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帰省(?) ⒊

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 さすがにラフな格好で食事の場に行くことはできなかったので、亜空間に入れていた聖騎士の正装に着替えた。まさか自分の実家でこの服を着て親に会うだなんて考えもしなかったよ。

 コツコツとブーツの音を廊下に響かせながら食堂に向かう。部屋の外までいい香りが漂ってきている。これはローストビーフのソースの匂いかな。食堂の前までくると、ヒリスがくるりと振り返った。


「旦那様方はメルスティア様のお越しを大変お喜びですから、ぜひ気を張らずにごゆるりとお楽しみくださいね」


 う~ん、ちょっと意図が掴めないかな。笑顔で頭上にクエスチョンマークを浮かべてみるけど、ヒリスは優しく笑うだけ。これ以上は何も言うつもりはないようで、扉を叩いた。


「ヒリスでございます。メルスティア様をお連れいたしました」


「ああ、入れ」


 中から返ってきた声にすっと背筋が伸びる。一年近く聞いていない声。私にはいつもフォルセティ家のために、クヴァシル皇国のためにという言葉しかかけてこなかった声だ。


 両開きの扉をヒリスが開くと、そこには一年前と何ら変わらない食卓が。いや、違うか。そこにはお母様と共にお父様がいる。しかも()()()。……ん?笑顔?え、笑顔……?!笑顔ーーー!

 絶対に見ることなどないと思っていた父親の笑顔がそこにある。驚きが隠せずにその場で硬直していると、ヒリスがそっと背中に手を添えてくれた。そのお陰で我に返る。

 いや、だって、は?あの仏頂面しか私たち家族には見せたことないお父様が笑顔だよ?社交界用の仮面(笑顔)じゃなくて。あれ、どう考えても正真正銘の笑顔だよ!!


 盛大なパニック状態に陥りながらも歩を進める。脳みそフル回転させながら『父親が笑顔な件』について考えながらも、周りにばれないように笑顔を張り付けて取り繕う。今の私は平民だからね!少しで粗相なんてできないんだよ。


「お初にお目にかかります。ケリドウェン王国聖騎士メルスティア・カルファと申します。この度はお招きいただき、光栄に存じます」


 踵をカチリと鳴らして騎士の礼をする。セルシュヴィーン様の専属護衛になっちゃいました、なんて言わなくていいよね。


「これはこれは。丁寧にありがとう。フォルセティ公爵家が当主、アラシード・フォルセティ。こちらは妻のファーティマだ。さあ、メルスティア殿、席について」


 お父様がお母様の紹介をしただと……?!ちょっと……大丈夫かな。頭打ったりでもしたのかな。怖いとか通り越して心配になるんですけど。


 案内された席には、かつて私がいた頃と変わらない食事が用意されている。今夜はローストビーフがメインなのかな。前菜がさっぱりとした味付けのものが多い。

 お父様、いや、フォルセティ公爵が食事に手をつけたのを見てからカトラリーを手に取る。誰も何も発しない。黙々と懐かしい味を楽しんでいると、予想通りメインのローストビーフが運ばれてきたところで、お母様もとい、フォルセティ公爵夫人が話しかけてきた。


「ぜひ貴女のことを聞かせてほしいですわ。聖騎士をする前は何をしていらしたの?聖騎士ってどのようなことをなさるの?そうだわ。ケリドウェン王国での生活はどのようなものなのかしら。貴女のこと、お聞きしたいわ!」


 まるで新しいお話をねだる子供のように目を爛々と輝かせている。久々に見たな、こんな公爵夫人。こういう人だから、夫人と話すのは、あの頃の私の楽しみの一つでもあった。


「私がケリドウェン王国では初め、パン屋で雇っていただいていました」


 これを皮切りに私の身の上話をすることになった。なぜかケリドウェンでのことしか聞かれない。解せぬ。ちゃんとその前の設定も作ってあるのに。やっぱり隣国と言えど他国だからかな。情報が入ってきてないから今のうちに情報を仕入れておきたい、とか。

 パン屋のこと、建国祭のこと、入団試験のこと、エミリーたち友人のこと、夏の魔物(アエスターデモン)討伐のこと……。伝えていい範囲の情報を選びながら、面白おかしく話してみる。あの魔力増幅剤(ポーション)がジルベルトたちによって毒物扱いされた下りは、さすがの公爵も笑いを漏らした。

 そうこうしているうちにデザートが運ばれてきた。もう食事も終わりに近づいてきたようだ。以前では考えられないほど、二人との食事をあっという間に感じた。しみじみとそんなことを考えていると、すっと佇まいを正した公爵夫人が口を開いた。


