第1話 悪役俳優一筋の男
「はい。カットー!!いやー柳楽ちゃん。さすがだねー、相変わらず狂喜に溢れたいい殺しっぷりだよー」
「ありがとうございます」
今日も俺、柳楽雄大はまた人を一人、残忍な方法で殺めた外道な男。
きっと、齢30にして、俺の人を殺した数はゆうに百回を越えるのだろう。
まあ、もちろん、現実世界でではなく、作品の中での話ではあるが...。
そう。俺、柳楽雄大は悪役俳優と呼ばれる存在として芸能界を生きている男。
一応、顔面凶器と揶揄される顔に高い身長、努力の末で磨きに磨き抜いた、残忍さや憎たらしさ、冷徹さなどを表現することに特化した演技力により、芸能界でもそっちの分野ではそれなりの地位を確立している自負はある。
ただ、この道を進むと決意した時から俺は、私生活でも本来であればあるべきはずであった、幸せになる未来のいくつかを捨てた。
もちろん、彼女や結婚なども、とうの昔に諦めていることは言うまでもない。
現に年々、上昇していくギャラとは裏腹に俺の好感度なんてものは毎年、下降の一途を辿っている。
事務所からも、当初はその俺のキャラを守るために私生活も徹底的に管理されてきたところではあるのだが、別にそのことに関しては全く俺の性格上、苦ではなかった。
ドラマや映画の中などの作品内では、柄の悪いクラブやBAR、カジノやパチンコ、キャバクラなどに入り浸ることなども多い俺ではあるが、正直、現実世界の俺は全くもってそういう場所には興味がない。
基本的にオフの日の俺は外出をする際は、もちろん変装はしているが、自宅近くのコンビニに足を運ぶか、たまに近場のチェーン店で飯を食べるくらいだ。
ほぼほぼ、自宅に引きこもって、パソコンでオンラインゲームをしているか、最近は趣味の料理と言うか自炊に勤しんでいる。あと、今回は役柄的に細マッチョに身体を絞る必要があったから筋トレをしていたりもした。
そのせいか、最近はもう事務所からも俺の私生活については実質的に管理はされてはいないに等しい状況だ。逆にマネージャーからはもう少しぐらいは羽目を外してもいいんですよと言われてしまう始末。
だが、別に俺としては既に十分に羽目ははずしているつもりだし、無理やり変に羽目を外すつもりもない。
現に、つい最近も、芸能界の好感度ランキング上位で、CMやドラマの主演に引っ張りだこの某イケメン俳優が、裏では女遊びが盛んでDVや中絶、挙げ句の果てには薬物など、様々な問題を引き起こしていたことが週刊誌に暴露され、その名声が一瞬にして地の底に落ちたところ。発生した違約金なども、それはもうとんでもないことだろう。
そう。この世界は一つのミスで一瞬にして、これまでに積み上げてきた何もかもが崩れ落ちてしまう世界だ。
特にただでさえ好感度が低い俺だ。だからこそ私生活には一層気は使っているつもりだし、そんなバカなことでこの地位を失うつもりはない。
そして、そんなことを考えながら、今日の自分の撮影シーンが無事に終わり、楽屋に戻ってきた俺の目には、一人の若い美人なスーツ姿の女性が映りこむ。
そう。そこにいるのは桐谷 紗也加さん。24歳。
半年前から俺のマネージャーになった人物だ。
色々と天然というか、抜けている部分もある彼女ではあるが、誠実で頑張り屋なその仕事ぶりに俺も当然不満なんてものはない。
まあ、異動により別の俳優から俺のマネージャーになった当初は、まるで借金の型にヤクザに売られたかのような絶望の表情をみせてきた彼女も、近頃は向こうから色々と美味しいご飯屋を教えてくれたり、リラックスできそうな観光地を教えてくれたりと、それなりに俺に慣れて心を開いてくれてきたと、勝手に思ってしまったりもしていたのだが...
「柳楽さん。やばいです。これはすっごくやばいです」
その彼女が、その可愛らしい顔を歪めてまた出会った頃のような絶望した表情に...?
現にその表情は、誰がどう見ても真っ青そのもの...。
「ど、どうした?何かあった?大丈夫!?」
もしかしてお金の問題とかか?一応、こう見えてあんまり散財とかしないから貯金もそれなりにあるし、彼女にならそれなりの額は貸してはあげれるけど...。
いや、それとも身内事とか、人間関係?
一体なんなんだ。本当にただ事ではない表情。
すると、目の前の彼女は、静かに週刊誌を取り出して、とあるページを開いて俺の顔の前に...?
何だ?俺に読めってことかな...?
えーと?
『有名悪役俳優、柳楽雄大の裏の顔を激写!!』
な、何だ?
そこには帽子やマスクで変装をしているが、確かに俺の姿が映っている写真が何枚も載せられている?
「……」
頻繁に行くコンビニで女性の店員からお釣りを受けとって笑顔で会釈する俺...?
電車の横並びの座席において、いくらでも座席があいているのに、こじんまりと姿勢よく背筋を伸ばしてその一番端に座っている俺?
オンラインゲームのオフ会で、数人の男とピースをしながら笑顔で集合写真をとっている俺?
あれ?いや、おい。しかも、俺が自炊で作った料理をずっと載せてきたインスタの裏垢までバレて...る?
しかも、文書ではつらつらと俺に対する色々な人からの証言が載せられて...
『変装はされていましたが、牛丼屋でたまたま柳楽さんが一人でいることに気がついて、怖いものみたさでサインと握手をお願いしたら、めちゃくちゃ笑顔で対応してくれました!すごく美味しそうに温玉チーズ牛丼を口に頬張っている姿も相まって一瞬でファンになりました!』
『いつも、決まったコーヒーを買っていかれるのですが、レジでは商品を受けとる際に絶対に笑顔でありがとうございますと言ってくださいます』
『これまでにオンラインゲームを一緒にプレイすることも度々あったのですが、いつも落ち着いた声ですごく紳士だったので、オフ会で彼が現れた時には死ぬほどびっくりしました。実際に会っても僕みたいなオタクにも凄く優しくしてくれて最高でした!』
『中学の頃に同じクラスだったのですが、人見知りで友達ができなかった僕に初めて声をかけてくれた子が柳楽くんでした。その後もよく僕に話しかけてくれて、本当にいい人でした。もちろん彼のことは今も陰ながら応援しています。』
い、いや、何だこれは...
「や、柳楽さん。もう終しまいです...。事務所からも明日の出版を差し止めすることは間に合わなかったと先ほど連絡がありました...」
「え...?」
「いや、だから、柳楽さんが本当は物凄く良い人だってことが世間にバレてしまうんですよ!」
へ?
「今みで積み上げてきた柳楽さんのイメージが崩れてしまう。これがどういうことかは言わなくてもわかりますよね...」
う、嘘だろ...。
つまり、俺、柳楽雄大が様々な覚悟をもって、身を削りながら今まで積み上げてきた俳優としての人生は、こんなにも呆気なく...
終わっ...た?




