帰省(?) ⒉
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秋の日は釣瓶落としと言いますが、日の入りが早くなりましたね。あと急に寒くなった。涼しい秋ってどこに行ったんだろ……(  ̄- ̄)
まあ、天高くNeishelia肥ゆる秋にならないように気を付けます( ´_ゝ`)皆様もお気をつけて!
「そういえば、お嬢様とはどのようにして出会われたのですか?」
お茶を飲み終えて温室に向かっていると、ヒリスが尋ねてきた。絶対に来るだろうと考えていたこの質問。私がクヴァシルの貴族であるのに対して、私はケリドウェンの平民。一生出会うはずのない身分なのだ。そんな二人が出会っているという、あり得ないこの現状をヒリスは不思議に思っているのだろう。でもこの質問が来るだろうと考えていたからには答えは事前に用意してあるのだ!
「お嬢様がお屋敷を抜け出しておられた時にお会いに?」
答えようとして口を開いた瞬間、ヒリスが先に言葉を発した。しかも私が考えていた設定はまさにその通り。でも、なんで抜け出してたこと知ってるの?!私ちゃんと気をつけてたのに。
「ええ。そうですが、よくご存知でしたね。本人は秘密で抜け出してきている。バレたことがないんだと言っていましたよ?」
セーフ。声は震えていない。動揺はバレてない……はず。それに嘘は言っていない。私は本気でバレていないと思っていたのだから。
「私はお嬢様がお産まれになった頃から一番近くで見てまいりましたから。それに、このことを知っているのは私だけですよ。旦那様も奥様もご存知ありません」
前を歩いているヒリスの顔は見えない。でも、声は若干楽しげだ。なんだかヒリスには全てが見透かされている気がしてきた。私がクリスティーナだってバレてないよね……?
温室に着くと、鮮やかな花たちのいい香りが鼻をくすぐってくる……わけがない。ここにあるのは全て薬草や毒草。花が咲いていてもほとんどが地味なやつか毒々しいやつばかり。まあ、その分端のほうには外からの見栄えがいいように、ユリやスズランなども植えてある。花は咲いてないけど。
そういえばこんなにあったなぁ……。私には少々収集グセがあって、他国からも珍しい品種などを集めていたのだ。
ゆっくり見て回りながら葉や土の状態、水質などを確認する。土を匂ったり、水を口に含んだりする。最終的には魔法で解析するんだけど、何となくこれらもしておいた方がいいと思っているのだ。最初に水を口に入れたとき、ヒリスが『お嬢様かご乱心!』とか言って慌ててたっけ。今では微笑ましそうに見守ってるけどね。
ここにある植物を全て持っていくわけにもいかないので、全種一部ずつ、そして希少種と危険種は全てもらっていくことにした。土ごと亜空間に入れていると、いつもは冷静沈着のヒリスが呆気にとられた顔をしていたのが面白かった。
「ヒリスさん、残った子たちは管理が簡単ですので公爵家で管理するか、他の方にお譲りください」
「仰せのままに」
ヒリスがなぜかかしこまっている。私は私じゃないのに。
「ヒリスさん、私はあなたの主でも何でもありませんよ?かしこまらないでください」
私の困ったような声のヒリスは含み笑いを返してくる。これはあれだ。受け入れてもらえなさそうだな……。ヒリスの頑固が発動してしまったらしい。こうなっては何を言っても意味がないので諦めるしかないか。
「ところで、一つメルスティア様にお願いがございます」
急に改まったヒリスに空気がはりつめる。ここは温室の筈なのに背中がひやりとして自然と背筋が伸びる。
「お聞きします」
ゴクリと息を飲んで返すと、ヒリスはとんでもないことを口にした。
「ぼっちゃまを、ローランドぼっちゃまをお助けください」
……え?
ロイを助ける?一体弟に何があったと言うのか。ヒリスの苦し紛れに出すような声に焦燥感を抱く。嫌な汗が出てきて、前髪が僅かにしっとりとしてきた。極力感情を表に出さないように気を付けながら尋ねる。
「ローランド様に何か一大事でも?」
「毒を盛られました。アストレア・ニゲルム男爵令嬢に」
「……!!」
二の句が告げられない。あの女!ふざけるなっ!
