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夢人〜Dreamer〜  作者: chro
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19.遊園地

◇リーフ



 最近、シアの機嫌が悪い。夜はもう二週間以上も毎日たて続けに夢解(ゆめとき)が入って、昼間はもうすぐ始まる重要な会議の資料を片付けているから、相手をしてやる暇がまったくなかった。夢に入る精神消耗は数時間走る体力疲労よりも厳しく、クランもかなり疲れている。昼間の留守番は俺が外に出るのを禁じているから、シアは相当退屈しているらしい。

「ねーえー、リーフ。あそぼーよー」

「今日も忙しい。また後でな」

「まだおしごとぉ? じゃぁ、おそとにいってもいい?」

「危険だから駄目だ」

 遊び盛りの子供を部屋の中に押し込めておくのは、そろそろ限界だな。自分がこれくらいの年齢のときには、もうあらゆる教育でいっぱいだったが、シアにまでそれを押し付けるつもりはない。彼女はクラウス家の使命に縛られているわけではないし、何より自由に育ってほしいと思っていたのだが……これでは、俺も父上と同じだな。

「よし、それでは次の休みには、どこかへ遊びにいこう」

「わぁ、ほんと!? じゃぁ、ゆうえんちがいい! おっきいかんらんしゃと、ジェットコースターのあるところ!」

「わかった、調べておこう。だからそれまでは、おとなしくしていてくれ」

「やったぁ! ゆうえんちだぁ!」

 こんなに笑った顔を見たのも、久しぶりかもしれないな。広くない部屋で限られた遊びしかできず、俺も満足に遊んでやる時間もとれないのだから、せめて屋敷にいた方が召使いやメイドが遊び相手をしてくれると思うのだが、シアはそれでもここにいたいと言い張った。じいが聞いたら泣くぞ。

 しかし正直なところ、俺はそれを聞いたとき、なぜかほっとした。クランと三人で食事をする時間でさえ、最近では心が落ちつくのを感じる。以前じいが言っていた、「家族」というものとは少し違うのかもしれないが、気を使う必要もない純粋な笑いに癒されていることには疑いようがなかった。

「……あと、ひと息だな」

 昼と夜の仕事を同時にこなすことには慣れても、両方がこれほどの量で重なったのは初めてだ。このところ三時間も寝ていない日が続いていたせいか、軽い目まいを覚えたが、数十分だけ仮眠をとって、すぐにまた続きに取りかかった。


 シアと約束をした四日後、ようやく翌日に休みを取れることが決まった。さっそく教えてやると、シアはじっとしていられずに部屋中をぴかぴかに掃除するほどよろこんだ。

「オレは寝る……今までのぶん一日中寝てやるぞ……」

 休みともなれば、いつも決まってどこかへ外出していたクランが、疲れ果てた顔で誰にともなく宣言していた。俺も身体が重くて仕方がないのだが、この程度の疲れ、少し寝たらすぐによくなるだろう。

「こんにちは」

 休暇当日の朝、出発の時間に客が来たと思ったら、意外にもエリィだった。

「どうした? 俺は今から出かけ……」

「あっ、おねえちゃん! まってたよ!」

 夜明けのころから起きていたらしいシアが、いつにも増してハイテンションで駆けよってきて、戸口でエリィに飛びついた。『待ってた』……?

「遊びに行くから一緒に行こうって、昨日シアちゃんに誘われたんですけど……」

「うん! リーフがね、おねえちゃんもいっしょにいきたいっていってたの。ねー?」

「なっ……」シアの満面の笑みは、完全な確信犯。「まぁ……せっかくだから、一緒に行くか」

「ありがとうございます。ふふ、遊園地なんて久しぶりだわ」

「わーい、おねえちゃんといっしょ! いっしょ!」

「待て、シア。どういうつもりだ」

 エリィに続いて車に乗り込む前に、シアを捕まえて小声で問いつめた。

「だって、おねえちゃんといっしょに、あそびたかったんだもん。あたしとリーフとおねえちゃんと、三にんでいったらたのしいよ」

「しかし、俺や彼女の都合というものもあるだろう。勝手なことをするな」

「リーフ、おねえちゃんのこと、きらいなの?」

「……」まっすぐな瞳に、嘘はつけなかった。「もしそうならお仕置きだったぞ」

 きょとんとするシアの頭をくしゃくしゃにして、車に押しこんだ。まったく、彼女にはかなわないな。


 リシュトの南地区にある遊園は、休日でもないのに大勢の客がいた。途中の車の中でもしゃべりっぱなしのシアは、ついたとたんに走りだして、まっ先にジェットコースターに乗ると言い出した。おいおい、回転しているぞ? こんな物騒なものに……本気か?

