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学園ミステリ 空き机の祥子さん  作者: 長曽禰ロボ子
鏡屋敷の謎
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鏡屋敷の謎 解決編

「さあ、諸君(folks!)

 鏡屋敷の夜。

 森岡(もりおか)祥子(しょうこ)が言った。

「今夜、5年越しのこのゲームを終わらせるにあたり、2代目ゲームマスターのこの私の独断によって、本当にこれが最後の謎を君たちに提出する」


 ふたりのしょうこ。

 こちらは、どちらが実像でどちらが鏡像だろう。


「そんなもの、おばあさんのと一緒だ」

 陽向(ひなた)が言った。

「答えられるわけがない。どちらかを鏡像だなんていえない。ふたりとも実像だ」

「ごめんよ、陽向。私が聞きたいのはそんなきれい事じゃないんだ。裕美(ゆみ)はどうだい」

「裕美さんもその謎には答えられません」

 ただ、とも裕美は言った。

「あの夏に裕美さんと陽向ちゃんと冒険をしたのはどちらのしょうこさんなのかはわかります」

「本当かい?」

 祥子は笑った。

「ケンカ別れしたとはいえ、あれからも私たちは情報を共有した。もしかしたらあれからも入れ替わった事があるかもしれない。そんなことすら私には自信がないんだ。だいたい、死んだのはおまえたちの冒険仲間のほうのしょうこで、今ここにいる私はあそこの鏡――」

 祥子は壁の鏡を顎で示した。

 あの夏の日、あそこには部屋を覗き込むもうひとりのしょうこが映っていたのだ。

「あそこに映っていたほうのしょうこかもしれないんだぜ」

「ちがいます」

「私にだって、もうはっきりとわからないことなんだよ、裕美」

「もうひとりのしょうこさんが知らなかったことがひとつあります」

「それは?」

「しょうこさんは男の子の陽向ちゃんにキスしましたか。それとも女の子の陽向ちゃんにキスしましたか」

「気持ち悪いこと言うなよ、裕美。なんで私が男なんかとキスを――」

 はっと、祥子は眼を見開いた。

「もうひとりのしょうこさんは陽向ちゃんが女の子だと知らなかったんです」

 裕美が言った。

 陽向はぽかんとしている。



 その朝。

 鏡屋敷の夜の翌朝、南野(みなみの)家に悲鳴のような母親の歓声が響き渡った。

「陽向っ、陽向っ! なんてことっ! 太陽(たいよう)っ、太陽っ、ご覧なさい、太陽っ!!」

「見ているともさ、母さんっ!!」

 陽向はムスッとしている。

「大声出すなよ。朝から近所迷惑だろう」

「あんたが出させているのよっ!!」

「おまえが出させているんだろう、陽向りんっ!!」

「どこもおかしくない。校則通りの制服だ」

 陽向は冷蔵庫を開けた。

「あ、牛乳1リットルはこれまで通りなんだ」

 太陽が言った。


 南野陽向への歓声やどよめきは通学電車でも起きた。

 オカメインコ高橋(たかはし)さんは驚愕に目を丸めているし、なぜだか委員長林原(はやしばら)さんは顔を真っ赤にしている。そしてそれは駅から続く坂でも起きたし、学校に着いても起きた。今日はバス通だったらしい笈川(おいかわ)真咲(まさき)はバスを降りたところでぽかんと固まっている。その周囲の生徒たちの何人かも陽向の姿に驚いている。

「注目ですね、陽向ちゃん」

 楽しそうに裕美が言った。

「……」

 陽向の不機嫌そうな顔はなかなか直らない。

 校舎に入ると陽向はずんずんと駆けるように歩いていく。学年棟では特に1年棟から歓声が沸き上がったようだが、陽向は立ち止まりもせずに歩いていく。裕美は追うのがやっとだ。そして陽向が開けたのは、理科棟最上階の地学実験室の戸だ。

