25 狐、カレナと連れ去られる
敵は二つの勢力。しかもそのうち一つは仲間内だ。邪魔をすればエクシブも処分されかねない。
手透きで単独ならば協力の名の元に参戦していただろうが、今は依頼を受けている状態。時間も残りが少なく、恐らくカレナを躍起になってさらいに来るだろう。下手に外へ出ればやられる。
表の扉はガゼールたちがおり、裏にはエクシブがいた。
テランにココ、カレナは部屋の真ん中のテーブルに座り待機している。
カレナは何故起こされたか皆目検討がつかず、眠そうな眼をこすりながら父親を睨んでいた。
とはいえ、テランも何も話さないわけではなく、話すつもりはあるようだが、いかんせんややこしくなってしまっている分説明に困っているようだ。
「私は誰に狙われているの?」
一番に口を開いたのはカレナ本人。父親ではなく、自分が狙われているという自覚はあったようだ。
「知っていたのか!」
父親の言葉にカレナはやっぱり……と、呟く。
ココはそのやりとりを見てクフフ、と笑う。
「師匠、娘に鎌かけされていてはいかんの」
「鎌かけ? ……なっ!?」
気付いてカレナを見ると、衝撃の事実を知っていまい青い顔をしている。それなりの覚悟をして聞いたのであろうが、事実を受け入れるにはまだ幼すぎた。
そんな様子を見たココは優しく微笑みながら、ゆっくりと話す。
「ウチとリンは何故ここに居るのかの?」
現実的な危機感にカレナは目に涙を溜めていた。そろりと、ココの方を向き口を開く。
「ココ姉様が商人の勉強を教えてもらうかわりに、エクシブさんが守ってくれる」
「ふむ、そのとおりよ。では、リンはカレナが襲われたときどうしたよ?」
カレナは部屋に帰り着いた時に襲われたことを思いだし、ココの目を真っ直ぐに見て返した。
「守ってくれました」
「なら、何を恐れるんよ?」
笑顔のまま聞くココに、俯きながら答える。
「たくさんの悪い人が来たら、負けちゃうかもしれない」
その言葉に思わず困るココ。
剣闘技であれだけの強さを見せつけたエクシブだが、自分が守っている小さな娘一人にすら信用されていないとは。
「リンでは頼りない……。ふむ」
すると、テランは驚いてカレナに言う。
「カレナはエクシブさんの強さを見たではないか!」
その言葉に首を傾げてるカレナ。
「一緒に剣闘技を見ただろう」
「あれって、お芝居じゃないの?」
「お芝居?」
聞き返すテランだったが、ココは納得した。あれだけの人間離れした業を見せれば、小さな子供は芝居か何かにしか見えないのだろう。
すると、裏側の扉からこんこん、と甲高い音が室内に響く。
「ふむ、わかっとるよ」
ココは苦笑いして呟く。
どうやら扉の裏でちゃんと聞いていたようだ。
エクシブを真似るようにココはゆっくりとため息を吐きカレナを見た。
「まあ、カレナが疑うのも無理はないかもしれんがよ、リンの仕事と名誉の為に言うのだがよ?」
「はい」
カレナは小さく頷くと、ココはゆっくりと教えた。
「剣闘技は本物よ。まわりは皆本気だったんだからの」
そう言った後、更に話す。
「まあ、リンは本気など出さずに打ち倒してしまったわけだがよ」
カレナはココの話しを聞くと、目を真ん丸に見開いて驚いてしまった。
無理もない。
剣を振るだけで人が吹っ飛んでいく様子なんてお芝居にしか見えないのに、それが本当のことだったというのだから。
「まあ、信じる信じないはカレナに任すがよ。しかし、リンは全力でウチらを守ってくれるんよ」
ココが言い終わった瞬間、表の扉から金属音が響いた。
慌てて立ち上がるテラン。ココはカレナの手をとると、テランの仕事部屋である個室に入っていった。
表だけではなく、裏にまで響きだす。しかし、表と違い裏は何か重いものが
次々に床へと落ちていく音に変わり、急に扉をあけた。
「こっちはあらかた片付いた。テランさん二人は!」
テランはエクシブに視線で伝えると、軽く頷き裏の扉を閉めた後鍵をかける。
「予想通り両口を一辺に襲ってきたな。テランさん、裏はあらかた片付けたが増員は厄介です。机やら何やらを使ってあの扉からの侵入者を防いでください」
「わかりました。それでエクシブさんは?」
「表の手助けをしてきます。その間、二人を!」
エクシブは剣を構え直し表の扉を開けると、そこは奇妙な戦場と化していた。
扉から現れたエクシブにガゼールは驚く。
「グラン=エクシブ! 裏口はどうしたのですか?」
「あらかた片付けた。家具で扉を封鎖したのでこちらの援護に来たのだが」
その言葉に安堵の表情を見せるガゼール。