「そうだ、お前はまだ乗れないだろう。年齢制限がある」

「あ、でも保護者同伴ならいいみたいですよ?」

 余計なことを……とにらんだら、エリィは涼しい顔で笑って見送った。シアに手を引かれ、もはや逃げることもできず、大陸最速十連続回転に乗せられることとなった。め、目が、回る……こんな気持ちの悪い乗り物は、夢でも体験したことがない。

「おっもしろかったぁ! ねーねー、もう一かい!」

「勘弁してくれ……」

「シアちゃん、今度は私とあれに乗ろうか?」

「うん! おうまさん!」

 エリィが一緒にメリーゴーラウンドへ行ってくれたおかげで、やっと息をつくことができた。考えてみれば遊園地など初めての俺は、早くも疲れて、ベンチに座って平衡感覚を取り戻そうとした。

 ……だが、そのとき、不意に誰かの視線を感じた。

 ただ一人俺がここにいるのを知っているクランは、アパートが爆発しても寝返りも打たないくらい熟睡しているはずだ。誰か、俺の正体に気付いたのか? いや、そもそも宮廷での俺を知っているような人物が、こんなところにいるはずが……まさか。

「お待たせ、リーフさん。あ、まだ顔色よくないけど、気持ち悪いですか?」

「いや、もう大丈夫だ」

 エリィ達が戻ってくる前に、視線は人ごみに消えていた。二人に気付かれないように平静を装って歩きながら、周囲への警戒を強めた。

 刺客に狙われることは、今に始まったことではない。むしろ政治の世界、貴族社会では日常の出来事だ。町に住んでからは、かなり少なくなったとはいえ、たまにこうして外出すると襲われることがあった。これまでは脅しやけん制の意味合いが強かったが……今、俺が主導で動かして検討している法案は、反王党派にとっては大きく勢力が削がれるかもしれない重要なものだ。いくら小心者とはいえ、今度こそ思い余った手段にでないとも限らない。しかし、今は……。

「次はあのゲームをしましょ。シアちゃん、勝負!」

「しょうぶ! いこ、おねえちゃん! リーフもはやく!」

 せめて、今日だけは襲ってくれるな。俺の問題に彼女たちを巻き込むことだけは、なんとしても避けなければならない。護身用の銃をふところに確かめて、できるだけ人ごみの中にいるようにした。

「ねぇ、あれ! みんなでのりたい!」

「観覧車、か……」密室は動きにくいのだが、しかし……。

「ここの観覧車は大陸一大きいんですって。行きましょ!」

 二人が楽しそうだし、こんな目立つ場所で仕掛けてはこないだろう。そう判断したときには、すでに引っぱられて列に並んでいた。

 この遊園地の目玉である観覧車は、夕暮れの光の中で色とりどりにライトアップされた。ちょうど乗り込んだとき、アトラクションの花火が上がって、すぐそばの海を観覧車のネオンが、暮れた空を花火が彩った。やけに花火の音が大きく聞こえると思ったら、一日中はしゃぎすぎたシアが、乗ってすぐにうとうとしていた。

「きれい……」

 エリィが窓に張り付くように眺めている。いつも店で見ているエプロン姿とはまったく違う、子供のように無邪気によろこぶ横顔に、俺は花火より見とれてしまった。

「今日は一緒に連れてきてくれて、ありがとうございます」

「すまなかったな、シアのお守りをさせてしまって」

「ううん、とっても楽しかったです。リーフさんとなら……」エリィはいきなり首を振って言葉を変えた。「今度、お礼にコーヒーをご馳走しますね。とびっきりおいしいの」

「それは楽しみだな」

 それからなぜか二人とも黙りこんでしまって、落ちつかない沈黙が続いた。ひざに寝かせたシアの髪をなでながら、エリィは視線をさ迷わせている。

「あの……リーフさんは楽しかったですか? 私がお邪魔しちゃったけど」

「あぁ、シアが喜んでいたからな」それが理由か? シアを利用した言い訳ではないのか? あぁ、そうだ、わかっている。「お前が来てくれて、よかった」

「シアちゃんの面倒なら、いつでも言ってくれたら……」

「そうではない」そうではなくて……。「俺が、お前とこうしていられることが、うれしいんだ」

 互いの瞳が絡まって、その奥にある炎に囚われてしまった。そこに引きずりこまれるように、ひざが当たる狭い距離が少しずつ縮まっていく。彼女に触れたい、という自分の気持ちに逆らうことなく肩に手を置くと、かすかに震えるエリィが目を閉じ……

「きゃっ……!?」

 わずかに唇が触れた瞬間、突然かごが大きく揺れて現実に引き戻された。観覧車が止まったようだが、事故か? それとも……。

「――!」

 素早く下を見まわすと、人ごみから少しはずれた広場の木の陰に光るライフルを見つけた。しまった……!

