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9 狐、翻弄する

「おおおぉぉ!!」


 号令と共に多くの者達がエクシブに突っ込んでくる。


「あんな時代もあったな」


 特攻をかける者達を見て呟き不敵な笑顔を見せると、背中の大剣の柄を持ちベルトの止め金を外す。

 刃は抜かず鞘ごと。

 その様子に怯むことなく襲い来る者たちに呟く。


「止まれば正解。来たら……」


 柄を持ち力強く一歩前に踏み締めると、一気に体を捻りだした。

 エクシブの捻る身体が生むその遠心力と大剣の重量がまるでその空間ごとすべてを持っていくかのように轟音を唸らせ振り抜かれていく。

 エクシブが振り切ったと同時に目の前まで突っ込んできた数名はなすすべもなく吹き飛んでいった。

 回りは静まり返り皆驚愕の顔を見せるが、ココだけは物足りない様子でこちらを見ているので、エクシブは大剣を肩に宛がい高らかに告げる。


「我が名は十兵団が一人。第八団、団長リン=グラン=エクシブ!」


 遠目で様子見していた騎士たちの顔色が変わる。

 ざわつく周囲は口々に問うては驚く。


「おい、十兵団のグラン=エクシブって、あの暗黒剣の──」

「嘘だろ? 本物か?」

「とんだ大物じゃないか」

「そういえば、この間の海賊騒ぎで討伐に出てたって!」


 その名前一つで、皆驚き、騎士たちは怯んでしまう。

 そんなまわりの様子に、どうだ? と得意気にココを見るエクシブだが、当の本人はローブの中の耳をかき欠伸までしている。

 まるで見せ付けるかのように名乗ったエクシブだったが、拍子抜けというよりも寧ろ恥ずかしくなり、取り繕うように剣を構え直した。

 その様子を見てにやにやしながら意地悪そうに笑うココ。


「くそっ……」


 数百年生きた白狐からすれば、エクシブの態度は意気がるガキ大将程度なのだろう。

 連れの狐には効果が無かったが、回りの者達には効果抜群だったようで、かなりの間があったにも関わらず誰も襲ってはこない。

 絶好の機会!

 にやりと笑い、エクシブは動いた。


「一人目!」


 大振りの剣を片手に携えているにも関わらず、一瞬にして敵に近づく。

 エクシブはその勢いで大剣を振り、敵の身体を丸ごと薙ぎ払った。薙ぎ払われた本人は何が起きたのか分からないといった顔で吹き飛んでいく。

 床に落ちる前にエクシブはすでに次の獲物を捕らえていた。


「ふったり目!」


 獣の如く俊敏に獲物を狩っていくエクシブは、次々と敵の数を減らしていくと、自ら降参する者まで現れた。

 静まり返る船上。

 聞こえて来るのは倒した者を数えるエクシブの声と、なすすべもなく倒されていく者たちの悲鳴。

 エクシブが剣を振るう度に、色んなところへと吹き飛んでいく者たち。

 そして、今だ動かない騎士を残し最後の一人の首筋に剣を宛がい一言。


「降参?」

「こ、降参だ」


 肩に手を置き笑顔で伝える。


「お疲れさん」

「……ば、化け物め」


 へなへなと膝を床に付けた男にそう呟かれ、思わず苦笑いをするエクシブは、あっという間に二十人程の相手を打ち倒したのだった。

 瞬間静まり返っていたまわりの観客たちから大歓声があがる。

 最早、倍率なんぞ誰も興味はないといった感じで、エクシブの強さを讃える。

 片手をあげそれらの歓声に答えつつ、何やら不思議な視線を感じて振り返る。


「誰だ?」


 だが、感じるだけで大多数の観客から搾り出すことが出来ず、しかも振り返った瞬間に消えてしまったのだからわかる筈も無い。

 気にしていてもしようがないと、エクシブは気を取り直し一息入れて騎士を睨む。

 残りは四人。

 戦なら一斉に一人の強者を囲み、問答無用で襲ってくるだろう。それも立派な戦略であり、戦い方だが、騎士道に基づき行動する者が観衆の目の前で卑怯だと思われるような行動はしない。だが、エクシブは仕掛けることなく相手の動きを待っている。下手に特攻をかければ、それを理由に騎士たちは一斉に囲んでくるはずだ。