 机の上に片膝をついて座り、コーヒーを飲んでいた森岡祥子が顔をあげた。

「おはよう、陽向」

「……おはよう」

「似合うじゃないか、そのスカート」

 祥子はにんまりと笑った。

 裕美が追いついてきて、陽向の陰から顔をのぞかせた。



 鏡屋敷の夜。

「おれは性別をごまかした事なんてないぞ!」

 陽向は激しい衝撃の中にいる。

「その言葉遣いでなにいってやがりますか」

「これだって、まだ二週間だよ!」

「本人がどう考えていようが、陽向ちゃんはナチュラルボーンな女たらしなのです」

 裕美の言葉には容赦がない。

「しょうこさんは、いつから裕美さんと机での文通をはじめましたか?」

「中学の頃からの話かい?」

 祥子も戸惑っている。

「そうです」

「それなら、たしかあれは11月の頃だ」

「中3の?」

「そうだろう?」

 裕美は微笑んだ。

「ね。目の前のしょうこさんと陽向ちゃんを女の子と知らないもうひとりのしょうこさんは、まったくの別人です。だって裕美さんは中1の時からしょうこさんと文通していたんですから」


 さすがにいつ頃だったかは忘れましたが。

 ある日、机の上に「メモを残したよ、裕美」って鉛筆書きがあったんです。すぐにピンときました。スマホで確認したら、しょうこさんからのメッセージがあったんです。それから時々メッセージを交換してたんです。


「そんなの、おれは知らなかった」

 口をとがらせ、陽向が言った。

「ええと……」

 裕美は言いよどんでいる。

 祥子は自分の口の前で手を組んだ。そしてジロリと陽向を見た。

「なんだよ」

「私が知らないうちに裕美と文通していたもうひとりのしょうこ。そしてそのしょうこはなぜか陽向とは文通しなかったらしい。裕美も陽向に言えなかったらしい」

 そうか……と、祥子は溜息を漏らした。

 あいつが死んでから気付いたことがあるんだ。聖子は人を出し抜くことばかり語っていたわけじゃなかった。聖子は誰かにどう勝つかばかり語っていたわけじゃなかった。聖子は五十嵐浜の桜の下を通いたいって夢を私に語ったこともあるんだ。

「そのもうひとりのしょうこは、南野陽向という男の子に恋する乙女でもあったんだな」

 裕美はうつむいて返事をしなかった。


 ねえ、陽向には内緒だよ。

 ねえ、陽向って男の子なのに可愛いのが好きなんだね。

 ねえ、裕美も陽向のことが好きなの?

 ねえ、邪魔しないから。裕美から奪おうなんて思わないから。

 ねえ、もう少しだけ見ていてもいいでしょう――。


「もちろん、陽向ちゃんの事ばかりやりとしたわけじゃないんです。でも、違和感がありました。陽向ちゃんにキスまでしたしょうこさんとは思えない。それに、しょうこさんは新潟をもうすぐ去るようなことも言っていたでしょう。混乱しているうちに書き込み自体がなくなって」

「キスのこともエクセルのレポートに書いたと思ったけどな。いちいち性別を書かなかっただけで。でもそれが聖子を刺激しちゃったのかもな……」

 祥子が言った。

「これは、聖子が私を出し抜いて挑んだ冒険だったんだ。あの夏の私の冒険のように。いつ別人だと裕美にバレてしまうかわからない。でも裕美にははじめからバレていたんだな」

「違和感どまりでしたよ。しょうこさんのことだから、冗談かごっこ遊びかもしれない。そしてものすごい久しぶりの書き込みは、陽向ちゃんを女の子として書いていたでしょう」


 五十嵐浜にこいよ

 陽向もさそって ふたりでこい


「県立五十嵐浜女子高等学校。陽向ちゃんに女子高に来いって」

 組んでいた手をほどき、祥子は椅子の上で体を反らせた。

 天井をじっと見ている。

「同じ顔で」

 祥子が言った。

「同じ記憶で、牛乳と素麺で無理矢理伸ばした身長までコピーされて、それでもあいつと私はちがうんだな。自分が誰かわからなくなって怖くて不安で逃げたかったのに、今になって、あいつと私はもともと違うんだってわかるんだな」

 目から涙が伝い落ちていく。

 森岡祥子はよく泣く。

 笈川真咲もそんなことを言っていた。でも今はあの豪快な泣き方じゃない。ただ静かに涙が頬を落ちていく。

「もう、あいつはいないんだな」

 上遠野(かみとおの)聖子(しょうこ)

 さよならもなしに消えていったもうひとりの私。

「鏡屋敷の謎、2代目ゲームマスターがゲームの終了を宣言する!」

 祥子が言った。



「アメリカ留学!?」

 昼休みの地学実験室にミステリ研4人()の声が響いた。

「なんだかそれだと、武者修行にでも行くみたいじゃないか。そうじゃない。アメリカに赴任する親父について行くだけだ。企業グループオーナーの上遠野家と違って、森岡家はただの宮仕え(サラリーマン)だからな」