「正直助かります。誰が敵で、誰が無関係なのか、わからなくて困っていたところです」
回りにいる者たちは様々な格好をしており、ガゼールの言う通り誰が敵だかわからない。
近場の騎士たちと剣を交えるのは商人風の男や見たままに荒くれ者だったり、中には命乞いや逃げ惑う者、恐怖のせいかしゃがみ込んでいる者まで。
か、と思えばいきなり襲いかかる者までいるのだから性質が悪い。
法と秩序を正義の剣とする聖騎士に間違った剣は許されない。
故に襲われてからではないとろくに戦うことはできない。
それを知っていたエクシブは、下手に手の出せないガゼールたちを援護しに来たのだ。
手にもつ片手剣を床に刺し、大声で叫ぶ。
「我が契約は、依頼者の護衛と、襲い来る者の殲滅。今よりこの剣を越えて扉に近付きし者は──」
鋼の鞘から抜かれ、ゆっくりと巨大な黒刀が姿を現す。
「暗黒剣の一振りにて、一刀両断する」
回りの動きが止まり沈黙する。エクシブは殲滅という言葉を交えた。傭兵の制約は騎士のそれとは違う。
依頼を受けた傭兵は有言実行、例えそれが一般人であろうと剣を越えれば敵と見なされる。
今まで殺さずできた傭兵が本気になったのだ。
その存在に皆圧倒されるなか、どこからか巨大な花瓶がエクシブへ向かって飛ばされてきた。しかし、花瓶が剣を越えた瞬間黒刀が一振りされ、ぶつかることはなく、文字通り一刀両断され二つに別れて地面へと落ちていった。
「ほ、本物だ」
誰かが震える口調で呟くと、その場にいた者たちは悲鳴をあげ一斉に逃げ惑い始めた。
傭兵は依頼がなければただの人。ただし、依頼を受けて戦地へと出れば、どんな相手であろうとも容赦はしない。しかも、目の前にいるのは数々の戦場で名を轟かせた、暗黒剣の悪鬼羅刹、リン=グラン=エクシブその人だ。
敢えて動かないが、殲滅を目的に動き始めればこの場にいる者は生きては帰れない。
エクシブはとどめと言わんばかりに殺気を放つと、まるで蜘蛛の子を散らすように皆いなくなったのだった。
「……凄い」
ガゼールの部下である一人の若い剣士が呟く。
さっきまで数に推され劣性だったのが、エクシブ一人の登場で形成は逆転どころか圧勝だ。
「流石ですね。グラン=エクシ──」
ガゼールが話しかけようと振り返るが、エクシブはいまだに警戒を解いてはいない。
「おい、いつまで隠れているつもりだ」
その言葉に驚き、ガゼールはエクシブの見ている方向に視線をずらすと、どこからともなく、黒い装束と仮面を被った者が数人現れた。
存在感がなく、視界から外れれば見つからなくなってしまいそうな、まさに影のような者たち。そのうちの一人が話しかけた。
「警告……、しましたよ?」
若い女の声に、エクシブはにやりと笑いこたえる。
「知っているよ」
短い言葉の後、赤い布を付けた短刀を投げ返す。
「てっきり追跡者だと思っていたが、加担者だとはな」
エクシブに加担者と言われても微動だにせず、黒装束はただ立ちつくしていた。
あまりに動かない相手にエクシブは訝しげに見るが、先程の一人がまた話しかけてきた。
「あの程度で暁を止められるとでも?」
瞬間部屋の方からガタガタと何かが転げ落ちるような大きな音が響き、エクシブとガゼールは急いで扉を開けた。床に倒れているテラン。
部屋には外にいる者たちと同じく黒装束を身に纏ったものたちが、小脇にカレナとココを抱えていた。
「動くなよ?」
一人の黒装束はエクシブに言う。
「人質は一人でも良いのだ。言わば保障。しかし、お前が動けば……わかるな?」
エクシブは苦々しく奥歯を噛み締め剣を離した。
形勢は逆転された。今できることはない。
黒装束はエクシブの足元に青い布が付いた短刀を投げると、音もなく部屋から出ていった。
同じく人質がいるせいで動けずにいたガゼールは慌ててエクシブに駆け寄った。
「どうするのです、グラン=エクシブ! 二人とも──」
「頼みがある」
ガゼールが言い終わる前にエクシブは話を遮り先程の短刀を手渡して続けた。
「ここからカトレアの港は一日もかからない。着いたら傭兵ギルドへ行って渡してくれ」
「これは……」
訝しげにガゼールが聞くとエクシブはこたえる。
「一種の暗号だ。カトレアのギルド長にオレの名前を出せばわかる」
そこまで言うとエクシブは剣を納めて部屋を出ようとしたが、ガゼールが引き止める。
「どこに行くんですか!? テランさんはどうするのです?」
エクシブは振り返らず口を開く。
「起きたら計画通りだ、と伝えてくれ」