 剣を構えたまま待っていると、その中の代表者と思われる者がこちらに声をかける。


「グラン=エクシブ、私はあなたに一騎討ちを申し込みたい」

「一騎討ち?」


 エクシブは警戒しながら小首を傾げる。


「残りの者は棄権する。受けますか?」


 エクシブの返事よりも早く野次が飛び交う。


「受けろよ!」

「そうだ、あんたの強さを奴に教えてやれよ」


 回りはすでに一騎討ちとテンポよく繰り返しながら、手拍子までしている。

 戦での乱戦を得意としているエクシブとしては、騎士との一騎討ちは出来れば避けたいところだ。

 しかし、今は受けざるをえない状況、というか空気となっている。

 ちらりとココを見ると実に楽しそうに手拍子をしている。


「これも罠か?」


 エクシブは頭をかきつつ、深くため息をつく。

 今更避けることができるものではない上に、観衆は既に最高潮にもりあがっている。


「はぁ……、受けよう」


 無責任な観衆はその言葉に更に大きな歓声をあげて喜びだす。

 騎士はエクシブの言葉を聞くと自ら名乗りだした。


「聖アストレア国、派遣騎士第12師団長、ガゼール=バレット」


 見た目はエクシブより少し下に見えるが、師団長ともなるとかなりの手練れと見て間違いない。

 ガゼールは更に続ける。


「私があなたを打ち破ったあかつきには、あなたの契約者ココさんを、晩餐にご招待し、語りあうことを承諾して頂きたい」

「……はっ?」


 ガゼールとエクシブの視線に合わせるように皆一斉にココを見ると、満更でもない感じで紅潮した顔をローブで隠しながら騎士を見つめている。どうやらこれも狐が張った罠だったようだ。

 半眼になりそれを見つめてから、ガゼールに向き直ると真剣な眼差しでこちらを見ている。


 更にため息を吐きつつ、どうせやるならと、エクシブは笑顔で狐娘の名前を呼ぶ。


「ココ!」


 名前を呼ばれてこっちを向く。様子はそのままだが、ローブの下の耳がソワソワと動いている。


「夜はオレと鳥が食べたいんだよな?」


 あえてオレとを強調して言うエクシブ。

 すると更に顔を紅潮させ、とても嬉しそうな顔をした後、控えめに首を縦に動かし軽く手を振って返す。

 殆んどの男はこれでイチコロだろう。しかしエクシブは見逃さなかった。

 見えないように、してやったりと口元をにやりと動かし牙を覗かせるココの顔を。

 恐らく『お前の為に勝つ』という意味合いの言葉を聞きたかったのだろう。いや、言わせたかったが正しいか……実に計算高い狐だ。疲れた顔をしてその手に答えた後、ガゼールに言う。


「というわけで、見た通り予約済みなんだ」


 剣を構え直す。

 してやられたが、悪い気はしなかったエクシブ。それなりに気合いが入る。


「悪いが、オレの負けはない」

「ならば」


 ガゼールがもの凄い勢いで切り込み叫ぶ。


「あなたに敗北という言葉を与えましょう!」


 とっさに避けると、エクシブが居た場所を激しく大振りして空を薙ぐ。

 エクシブは顔をひきつらせつつ、これもココの策略ならこれから共に旅する者としては末恐ろしい……と、別の恐怖を感じていた。

 理由は簡単。剣が……荒い。

 ガゼールの目にはエクシブに対して嫉妬の炎が揺らめいている。

 法と秩序を重んじる聖アストレア国の騎士といえば、精密な剣さばきと冷静沈着な行動が有名で、世界でも五本指に入る強さを誇る騎士団である。

 かつてエクシブも何度か相対したり共に戦ったりもしたが、目の前のガゼールを見ると悲しくなった。


「きぇぇええ!!」


 叫び声には、騎士道もへったくれもない。

 誇り高き騎士団の師団長の位を持つ者が、女のしかも狐娘の色香に我を忘れて斬りかかってくる姿は、最早憐れで居たたまれずエクシブは苦笑いを浮かべてしまった。

 本来なら無傷で倒すのは無理な相手だ。しかしこの状態ならば、正直な話問題なくいける。


「ガゼール様! 冷静に!」


 後ろでは甲斐甲斐しく部下と思われる者たちが必死に声をかけるが、麗しきエクシブの連れの一言には勝てない。


「リン! 頑張りよー!!」


 やはりガゼールの状態はココの策略の賜物だ。

 ならばと、エクシブはココに笑顔で手を振り効果を上げる。


「うおおぉぉぉ!!」


 剣を振り被り特攻してきた。

 エクシブは大剣の封印を外し縦に振られた剣を暗黒剣で受ける。

 剣同士が弾くこともなく、無音でガゼールの剣先が消え、エクシブの後ろへ飛んで刺さる。刃の無い剣を振り抜き異常に気付いたガゼール。

 しかし時すでに遅し、瞬間的に愕然とするガゼールを蹴り飛ばしエクシブは起き上がる前に騎士の面前へと剣を向ける。


「うっ!?」


 うめくガゼールに、エクシブは、もう見てられないと言わんばかりに顔に手を当て指の隙間から覗き見る。

 ガゼールはその剣先を見て急に頭が冷えたらしく、今までの醜態を後悔するように青ざめた顔をしている。

 勝負はついた。


「オレの勝ちでいいか?」


 剣を降ろしガゼールに手を伸ばす。


「あ、ああ、はい。すみません」


 本当に申し訳なさそうにエクシブに礼を言って手を取り立ち上がる。

 すると、周りからは歓声と拍手の雨が起こる。

 ガゼールもエクシブも、なにやら困った顔をして立ち尽くしていた。


 戦とは縁遠い貴族や商人たちにとって、ガゼールの素人ばりの大胆な動きやエクシブの大袈裟な返しは、かなり刺激が強かったらしい。

 エクシブの圧倒的な強さを魅せる剣舞や、その後の騎士と傭兵が美しい娘を取り合う一騎討ちなど、もの凄く好評だったようだ。

 見世物としては上々の出来で、剣闘技の催し物は大絶賛のうちに幕を閉じたのだった。

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