第5話 生放送後の男
「柳楽さん!!!高崎 華アナウンサーとの箱根二人旅ロケ決まりました!!!」
「え?」
二人旅ロケ...?それも高崎アナと?
え、何で...。いや、本当に何で...。
あの悲惨すぎる結果から、どこがどうなればそうなるの?
「.....」
でも、今、俺の楽屋に勢いよく入ってきたマネージャーの桐谷さんの表情的に、嘘をついているようには到底見えないし、そもそもこんな嘘をつく理由も彼女には無いはず。と言うか、何だその屈託のない笑顔は...。毎回思うが、何でいつもいつも、そんなにキラキラとした眩しすぎる笑顔を俺に向けることができるんだ...。素直だし、真面目だし、何事にも一生懸命。もしかして、あなたは朝ドラのヒロインか何かなのか...?
そして、俺、柳楽雄大がそんなことを考えながら頭の上に?を並べていると、目の前の彼女の小さな口がまた動き出す光景。
「あと、大変申し上げにくいんですけど、今撮ってるドラマ、撮影中止になりそうです」
いや、は...?
「え、本当に言ってる?」
いや、本当にちょっと頭がおかしくなってきた。脳内が次々と聞こえてくる予想外の情報を処理できずにぐるぐるとしてきた。
確かに、さっきの俺の生放送での大惨事で、今後の仕事の心配は死ぬほどしていたところではあるし、今撮っている俺のドラマの出番とかにも影響はあるかもとは思ってはいた。思ってはいたけど、本当にそんなことになる?いや、予想を超えてきた...。越えすぎだ。
俺、主役の代役として急遽出ろって言われた番組に善意で出た上に、全く得意ではないダンスを必死に踊って、番組の無茶振りにも何だかんだで頑張って対応して、その結果が、ド、ドラマの撮影中止?
あまりにも、ひどすぎないか。
俺が一体、何をした。いや、確実に何かはしてしまったんだけど。
だとしてもだ、撮影中止はやりすぎだろ...。
周りにも甚大な迷惑をかける上、これ下手すれば、このまま芸能生活が終わるだけではなく...。
「.....」
駄目だ。冷静になればなるほど、頭が色々と理解してくる。そして、真剣に吐き気がしてきた。
人間、堕ちる時は一気に落ちるというけれど、あの週刊誌の暴露砲を皮切りにこの数日で俺もありえないぐらいに一気に....
マジでどうするんだこれ。
とてつもない不安に襲われる俺は、思わず頭を抱えてしまう。
「え、柳楽さん。どうしました。だ、大丈夫ですか?え、あ、そうだ。サンドイッチでも食べますか?」
いや、桐谷さん。
いくらその机の上にたくさん置いてあるのが目立っているとはいえ、今はサンドイッチではない。君がふざけているわけではないことをもちろんわかってはいるが、百歩譲って、今すすめるなら隣に置いてある水だろ...と俺は思う。そう。この感じの人間にこんな肉厚で重厚感のあるカツサンドはどう考えても厳しいだろ...。何か、金粉まで乗ってるし...。
てか、ここって元々は爽やか王子用の楽屋だよな。
あいつ、いつもこんな豪華な食べ物が用意されているのか。凄いな。
でも、本当にこれはきつい。普段はなるべく俺も大人として仕事の役以外ではネガティブな感情は表には出さない様に心がけてはいるものの....さすがにこれは。だって、撮影中止...。
「桐谷さん...」
「は、はい...」
一体、いくらぐらいなんだ。
「違約金ってどれくらいかかるんだろう」
そう。最悪の場合、このまま同じ様なことが連鎖して、事務所には莫大な...。
「え、違約金?」
「うん。違約金。俺のせいでドラマが中断することにやり発生する違約金...」
「へ?」
何だ。彼女のその鳩が豆鉄砲を食ったような顔は。
下手をすれば打ち切りまであるんだぞ...。
「ぷっ、いつになく深刻な顔をしていると思えば何を言ってるんですか。ドラマの中断の理由に柳楽さんは全く関係ないですよ」
「え?関係...ない?」
「はい。ドラマの中断は主役の神宮寺さんがお酒に酔って女性に暴行したことによるものですので」
「へ、あの、爽やか王子が?」
「はい。あの爽やか王子が」
へ?どういうこと。あいつが、お酒に酔って女性を殴った?
「.....」
え?確か、今回のドラマの台本に
『俺は女に手をだすような屑だけは何があっても絶対に許せねぇんだよ』
とか言って、あいつが俺の顔面を思いっきりぶん殴る結構重要なシーンのセリフがあったような気がするんだけど...。
「.....」
そのあいつが、いくら酒に酔っていたとはいえ、女性を思いっきりぶん殴ったの?