「ところで、貴女はクヴァシルの生まれですわね?うちのクリスの知り合いですもの。ですが、なぜケリドウェンにいらっしゃるのかしら」


 一瞬にして変わった空気に、音を立てずにカトラリーを置き、レモン水で口の中を流し込んだ。軽く目を閉じてから、自分(クリスティーナ)と同じ銀糸のフォルセティ公爵夫人を見据える。


「はい。私はクヴァシル皇国の生まれではありますが、この国を窮屈に感じて……、とこれは失言でございますね。申し訳ございません」


 半年以上このようなやりとりから離れていたせいで、少し気が抜けていたのか、本音を口にしてしまった。フォルセティ公爵の顔を見ることができない。表情に出さずとも内心煮えくり返って静かに佇んでいるのだろう。

 下げた視線を上げられず、ただただ象牙色のテーブルクロスを見つめることしかできないでいると、フォルセティ公爵が()()()声をかけてきた。


「いや、そんなことはない。私たち貴族は民の言葉を聞くべきなのだから。それに、それでもと言うのならばこう問わねばならん。貴女はケリドウェン王国の聖騎士だ。違うか?」


 静かだけれども優しい声。この人はこんな声を出す人だっただろうか。しかもその内容は私の発言を咎めるものではなく、ケリドウェン王国の聖騎士から見たクヴァシル皇国のことを話してほしい。ひいては聖騎士の私の発言を不敬として取るなど、国家間の問題に発展するようなことはしないのだから、遠慮せず話してほしい、というのものだ。やっぱり頭打ったんじゃ……。いや、何かいい影響でもあったのかもしれない。うん。そう思おう。


「ではそうおっしゃるのなら、遠慮なく。……私はこの国を窮屈に感じていました。女性と言うだけで、平民というだけで見下される。その中に光るものを秘めている人間などごまんといるのに。その原石はいつも見つけ出されぬまま消えていくだけ。それに気づかない愚かさ。それを当たり前として受け入れる怠惰。用意された檻の中でしか生きることの許されない窮屈さに、私は我慢ならなかった。ですから、私を、私自身を見てくれるケリドウェン王国へ移ったのです」


 私の言葉に何かを噛み締めるような二人。フォルセティ公爵夫人は分かる。前に一度だけこう尋ねたことがある。『なぜ私は公爵令嬢として生きていかなければならないの』と。その時もこんな顔をしていたっけ。しかし、フォルセティ公爵は……。何か思うことがあるのだろうか。逡巡するように長く息を吐くと、しっかりした目で私を見据えた。


「ありがとう」


 ただ一言、そう口にした。そこに何が込められているのか。言葉にされずとも伝わってくる感謝や安堵、罪悪感に陳謝。一人の貴族としてなのか、はたまた一人の()としてなのか。まるで何か大切なものを秘めたような一言だった。

 食卓が、しん……と静まり返る。いつの間にやら執事もメイドも退出していたみたい。相変わらず空気の読み方が上手だし空気になるのも上手だよね。まあ、そうでなきゃ執事やらメイドやらやってられないのかもしれないけど。


「そのようにお礼をいただくようなことではございませんよ。私は、たた私個人の見解を話しただけにすぎませんから。……ところで、話が変わりますが、ローランド様のことでお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 ちょっぴりお通夜のような雰囲気になってきたので、ロイのことに話題を変える。そろそろこの話もしときたいしね。


「ああ。ロイのことについては協力してくれると聞いている。感謝の念しかない。どうか息子をよろしく頼む」


 公爵夫妻揃ってゆっくりと頭を下げてきた。夫人はいいとして、前の公爵であればこのように頭を下げることなどしなかっただろう。でも、今は違う。それほどロイは愛されていると言えるのだ。本当に何があったか知らないけれど、公爵が家庭に目を向けている。このままロイを大切にしてほしいな。


「どうか顔をお上げ下さい。私は自分のためにローランド様をお助けするだけです。まさかフォルセティ公爵家の方が()()()()()()()。どこの誰とは言いませんが、今すぐにでもじご……んんっ!失礼いたしました。とにかく色々煮えくり返っておりますので」


 おおっと危ない。物騒なこと言うところだったよ。きっと今の私は黒い笑顔してるんだろうな。目の前の二人もいい顔してるもん。さて、あの女が、うちのかわいいかわいいロイに何してくれやがったのか、じっくり聞かせてもらいましょうかね?

 メルスティア物騒な子……!あと実父への心証最悪ですね(笑)


 次話はロイ登場です!

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