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11 狐と傭兵、問うてみる

 良く言っても広くはない船室で、二人はテーブルを挟み酒を呑む。

 呑みながらも扉と横の三姉妹に気を配る傭兵エクシブと、部屋の中だからと獣の耳と尻尾を隠さず自然体で呑む狐の化身のココ。

 機嫌が良いのか、洗われたばかりで柔らかげなココの尻尾はふわふわと揺れ動く。


「さて、ウチの聞きたいことは一つだけなんだがよ」


 既に五杯目の酒を呑みつつ、ココは軽い感じで話始める。

 視線で応え次の言葉を待つ。


「ぬしは、何故ウチを自由にしたんよ?」


 からかうつもりは無いようで、真剣な目で見つめる。

 なので、ゆっくりとエクシブは話始めた。


「あの時、生きるのを諦めたお前の瞳が……似てたんだ」


 手元の酒を一気に飲み干し続ける。


「昔のオレに──」

「昔の……リンに?」

「うん」


 怪訝な顔をして聞くココに頷き、空になった器に酒を注ぎつつ続ける。


「死のうと覚悟してる奴ほど、生きることに絶望している。だけど、そういう奴は死にたくて死ぬんじゃない」


 ピンと張った耳が静かに次の言葉を待つ。

 エクシブは淡々と続ける。


「死ぬこと意外の選択肢が見えないからだ。……違うか?」


 同意はしない、ただ否定もしない。


「オレみたいな傭兵はいつも生と死の近くにいる。その業は重い」


 広げた右手を見詰め黙りこくるエクシブ。


 言葉が詰まる。

 自分から語りながら、その後の言葉を口に出せない。


「ぬしよ」


 ココに声をかけられ、我に返る。

 少し困った顔で笑うココを見て、エクシブは自分の不甲斐なさを呪った。


「……すまない」

「まぁ、ぬしの言いたいことはわかりよ。ウチもリンも似た者同士。理由は違えど、ぬしはウチが同じような感覚を持っていることに気付いたんがよ?」


 苦笑いしながら頭をかく。


「ぬしが決してその革手袋を外そうとしないのはよ、それが理由ではないのかの」


 話す迄もない。

 誇り高き白狐はすぐに察して理解してくれる。


「人の良いぬしのこと、自分と似た者が違う場所に居ることに、違和感があったんがよ?」


 違う場所……その場に居る者にしかわからない場所。言うなれば、檻と枷。

 互いに拘束するものだが、極端に違う。

 檻は出られないが、枷は邪魔なだけ──。

 枷を引き摺るエクシブと、檻の中で小さくなったココ。

 エクシブはふっと笑い、おもむろに皮手袋を外してココに見せた。


「リン……、それは──」


 ココが見たことを確認しまた手袋を戻して言う。


「これがオレの枷だ」


 相手を信用したからこその行動。

 ココもその真意を理解し深くは問わない。

 酒を飲むのを止め、静かに語りだす。


「もし、ぬしがウチのことを聞かなければ、この船を降りようと思っていたんよ」

「そうなのか」


 ココは小さく頷き続ける。


「所詮は興味本意。人と違うことしか見ていないならの。しかし、ぬしは関心を持った。一人の個人としてのウチに。先程もウチの稼ぎをふんだくるつもりだったがよ?」


 にやりと笑うココに、ドキリと心臓が奇妙な動きをする。

 やはりエクシブのぼやきは聞こえていたようだ。


「遠慮も過ぎればなんとやら。しかし、その遠慮すら契約者としての最低限。ということは、同じ高さに立つ気構えがあるということよ。望んだ訳ではないが、化け物にして神とまで崇められたこともあるこのウチに対しての」


 娘の姿を見ていると忘れてしまいがちだが、ココの本性は一口で人一人を飲み込める程の見上げるような身の丈を持つ狐である。だからと言ってエクシブは崇める気も、へりくだるつもりもない。