それはやばいな。やばすぎる。笑えないぞ、おい。最低かよ。
確かに、あいつは主役のくせに収録の時間に当たり前のように遅れたり、酒の匂いを漂わせながら現場に現れることがあったり、共演の女優さんを場所も考えずにグイグイと口説いたり、俺らみたいな俳優のことを明らかに舐めていたりと、個人的にはかなりいけ好かない奴ではあったけど、まさか、まさかここまでのバカだったとは...。
アイドル、それに爽やか王子とも呼ばれてファンからの人気もかなり高かったから、この落差はかなりのイメージダウンだろう。てか、本当に何してくれてんだ。貴重な俺の演技の場を、名誉挽回の場を、こんなにもあっさりと一つ駄目にしやがって...いや、本当に。
「今回の高崎アナのロケも本来は爽やか王子が一緒のはずだったみたいなんですけど、そういうことなので柳楽さんになったんです!」
あぁ、そういうことでこうなったのか。なるほど、納得...ってなるか。
タレント名鑑開けば、絶対に俺よりも適任が数千人は出てくるだろうが。
「何でも、さっき高崎アナから、柳楽さんとかいいんじゃないですかって声が上がったみたいですよ。もしかして、前々から彼女と交流とかある感じですか?」
「いや、全く。今日が普通に初対面」
彼女みたいな俺と正反対な存在。そもそも関わる場所がない。
だからこそ、何でだ。意味がわからない。わからなさすぎる。
「.....」
も、もしかして、あの女。さっき俺のことをしこたま笑ってやがったし、さらに追い打ちをかけて本格的に俺を芸能界から消すつもりか...?
まあ、さすがにそれはないか。
「ふふ、お仕事一つ増えましたね。さすがです。柳楽さん」
そしてまた、目の前にはそう言って、俺に向かって満面の笑みで両手で小さくガッツポーズをしてくる桐谷さんの姿。
いや、まぁ、増えたのは増えたみたいだが、その一つに対する代償があまりにも大きすぎる。そのロケ仕事のギャラは10臆ぐらいもらわないと真剣に割に合わない...。
「なので、ほら。色々と勘違いして落ち込まれていたみたいですし、サンドイッチでも食べて元気だしましょう」
そしてなんだ。桐谷さん。さっきからやたらとサンドイッチを押してくるな...。
「......」
あぁ、そうか。そういうことか。
「うん。じゃあ、一緒に食べよっか」
もう、目が輝いているもんな...。
「え、いいんですか!!」
「あぁ、いっぱいあるし、遠慮なくいただこう」
って、気がつけばもう手にとってるし。
「美味しいですー!!!」
そして、いつも思うけど、本当に彼女は食べ物を美味しそうに食べるな...。
食べっぷりもいいし、そのスレンダーな身体の中にどれだけ大きな胃袋が入っているんだろうか。
本当に、CMが来るレベルで美味しそうに食べている。
可愛い顔してるし、割と真剣に俺よりも芸能界向いてるだろ。桐谷さん。
以前にも誰かから同じことを言われて「そんなー、私なんかには絶対に無理ですよー」って、割と嬉しそうな表情で否定をしていた彼女のことを思い出したが、愛嬌もあるし、天然な一面もあってキャラもある。本人さえ本気になれば、本当に全然無理ではない気が...。
「......」
でも、CMか...。
爽やか王子の奴、めちゃくちゃCMも持ってたし、それこそ違約金がやばいのだろうな...。
まぁ、事務所がめちゃくちゃでかいから、どうにでもなるんだろうけど、さすがにいくらかは契約解除になることが免れないだろう。
まぁ、自分で言うのも悲しくはなるが、イメージ重視のそっちに関しては俺はキャラ的にどう転んでもそもそもが0本だし、今後オファーがくることも絶対に0でノーダメでしかないから安心だな。
でも、こんなにも未来が見えない状況に陥ってしまったんだ。
どうせなら、この際、CMの方で何でもいいから、何かの間違いで俺にキャスティングの話がひっかからないかな...。
うん。絶対ないな。
むしろ、さっきの生放送での俺がBPO、つまり放送倫理番組向上機構の放送倫理
違反にひっかかる可能性の方が明らかに高いぜ...。
「柳楽さん。本当においひぃですよ。これ。もうひとついいでふか」
「あぁ、いいと思うぞ」
「やったー。ありがとうございまふ!!!」
まぁ、でもそうだな。何だかんだで、俺のせいでドラマが中断するわけではないとわかっただけでも一安心か...。まあ、被害者がいるのはかなり心が痛むけど。
とりあえず、本当にこれからどうなるかは相変わらず不安で仕方がないが、今日の仕事は終わりだ。
これから、姉ちゃん家に向かって、みっちゃんにこれでもかと癒してもらって、一旦はその時間だけでも全てを忘れよう。
ハハッ、久しぶりの生みっちゃん。
楽しみだなぁ
本当に楽しみだ。
「はい。桐谷でふ。はい。先ほどはちょっと立て込んでて電話に出れませんでした。すみまふぇん。はい。え?CMでダンスでふか?女性アイドルと一緒に?」
ん?何だろう。桐谷さん、誰とスマホで話をしているんだ?モゴモゴと何を言っているのかはよく聞き取れなかったけれど、何かに驚いたような目をしている気がする?
いや、まぁ、とりあえず今は何でもいい、今はとにかく、みっちゃんだ。
待っててね。みっちゃん!