「ここで待っていろ。シアを頼む」

「え? 何を……リーフさん!?」

 ドアを無理やり開けたら、屋根に銃弾がかすめて鋭い音がした。早くここから離れなければ。エリィ達を巻き込むわけにはいかない。

「やめて、リーフさん! 故障ならすぐに直るわよ!」

「残念だが、故障ではないようだ。お前はここにいろ」

「これは夢の中じゃないのよ! 落ちたら死んでしまうわ!」

「夢でも現実でも、自分を信じていれば大丈夫だ。心配するな、すぐに戻る」

 お前たちを守らなければならないと、守れると信じるからこそ、地上百五十メートルから鉄塔を伝って下りるなんて芸当もできるのだぞ。すぐ足元や顔のそばで火花が飛んでも、俺はためらうことなく下りていった。どうやら狙撃手は一人らしく、中心の鉄塔の中をくぐっていけば、なかなか弾は届かなかった。

「っ……!」

 半分以上降りたところで、また観覧車が動きだした。まだ制御室に仲間がいたのか。もう少しだと油断していたせいで足を滑らせ、危ないところでつかまった。夢ではない、か……確かに、落ちたらただでは済まないだろうな。それでも俺は、まだ死ぬわけにはいかない。

「キャーッ!」

 今さら気付いた地上の客が、片手でぶらさがる俺を指さして叫んだ。人の目に触れたら困るのは、刺客だけでなく俺も同じだ。後でこの騒ぎをもみ消す面倒を思いながら、思いきって眼下の箱の上に落ち、そのまま地面へと飛び降りた。

「待て!」

 互いのために人のいない方向へ走る刺客と俺は、混乱する人ごみからうまく姿を消した。走りながらふり向きざまに何度か発砲され、いつ当たってもおかしくない距離で追いつめる。遊園地の裏手まで来たところで、俺もふところの銃を抜き、足を撃たれた刺客が前のめりに倒れた。だてに毎日、命を賭けた仕事をしているわけではないのでな。

「誰の差し金だ」

 今回は脅しではなく、本気で命を狙っていたようだ。足を押さえてうずくまる刺客から銃を奪い、答えるはずがないと思いながらも一応訊いてみた。

「反王党派の誰かだろう。いや、派閥そのものの総意か?」

「オレは何も知らん!」

「言いたくなければ構わん。警備隊にゆっくり調べてもらうまでだ」

「くそっ……!」

「まさか、このまま帰りたいわけではないだろうな。暗殺に失敗して、しかもあれだけの騒ぎを起こしておいて、彼らが生かしておくとでも思っているのか?」

 刺客は言葉を失い。抵抗をやめた。

 それから連絡をするまでもなく警備隊が駆けつけ、すでに取り押さえられていた制御室の犯行仲間とともに狙撃手の身柄を引き渡した。分隊長に身分を明かして、とりあえずその場は取り繕ってもらったが、帰ってからの裏工作を考えただけで頭が痛い。また、じいに怒られるな。

「リーフーッ!」

 よかった、シアとエリィも無事に出られたのだな。

「どこいってたの!? ねているあいだにいなくなっちゃうなんて、ヒドいよ!」

「本当です! あんな危ないことをするなんて……リーフさん?」

 あぁ、安心したら急に力が抜けて……真っ暗になって……。

「どうしたの!? しっかりして!」

 二人の声を遠くに聞きながら、唐突に意識が途絶えた。


「リーフさん……」

 声が、聞こえる……優しい……とても安心できる声。これは……。

「エリィ……?」

 目を開けると、心配そうにのぞき込むエリィの顔があった。彼女がここにいる、とわかっただけで、ここがどこなのか、自分がどうなったのかもわからないのに、この瞬間が心地よくさえ感じられた。

「あぁ、目が覚めたのね。わかる? リーフさん、遊園地で急に倒れちゃったのよ。あれから二日間、ずっと眠っていたの。お医者さまは過労だっておっしゃってたわ。このまま起きなかったらどうしようって……よかった……」

 そうだったな……俺としたことが、過労などで倒れるとは。ようやく目の前が明るくなってきたところで、何かが落ちて顔を濡らした。……それが涙だとわかるまでに数秒かかり、それが誰のものなのかがわかって胸が痛んだ。

「心配をかけたようだな」

「心配しなくてもいいって言ったくせに、観覧車から飛び出したり急に倒れたり……心配するに決まってるじゃないですか」

「ほう、そんなに気にしてくれていたのか」

「あ、当たり前でしょ!」

「ふっ、俺はそんなに信用がなかったかな?」

「そうじゃなくて、私がどんな思いでいたか……っ!」

 無意識のうちにエリィの腕をつかんで引き寄せ、俺の上に倒れこんだ彼女を横になったまま抱きしめた。

 俺を狙う者は多いから、今まで誰にも弱さを見せるわけにはいかなかった。いつもなんでも平然としてこなしてきたことに疑問などなく、それが当然だと思っていたのに……なぜ彼女がそばにいると、こんなにも弱くなってしまうのだろう。どうして、それが心地いいと感じるのだろう。エリィは顔をうずめたまま、固まったように動かなかった。

「……すまない」

「心配かけたこと? それとも……こうしていること?」

「お前を……泣かせたこと……」

 駄目だ、意識がぼやけてくる。まだ体力が戻っていないようだな……。

「また、眠るから……もう少し、こうして……くれ……」

 小さくうなずいた腕の中の温かさを感じながら、安心して眠りに落ちていった。この後また丸一日眠ってしまっていた間、ずっとそばで柔らかい光が包み込んでくれている夢を見ていた。起きたら三百パーセント溜まりにたまった仕事が待っているから、せめて、今だけは……。


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