が君に助けられているようにな」
「オレは何もしてねぇよ。気休めになってるっていやぁ、エリィちゃんだろうな」
「それは、どのようなご婦人なのだ?」
「ちょっと人見知りするけど、優しくておっちょこちょいで、控え目なのに手際がよくて……あ、でもすごいんだぜ。リーフの皮肉を言い返せるのは、エリィちゃんだけだからな。あいつもエリィちゃんにだけは頭が上がらなくてよ」
「そうか。わたしもいつかお目にかかりたいな」
「あんたもよかったら、たまには町へ来いよ。オレがいつでも案内してやるぜ?」
「そうだな。できることなら……」まぁ、そう簡単にはできねぇんだろうなぁ。「あぁ、着いたな。あそこの扉だ」
「そうだ、あれだ、あれ! いやぁ、助かったぜ」
「わたしも楽しい話を聞かせてもらったよ」
一緒に入っていったら、またあいつ怒るかな。でも、知り合いだったらいいか。
「リーフ、仕事の邪魔をしてすまないな」
「わざわざこちらにおいでいただかなくても、お呼びくだされば……」
あわてて立ち上がったリーフの目が、後ろのオレを見て固まった。
「クラン、なぜお前がそこにいるのだ……」
「あー、その、いろいろあって……大丈夫だよ。こいつ、お前のこと知ってるんだろ? 途中で会って、連れてきてくれたんだ。いいヤツだよな」
「お前、なんという口の利き方を……!」
「ん? こいつ、そんなにエラいヤツなのか?」
「当たり前だ! こちらはアルベール王陛下なのだぞ!」
……。……。……へ?
「うおおぁっ! あ、あんた、王様だったのかぁ!?」
びっくりしてひっくり返っちまったよ! オレ、普通にタメ口だったぞ!
「申し訳ございません。連れが、とんだご無礼を……」
「構わん、わたしが言わなかったのだ。クランといったか? 普通にしていてくれ」
「後でよく言い聞かせておきます」
「気にするな、リーフ。そなたの話をいろいろ聞かせてもらったよ。よい者に出会えたな」
「へへ、まぁな〜」
「お前、まだ……!」
「王様がいいって言ってんだから、いーじゃねぇか。なぁ?」
「はっはっは! これほど親しく話したのは、リーフ以外で初めてだ。なんだかわたしも仲間に入れてもらえたようで、うれしいな」
「別にこれくらい普通だろ。暇してたら、また遊びに来てやるよ」
「お前というヤツは、なんという礼儀知らずな……」
王様の手前、ぶち切れることもできねえリーフは、思いきりにらみつけていた。か、帰ったら殺されるかも……。
「悪いが、少し仕事の話をするのでリーフを借りるぞ」
王様って、もっと怖い顔したじいさんだと思ってたのにな。いちいちオレなんかに断りまで入れて、リーフと打ち合わせを始めた。うーん、親しみやすいというか腰が低いというか。カリーナって姉ちゃんも怒ってたように、後者の方にとれば、そりゃナメられるわな。でも、もし厳しい王様だったら、オレはとっくに打ち首モノだ。
「そろそろ時間だな。わたしは着替えて準備をしてくるから、また後で会おう」
「またなー!」
王様が出ていって扉が閉まった瞬間、背中に強烈な殺気が突き刺さった。
「……クラン」メ、メチャメチャ怒ってる〜! 「貴様、不敬罪で一度首を落とされないとわからないようだな」
「い、一回でいいかな?」
「俺に恥をかかせて怒らせた罪を入れると十回でも足りん」
「わ、悪かったよ。一週間、食事当番とそうじをするからさ。な?」
「一ヶ月だ」
即答で問答無用に断言されて、オレはおとなしくうなずくしかなかった。でも、その後のご満悦そうな笑みには、明らかに確信的な毒がある。……王様、いくら笑顔が増えたからって、これは勘弁してくれ。
