第32話 ステップアップ?
ああ、今日は疲れた。
疲れたけど、思ったよりは楽しかったな。高崎アナとのロケ。
天気も良かったし、撮影班も和気あいあいとしていて、雰囲気もよかった。
何よりも、幻のプリンが最高だった。
そして、そんな振り返りをしながら、俺、柳楽 雄大は事務所に戻って一服中。
『今日は物凄く楽しかったです。私、他にも美味しいデザートのお店知ってます。柳楽さんにもまた紹介したいですし、今度ぜひ一緒に行きましょう!』
『今日はこちらこそ色々と勉強になりした。ぜひ!お願いします!』
とりあえず、高崎アナのビジネスアカウントからのlineにそう俺は返信をしながら、さっき買った、キャラメルフラペチーノのホイップクリーム二倍盛りカスタムをしっかりと堪能する。
まぁ、あんな感じのロケなら、もしまた呼ばれた場合に行くことはやぶさかではないだろう。でも確か、今回のロケの放送は来週って言ってたっけ。
正直、その評判しだいではあるのだろうが、どうだろうな。
実際、高崎アナのリードや小泉マネージャーの助けがあって何とかなったが、基本的には俺は受け身で、特に何も面白いことはできなかった。
ぶっちゃけ、自分だけがそれなりに楽しい思いをさせてもらって、撮れ高とかそういうのが、あまりなかったのではないだろうか...。
何か、プリンが美味しすぎて、我を忘れてしまっていた時間もあったし...。
「.....」
あれ? 何だろう。忘れてしまっていたと言えば...。
「.....」
だ、駄目だ。あのプリンが最高すぎて記憶から飛んでいたが、お、思い出してしまった...。最悪だ。
「.....」
そう。まさか、あそこでは本当に混浴での撮影まであって...
そして、さらには、さすがにあの場面はカットをしてくれるみたいだが、あろうことか、俺の腰のタオルがぱらっと...
そうだ。俺はまさかの彼女の前であんな醜態を...。
「......」
ま、まぁ、終わったことについて、あらためて考えても仕方がない。
反省はしたし、とりあえず一旦この話は忘れよう。別に、彼女もあの点については事故だとわかってくれているのだろう。何も触れないでくれているようだしな。あれは夢だ。そう。何も元々起こっていない。
「.....」
よし、あらためて記憶から消去。
純粋無垢なこっちの彼女もあの場にいなくて本当によかった。
「.....」
そして、その、いつも仕事終わりに、お勧めの茶菓子を持ってきてくれて、一緒に事務所でお茶をするマネージャーの彼女。桐谷さんはというと、朝からどこかに出張に行っているみたいでここにはいない。今ここには俺と、もう一人のマネージャー小泉さんの二人だけ。
とりあえず、小泉さんにもフラペチーノは勧めたてみたが、どうやら彼は甘いものがあまり得意ではないらしい。
そして、とりあえず、次の仕事の軽い打ち合わせも終わったし、後は自宅に帰るだけだ。
それにしても、今日の晩御飯は何にしようか。
もうすぐ夏でちょうど鯵が脂がのってて美味しい時期だし、アジフライでも作るか。
あと、冷蔵庫に残っている食材的に豚汁もいいな。
「柳楽さん。今日もさすがでした。まさか、柳楽さんがあんなにも怪物級の大きなものをお持ちだとは...。男として本当に憧れます。そして、お帰りの前に一つだけよろしいでしょうか」
「あ、お疲れ様でした。もちろんです。どうぞ」
な、何を言っているんだ彼は...。知らない。知らないぞ。俺は何も覚えていない。事故。あれは事故だ。記憶から消去。記憶から消去だ。
「......」
はい。消去完了。
うん。そういえば、もうすぐ中学の頃の友達のタカシっちの誕生日か。そろそろ今年のプレゼントも考えないとな。
あと、来週はあれだ。とうとう、みやび坂56の《《花村》》 《《凛》》とのCM撮影が控えているから、ダンスの自主練も欠かせない。
フッ、今日もあらためて思ったが、日々自分のダンスが上達していることが自分でも感じ取れる。今日も何だかんだで、学生達は盛り上がって拍手してくれていたし、案外、ちゃんと練習さえすれば俺ってそっちの才能もあるのか?
実のところ、あんなに憂鬱だったCM撮影が、今ではちょっと楽しみになってきてしまっている自分がいるまである。
「柳楽さん、これは提案なのですが...」
「え、はい。どうぞ」
そして提案...。何だろう。さっきの話を蒸し返さないのであればどんな提案でもとりあえずは静かに聞こう。
とりあえず、そんな俺の目の前には、真剣な目で眼鏡をクイっと指で持ち上げる小泉マネージャーの姿。よし、さっきの話は彼の頭からも完全になさげで安心だ。
「はい。ありがとうございます。率直に言います。柳楽さんのyoutubeチャンネルを《《開設》》しませんか?」
「え?俺のyoutubeチャンネル?」
え、何で...。
ちょっと安心したらまた今度は別のベクトルの...。
「はい。柳楽さんの日々の私生活を紹介していくチャンネルです」
「え、でも、需要ある?俺のだよね。申し訳ないけど、ない。さすがにないよ、需要が」
そう。需要が全くないだろ。一体、誰が俺の私生活にそこまで興味を示すんだよ。
一体、何を言い出すかと思えば、そんな突拍子もないことを...。
正直、俺はそういうのは苦手だ。それに下手にそんなことをしてしまうと、また...。
申し訳がないがその提案に関しては、いくら優秀な小泉さんの提案でも易々とクビを縦にはふれない。一体、どういう意図で彼はそんな提案を...。
「いえ、柳楽さんの私生活を知りたい人はたくさんいると思うんです。最近は海外の名のある一線級のトップ悪役俳優達の間でも私生活を動画にすることが流行っています。それも、意外にもごく平凡な彼らのありのままの私生活を。そして、そんな彼らにどんな仕事が増えているかご存じですか?」
「え、何か仕事が増えたの?」
そんなことをすれば、そう。むしろ仕事に悪影響な気が...。
「はい。《《ダークヒーロー》》です。悪は悪でも、結果的に人々に害をなす悪を倒したり、弱者を救ったりする魅力的な悪役の仕事が増えているんです。もちろん、《《主演》》です」
ダ、ダークヒーロー...。主演...。海外の名のある一線級のトップ悪役俳優達...。
「柳楽さんも、ちょうど今まさに露出が増えている時期です。この機会に波にのって、悪役としてのステージを一段階、上げませんか?正直、この機会を逃す手はないです。どうでしょう、柳楽さん」
悪役としてのステージを一段階...上げる?
「ノウハウに関しては、この小泉、以前にいた事務所でしっかりと積み重ねております。さあ、どうでしょう。柳楽さん」
そして、俺の耳には物凄く響きのいい指パッチンの音が聞こえてくる...。
ダークヒーロー...。主演...。ステージを一段階...。海外のトップ悪役俳優達...。ノウハウは万全...。
「さあ、どうでしょう。柳楽さん」
「と、とりあえず、もう少し詳しい話をお願いできますか。小泉さん」