 拝み奉り、酒を貢げば何らかの祈りが届くならまだしも、当の本人にそれをしたところて、酒が無くなり財布が軽くなるだけだろう。


「それどころか寧ろ優位に立つつもりだったんだろうがよ? ウチはそれが嬉しいんよ」


 妙な感覚。

 優位に、とまではいかないが、島での封印生活が長かった分、世間を知らぬ箱入り狐は寧ろ見える範囲から居なくなると不安で仕方がない。

 何せ短時間離れただけで、大変な目にあったのだから。

 だからこそ、ココの言葉に不安が募る。

 そんなエクシブとは裏腹に、ココは本当に嬉しそうに続けた。


「ぬしがその気なら、ウチも本気で相手せねばなるまいよ」


 本気とはなんだ? エクシブは悪い予感を払拭すべく早急に口を動かす。


「取り敢えず解答は出たな。次はオレの質問なんだが──」


 いきなり話を変えられ、呆れたように半眼になって呟く。


「打ったら響いてもらわんとつまらないんのだがよ」

「……良く響く物も、圧倒的力で、しかも大金槌で打たれたら砕けるだけだぞ」


 ココは大袈裟に例えられたのが面白かったのか、クフフと笑う。


「ぬしはもうちょい打たれ強いと思ってたがよ?」

「お前と会うまでは、オレもそう思ってた」


 と、これまた大袈裟に肩を竦める。

 その姿にココはやれやれと、続けるのを止めた。

 取り敢えず危機は去り、ほっと胸を撫で下ろすエクシブは、新たな話題へと変える。


「それでよ、ウチに聞きたいことは何よ?」


 聞きたいことは山程あるが、エクシブは根掘り葉掘り聞くつもりはない。


「聞きたいのはお前の誓約についてだ」

「ふむ」


 話の内容はこれからの旅には大事なこと。

 ココはゆっくりと頷きエクシブの言葉を待つ。

 その様子を見て口を開いた。


「お前は確か、木を依り代にした狐だったよな。今はあれか?」


 と、戸棚の上に飾られている枝を指差す。

 ただ立て掛けてあるだけだが枯れる気配は無く、葉は青々と茂りたわわに実がついている。


「あれは、どうすればいい? あのままじゃいつか枯れてしまうのではないか?」

「心配はいらんよ。ウチが憑いている間は枯れはしないからよ」


 予想通りの質問だったのだろう。特に気にする様子もなく答える。


「正確にはあの実の中の種なんだがよ」


 ココは林檎とも梨とも違う不思議な実を指差した。


「あれさえあれば、大丈夫。まあ、燃やされたり細切れにでもされなければの話だがよ」

「そうか。じゃあ種さえあれば良いってことだな」

「うん、船から降りたら種だけ取り出して、枝はぬしに渡すからよ」


 自分の本体となる枝を守れということなのだろうか、エクシブが頭の上に疑問符を浮かべていると、ココが不思議そうな顔で聞く。


「ぬしはそれを採りにリハンに来たんがよ?」

「枝を? オレが? ……ああっ! あれか!」


 エクシブは、リハンの酒場でココに木を採取しに来たと言ったのを思い出した。


「だが、その枝はお前の──」

「本当に話を聞かん奴よ! 正確には種と言ったがよ」

「す、すまない」


 怒ったような呆れたような顔で言うココに、小声で謝るエクシブ。


「まさか、自分で言ったことも忘れる阿呆だとは思わんかったよ」


 エクシブは返す言葉も無い。

 ココに指摘されるまで、完全に忘れていたのだから。


「だが、枝では──」

「そのへんは、まかせときよ」


 何をどうするつもりかはわからないが、この木に関してココは専門家だ。


「……まかせた」


 まかせろと言うのだからまかせるしかない。

 エクシブは少し考えてから問う。


「後、もう一つ」


 その言葉に苛立った声でココは言う。


「まだ、あるんかよ! ウチは一つしか聞いてない」


 エクシブは肩を竦めて言う。


「最初に言っただろ? 誓約についてと。一つとは言っていない」

「うー……」


 獣のように唸るが、少女の姿では迫力が無い。


「怒るなよ、さっきの続きだ」