「おや、ご機嫌よう、クラウス伯」
今度こそおとなしくすると誓って祭典の間までついていったら、途中で変な貴族たちに絡まれた。三人とも気持ち悪いほどにこやかで、真ん中の男の甘ったるい声は鳥肌モノだ。
「ご機嫌よう、ホーキンス殿」うぉ、リーフがこんなさわやかな微笑みをできるのかよ。「先日は世話になりました」
「なんのことですかな?」
「貴殿の“ご友人”は足が速くて大変でした。鬼ごっこなど、ずいぶん久しぶりのことでしたので」
「はっはっは。楽しんでいただけたのなら何よりですな」
これって、こないだの遊園地での暗殺未遂事件のことじゃねぇのか? おいおい、どっちもすげぇ笑顔だよ。しかも遠まわしな言い方なのに、ちゃんと話が通じているらしい。オレだけが怒っていいのか驚くべきなのかおろおろしていたら、右の太っちょが目をつけてきた。
「こちらの方はご友人ですかな?」
「いえ、式典に招かれたお客様ですよ。先ほど迷っておられたので、ご案内しているところです」
「それはまた、ずいぶん遠いところまで迷い込まれましたな」
「さすがは天下の王城、これだけ壮大ならば一般庶民は迷っても仕方がないでしょう。ハッハッハ!」
「我らは多忙ゆえご一緒することはできませんが、クラウス伯にゆっくりお相手なされてください。では」
暇な伯爵さまと貧乏庶民に丁重に会釈して、お忙しい三人組はさっさと行っちまった。
「なんだ、ありゃ。ムッカつくなぁ」
廊下の角を曲がって見えなくなってから舌出してやったら、リーフもやっと笑みを消してため息をついた。
「これくらいはまったく普通だ。この程度で反応していては身がもたん」
「お前もなかなかなの役者だったぜ」
「この世界にいれば、嫌でもあぁなる。感情を出せば失脚するか、でなければ発狂するかだ」
誰も信用できねぇ、嘘と裏切りの世界……それはオレも知り尽くしている。でも自分を作らなくてもよかっただけ、オレの方がマシだったのかもな。
「お前もいつか、何にも考えなくても普通に笑えるようになるさ」
「クラン……?」
「王様もうらやましがってたぜ? んー、よろこんでたっていうのかな。お前、最近変わったって」
「誰かのおかげでな。特に、あきれたり怒ったりする感情を覚えたよ」
……あと、嫌味もな。
「また町へ戻ったら頼むぞ、相棒」
「おう、任せとけって」
「ふむ、これで安心だな。食事当番とそうじに気合いが入っていて何よりだ」
「……」
こいつ、どこまで本気でどっからケンカ売ってるのか、二年も相棒やっててもまるで読めねぇ。でも、なんでだろう。ムカつくのは同じだけど、さっきの貴族連中とはなんかが違った。
お偉方がズラリと並んだ祭典の間は、でっかいキラキラのシャンデリアがぶら下がった天井が十メートル以上もあって、赤いじゅうたんの先の壇上に王様がスタンバった。
貧困街に学校を建てたおもちゃ会社やら、世界的に活躍している芸術家やら、白死病の研究者やら、いろんな分野の功労者たちが表彰されている。待ってる間、あくびを我慢するのがこんなに拷問だとは思わなかったけど、呼ばれたら呼ばれたでこれまた大変だ。歩き方とか勲章の受けとり方とか、リーフにいろいろ教え込まれたのもさっぱりわかんねぇまま、我ながらぎこちない行進になった。
「これからも、よろしく頼むぞ」
壇の上で形式的な文句をひと通り言った王様が、誰にもわからないいろんな意味をこめてささやいた。勲章を渡すために横に出てきた管轄大臣も、ほんの一瞬だけ目でうなずいた。オレも二人に目で応えることしかできなかったけど、ダチにはそれで充分だった。