第一話:追放
150万人の視線が、画面の向こうで熱狂している。
まばゆいスタジオのひな壇。
その中央で、白銀舞花は真紅の瞳を輝かせていた。
「みんなー! 新シーズンも『白銀の翼』は突っ走るわよー!」
きらびやかな魔法衣が、配信のライトを反射して踊る。
コメント欄は、画面を埋め尽くすほどの速度で流れていく。
『舞花ちゃんマジディーヴァ!』
『今期もトップランカー確実だな!』
熱狂の渦。
その光を遮るように、舞花がカメラを真っ直ぐに見つめる。
その隣には、仕立ての良いスーツを着た若い男が立っていた。
「ここで、みんなに大事な報告があります!」
舞花は、スタジオの隅に視線を向けた。
その先には、パイプ椅子に腰掛けた碓氷零治がいる。
ひどく色褪せたパーカー。
目の下には、炭をこすりつけたような深い隈。
彼はただ、手元の古い端末の数値を睨みつけていた。
「我がギルド『白銀の翼』は、本日をもって、裏方ポーターの碓氷零治をクビにします!」
一瞬、スタジオの空気が凍る。
だが、次の瞬間には、コメント欄が爆発的な速度で回り始めた。
『チー牛裏方クビで草』
『誰だっけ? ああ、あの荷物持ちか』
『寄生虫ざまぁwww』
舞花が、傲慢な笑みを唇に浮かべる。
彼女の隣に立つエリート計算士の男が、眼鏡のブリッジを指で押し上げた。
「零治、あなたの魔力接地、最適化が0.5秒も遅いのよ。最新のデバイスを使えば私の『アーク・レイ』はもっと出力が出るハズなのに、あなたのせいで威力を殺されてるの」
零治の指が、ピタリと止まる。
「そんなゴミスキルしか使えない荷物持ちに、これ以上高い給料を払う余裕はないわ」
舞花の声が、マイクを通じて200万近い視聴者に響き渡る。
エリート計算士が、冷ややかな声を重ねた。
「これからは、東大魔導工学科を首席で卒業した私が、最新の自動調整デバイスで舞花さんの魔力を完璧に管理します。君のような『感覚頼み』のロートルは、インフラの邪魔なんですよ」
コメント欄が、さらに嘲笑で満たされていく。
『0.5秒のゴミは草』
『最新デバイス最強!』
『無能裏方、お疲れっしたー』
零治は、ゆっくりと顔を上げた。
感情の消えた瞳で、正面の二人を見つめる。
胸の奥が、静かに軽くなっていくのを感じていた。
(0.5秒、ズレていたのではない)
舞花の放つ大魔法は、いつも出力の計算が狂っている。
そのまま放てば、彼女の脳融解は避けられない。
だからこそ、零治は自身の魔力神経を焼きながら、あえて出力をミリ秒単位で調節していた。
彼女の命を守るために。
「……分かった」
零治は、カバンから取り出した契約解除合意書に、淡々とペンを走らせる。
サインを終え、書類をデスクに滑らせた。
その態度が気に入らないのか、舞花がわずかに眉をひそめる。
零治は席を立ち、上着を羽織った。
スタジオの出口へ歩を進め、ドアノブに手をかける。
そして、振り返ることなく、静かに声を落とした。
「舞花、魔力流動方程式の第4項を忘れるな。あれはシステム上の飾りじゃない」
背後で、舞花が鼻で笑う気配がした。
「そんな古い理論、最新の自動調整デバイスが処理してくれるわ」
「そうか」
零治は、自身の左腕に装着された同期デバイスのロックを解除した。
カチリ、と硬い金属音が響く。
ギルド『白銀の翼』のメインシステムから、彼の「魔力接地」が、物理的に完全切断された。
その瞬間、零治の視界を覆っていた不快なノイズが消えた。
10年間、彼の肉体を苛み続けていた、あのじっとりとした熱。
それが、嘘のように引いていく。
零治は、スタジオの重い扉を押し開けた。
背後からは、まだ何も知らないディーヴァの、高らかな笑い声が聞こえていた。