 今朝はホームルームも逃げ出さず担任の藤森(ふじもり)先生をぎょっとさせ、さらに午前中の授業にもすべて出席した祥子だ。意地悪なのか試されたのか、数学の先生には黒板で問題を解くように言われたが、スラスラと解いてしまった。

「結構難しい問題でしたよね」

「まだ習ってないところだったよね」

 とは、委員長林原さんと陽向の感想。

「あっちの新学期が始まるのは9月だろ。五十嵐浜高校に通いたいってのが聖子の夢だったからさ。代わりに私が1学期だけ五十嵐浜に通いたいと上遠野のおじさんに相談したら、ぜひそうしてくれということになってね」

 卵サンドパンを手に祥子が言った。

 不思議だ。

 真面目に授業に出てたのに、どうしてあの卵サンドパンを手に入れられたのだろう。しかも2個だ。陽向の不信感はつのる。そもそもスカートが気になって全力で走ることもできず、第3希望のフランクフルトパンの陽向なのだ。

「そんなの、高校が許してくれたのか?」

 片手で器用に牛乳パックにストローを差し、陽向が言った。

「さあ。まあ、校長先生がお人好しだったとは聞いている」

 楽しかったよと、祥子が言った。

「聖子の夢だった桜の道を歩くことができた。聖子の夢だった五十嵐浜の生徒にもなれた。学校で暮らすって体験もできた。陽向の――」

 にんまりと笑う。

「スカート姿も見ることができた」

 陽向は憮然としている。

 これは罠だったのだ。

 鏡屋敷の夜。

 泣き止まない祥子を慰めていた陽向に祥子が言った。

「聖子が成仏できるように、陽向のスカート姿を見せてあげてほしい」

 スカートは苦手だ。中学の制服もスラックスで通した。実験中に自由に動けない。思わぬところで引っ掛かったりもする。似合うとも思えない。でもこれで高笑い――森岡祥子の心を癒やすことができるのなら。陽向は約束した。

 しかしその直後に陽向は見たのだ。

 祥子と裕美がハイタッチを交わしているのを。

「陽向のスカート姿って、なんだかエロいな」

 にやにやと祥子が言った。

「実は、私も朝から目のやり場に困って」

 林原さんが言った。

「ねえ、この地学実験室、ミステリ研の部室にどうですかねえっ!」

 ひとり異質なことを言っているのはオカメインコさんだ。

 ふわっと笑って祥子は立ち上がり、地学実験室の窓を開けた。まだ風は少し冷たい。目の下には葉桜となった千本桜だ。

 髪の長い子が歩いている。

 振り返って見上げた顔は上遠野聖子に似ている。それとも自分に似ているのだろうか。


 さようなら。

 もしかしたら聖子。もしかしたら祥子。


 さようなら。


 しょうこは微笑んだ。


■登場人物

佐々木裕美 (ささき ゆみ)

県立五十嵐浜高校一年三組。小動物。安楽椅子探偵。


南野陽向 (みなみの ひなた)

県立五十嵐浜高校一年三組。態度はふてぶてしいがかわいいものが好き。裕美の保護者。


森岡祥子 (もりおか しょうこ)

裕美や陽向のクラスメートなのだが、一度も登校してこない。そして裕美と陽向にとっては知っている名前でもあるらしい。謎の存在。


林原詩織 (はやしばら しおり)

一年三組暫定委員長。裕美や陽向と同じ中学出身。中学時代には成績トップだった。


高橋菜々緖 (たかはし ななお)

裕美や陽向と同じ中学出身。本を読むのが好きでおとなしかったのだが…。


笈川真咲 (おいかわ まさき)

裕美や陽向と同じ中学出身。華やかで美人で、ヒエラルキーのトップに君臨した女王。


太刀川琴絵 (たちかわ ことえ)

五十嵐浜高二年生。中学生の頃から県大会常連の剣士。生徒会副会長だが立候補した覚えはない。


小宮山睦美 (こみやま むつみ)

上遠野という少女を知る生徒。


藤森真実先生 (ふじもり まさみ)

県立五十嵐浜高校教師。二八歳独身。



南野太陽 (みなみの たいよう)

陽向の兄。ハンサムだが変人でシスコン。


林原伊織 (はやしばら いおり)

林原詩織の兄。ハンサムだが変人でシスコン。


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