ふつふつと怒りが込み上げてくる。私を殺しておいて満足しなかったの?私の大切な大切な弟に手を出した?私がこの国から出られるようにしてくれたことは感謝してる。でもそれとこれとは訳が違うよね?これ怒っていいよね?
怒りが魔力を増幅させていく。一つに束ねた黒髪が風もないのに靡き、増えた魔力が体から漏れだして辺りを満たしていく。温室内が私の魔力でいっぱいになるのは一瞬で、ガラスがピシピシと音を立てて軋む。目の前にいるヒリスは魔力にあてられて青ざめて……。
「ヒリスッ!」
膝から崩れ落ちそうになったヒリスを見て我に返る。急いで漏れだした魔力をかき集め、ヒリスに駆け寄った。脇の下に手いを入れて支えながら中央にある椅子へと向かう。
「申し訳ありません。少々取り乱してしまったみたいです。いけませんね。ヒリスさんをこんな目にあわせてしまって……」
ヒリスに治癒魔法をかけながら謝ると、ヒリスはゆっくりと首を振った。
「いえ、私が配慮できていなかっただけですから。それに魔法までかけていただいて、ありがとうございます」
「そんな。お礼を言われるようなことではありません。それより、ローランド様のことですが……」
ヒリスの横に腰かけて話を戻す。まだ顔色の悪いヒリスには無理をさせたくないけど、今すぐにでもロイの容態を知りたい。もし深刻な状況だったら?もう手遅れなんてことはないよね?この国でロイの姉として暮らしていたときに、男尊女卑国にも関わらず私を慕ってくれていたロイ。今年で十歳だったはず。毒慣らしはもう始まっているはずだから大丈夫だとは思うけど……。
「自室でお眠りなっていらっしゃいます。もうかれこれ二週間ほどでしょうか。お目覚めになる様子はございません」
ギリ……。
静かな温室に私の歯軋りの音が響く。無意識に噛み締めた奥歯が痛い。ヒリスの背をさすっていたはずの手は固い拳になっている。
「そう、ですか……。出来る限りの範囲ですが、手を尽くしましょう。クリスティーナ様の弟君のためですから」
「本当にありがとうございます。旦那様方には私からお話いたします」
ゆっくりと口の端を上げながら言葉を紡ぐ。きっと目は笑ってないだろう。ヒリスは気づいているはず。私が怒っていると。それでも何も咎めることなく話を続けてくれるヒリスはさすがだ。
ふと、温室の外に人の気配を感じた。
「失礼いたします。ヒリス、旦那様方がお帰りになられました。今からお食事を召し上がるとのことです。つきましてはお客様、旦那様方からご夕飯へのお誘いがありましたが、いかがなさいますか」
……はい?ご夕飯へのお誘いですと?
入ってきた執事がお父様たちの帰宅を告げ、ついでに時限爆弾を投下した。誘いを受けるという赤と、受けないという青の二色のコードがついた時限爆弾。どちらかを選ばなかった場合は不敬罪に問われるという爆弾が炸裂。なんてものを投下しやがったんだ!
心の中でムンクになっていると、隣でヒリスがフワリと笑っていることに気付く。嫌な予感がするけど、これはヒリスを見なければならないと、本能が告げている。その警告に逆らわずギギギ……、と音が聞こえてきそうなほどゆっくりとヒリスの方を見る。
「私がメルスティア様のことをお伝えいたしました。ぜひこのお誘いを受けてくださいませ。旦那様方もぜひメルスティア様と食事を共にしたいと仰っていらっしゃいましたので」
赤を切れ、と有無を言わせない笑顔でペンチを渡される。やはりヒリスの仕業だったらしい。ヒリスの言葉によって青のコードはガチガチに固められ、決して切れないようになってしまった。私には誘いを受ける道しか残されていないらしい。執事の方を向き、泣く泣く赤のコードを切る。
「光栄です。ぜひご一緒させてください、とお伝えいただけますか?」
「かしこまりました。ではヒリス、案内をよろしくお願いします」
「はい。では後ほど」
執事が出ていき、ヒリスに向き直る。ついさっきまで顔色が悪かったはずなのに今ではすごくご機嫌そうだ。錆色の瞳が爛々と輝いている。あ、そういうことか。
嵌められた……。
あの人たち出てこなかった……。この流れから誰かは分かると思いますが、登場は次話です。
次話は両親との夕食です。ロイのところまで辿り着けるかなぁ?