 機嫌悪そうに横を向いているが、耳はこちらを向いている。どうやら話は聞いてくれるようだ。


「狐から人になるとき、食欲がどうの、理性がどうって、言ってたろ?」


 くるりと振り返りつまらなそうな表情を浮かべる。


「ああ、そのことかよ」


 機嫌は依然として悪いようだが、こたえてはくれるらしい。


「いつでも、好きに姿を変えられるのか?」

「うー…………ん」


 ココがまた唸りだしたが、今度のは何か解答に困っているという感じだ。

 エクシブは黙って待っていると、ゆっくりと語りだした。


「まあ、好きにと言えば、好きになんだがよ。ちと問題があってよ」

「問題?」


 聞き直すとココはこたえる。


「ウチは本来、白狐。平たく言えば獣よ。そんなウチら獣には、人の言う理性というものが無い。あるのは本能」


 エクシブは声に出さず相槌を打つ。

 言いづらいのか頭を掻きながら話始める。


「……まあ、つまり姿を変えるたびに獣としての本能が強くなってしまうんよ…………特にウチの場合は」

「場合は?」


 顔をしかめながら呟く。


「その…………食欲が、よ……」


 その言葉にエクシブはふと思い出す。ココは人に成る前にしていたことを──。


「そうか、だからあの時──」

「ぬしよ……すまんがよ、ウチも一つ聞いておきたいだがの」


 話を遮り真剣な目で話し出す。

 ココの急な変化に少したじろくエクシブ。


「あ、ああ。何だ?」

「ウチと相対した時、勝てると思ったかよ」


 真っ直ぐにエクシブの目を見て聞くココに、本音で答える。


「勝てない、と言えば嘘になる。あの時、お前は本気ではなかったろ?」

「……」

「もし、あれが本気ならオレは負けない」


 敢えて勝てるとは言わないエクシブに、フッと笑いココは軽く返す。


「ぬしも本気ではなかったがよ?」


 相対した者同士、お互いの力量はわかっている。

 今さら確認するまでも無いはずのことだが、敢えてココは話題に出した。

 白狐は意味の無いことは言わない。


「……やばいのか?」

「うむ、かなりやばいの」


 お互いに苦笑いする。

 空の器に酌み交わし、最初に切り出したのはココだ。


「餓えた獣に襲われたことはあるかよ?」

「……北で、春先に熊や狼に何度か」

「奴等はどうだったよ?」


 覚えているのは、獣の眼。

 やらねば死ぬ。

 そう語りかけてくる眼を灯す者は恐ろしく強い。


「決死の覚悟の者が手強くない訳がない」


 ココは一口ちびりと飲みエクシブを見る。


「ウチが餓えたとき、恐らく本来の姿と共に理性は消し飛び──」


 器を置き、すっと顔の横に手を広げる。


「今日の剣闘技に居た者たち程度なら、十も数えんうちに全て喰らえるほどよ」


 嘘ではない。

 手を抜いたエクシブが二十人ほどの者たちを一瞬で倒した。本来巨大な狐であるココなら可能だろう。


「それで? 対策はあるのだろう?」


 わざわざ話すということはどうにかできるということだ。


「ふむ、察したかよ」

「いちいち暴れられていたらこっちの身が保たない」

「クフフ……」


 ココは嬉しそうに笑い答えた。


「単純な話よ。腹が一杯なら問題ないんよ」


 まあ、そんなことで危険が回避できるなら──。


「善処しよう。小娘一人分位食わせてやれる」

「うん、ぬしは優しいの。そこまで言われれば、早速今夜は遠慮無くいただくかよ」


 思わず顔を歪めるエクシブ。

 しまった、ここまでが白狐の策略だったのか──。

 最早、小さい安めの鳥料理では済まなくなった。

 恐らくここで駄目だと言わないエクシブの性格も読んでいたのだろう。


「駄目?」

「くっ…………」


 可愛く首を傾げる狐娘に為す術もなく、暴露大会はエクシブにとって、とても大きな代償を伴うものとなったのだった。

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