5th
脚立から落下した事故から3週間がたつころには、綾春の腕の打撲もほぼ完治していた。それに伴って裕也と綾春のペアも解消され、以前のような通常業務に戻っている。
2人が勤務する病院はシフト制で土日勤務、夜勤、とあるため、希望を合わせない限り休みが重なることはほとんどなかった。また勉強会や委員会、研修など、業務以外でもやることは山積みで時間も限られている。そんななか、日勤で一緒になる日はなるべく一緒に帰宅し、どちらかの家で過ごすことが多かった。しかし体の関係はおろかキスさえする雰囲気にならず、付き合ってはいるものの何の進展もない。
その日も、綾春は裕也に声をかけた。
「今日は何時頃に終われそう?」
「うーん、20時までには終わりたい。」
「じゃ俺休憩室で時間つぶしてるから、一緒に帰ろ。」
「あと1時間半くらいあるけど。」
「いいよ、待ってる。」
裕也は、これまでに2人の男性と付き合ったが、いずれも短期間でキスまでしかしなかった。また相手から告白されて付き合うに至ったもので、好きだという感情が芽生えるまでにはなっていない。好きな相手と付き合えるのは嬉しいが、リードすることもできず、進展しない関係にモヤモヤする日々を送っていた。
「どうかしました?」
「あ、いや何もないです。」
ついため息をつくと、3年目の先輩である千佳が話しかけてきた。3年目とはいっても、23歳なので裕也より年下である。千佳もプリセプターとして、裕也の同期を指導している。
「葉山君。ちょっと、相談というかお願いがあるんですけど。いいですか。」
「はい、何ですか?」
「平井さんって、彼女さんと別れたんですよね。今新しい彼女とか、好きな人がいるかってご存知ですか?」
「えっ。ど、どうですかね。」
「私じゃなくて、涼ちゃんなんですけどね。その平井さんに、接近するチャンスをつくってあげたくて。」
「ま、松田さんですか?え、それって。」
「仲をとりもってあげたいんですよ~葉山さんも協力してもらえません?」
裕也のプリセプターの涼子のことだ。綾春に好意をよせていることは何となく知っていたが、まさか自分を通してアプローチをかけてくるとは思わなかった。
「来週の土曜日なんですけど、病院の秋葉祭りあるじゃないですか。あれの受付けの係、平井さんと葉山さんですけど、あれ交代してもらえませんか?あと買い出し行くときとか、自然に2人っきりになるように仕向けてほしいんですよ。」
秋葉祭りとは、年に1回開催される病院主催のお祭りだ。その日は全員出勤で病棟勤務とお祭り班に分かれ、一般の方に医療の現場を知ってもらったり健康情報を共有したりする行事として開催される。裕也と綾春はお祭り班の方にまわされる予定で、2人で行動できそうなことも多く、それはそれで楽しみだと話していたところだった。
「どうですか?」
「わかりました。状況によりますけど、なるべくってことでいいですか。」
拒否したいところではあるが、嫌がるのもあやしいような気がして断れなかった。また3年目の先輩とは普段からよく関わり、それなりに信頼関係も築いてきたので、その頼みを断ることもしたくない気持ちがある。
業務を終え綾春と一緒に帰宅したが、このことについては言い出せなかった。
秋葉祭り当日、まずは綾春と一緒に受付の担当をする予定だったのを交代しなければならない。裕也は気が重くなるのを振り払って、綾春に声をかけた。
「ごめん、俺ちょっと別の用事頼まれちゃったから、松田さんに受付の係代わってもらう。」
「あ、そう。1人で平気か?」
「大丈夫!ありがと。」
その後も、医療に関する講習のアシスタントや機材の設置など、綾春とやれそうなことは全て涼子を薦める。心肺蘇生法の講習でも涼子の相手として綾春が薦められたので、さすがに違和感を覚え「申し訳ないけど人工呼吸はできない、他の方で」と断った。
裕也はそれを目撃し、人気のないところで呼び止めた。
「酷いな、何で断るんだよ。傷つくだろ。」
「傷つく?松田さん松田さんって、あからさますぎるんだけど。どうせ2人を近付けてとか、3年目の連中に頼まれたんだろ。さっき彼女いるかどうか聞かれたけど、おまえ知らないって言ったらしいな。」
「それは、言ってもいいかわからなかったから。」
「酷いのはどっちだよ、知ってて言わないなんて騙してるようなもんだろ。だいたいお前俺のこと本当に好きなのか?よく平気でそういうことできるな。」
「は?なんでそういう話になるわけ?その台詞そのまま返すし。俺のどこが好きなんだよ!?何もしてこないし、昔みたいに友だちごっこしてるだけだ。」
「俺は、男と付き合ったことないから、流れとか手順とかいろいろ考えてんだよ。」
そのとき、お祭りの実行委員が呼びに来た。
「何やってるの。準備まだ終わってないから、手伝って。」
「あーすぐ行きます!裕也、また後で……。」
「もういい、話すことないし。」
それからは言葉を交わすこともなく、秋葉祭りは終了をむかえた。
裕也が後片付けを終えて帰ろうとしたとき、出入り口に綾春の姿があった。何事もなかったかのように、並んで歩き出す。しばらく無言だったが、綾春が口を開いた。
「今日、俺んち泊まりにこないか!明日休みだろ。俺は夜勤だから、時間あるし。」
「……なに急に。あんなこと言ったから?」
「それもある。でも準備してたのも本当、いろいろ調べてた。」
「……1回帰ってごはん食べてから風呂入ってから行く。」
「おーじゃまたあとで。」
綾春の様子からして、間違いなく今日一線を越えるのだと確信する。裕也は一度帰宅し、期待と不安に押しつぶされそうになりながら綾春の家に向かった。
チャイムを鳴らすと、綾春が笑顔で迎えてくれた。何度も来ているのに、いつもとは違う緊張感を覚える。
「え、また眼鏡?!」
「家ではコンタクトなるべくつけないから。もうどこも出かけないし。」
「なるほど。あ、DVD届いたから一緒に見よう。ReLIVE。」
「俺も届いてた。1話から見直しだな。」
家に行くとすぐそういう雰囲気になるかもしれないと思っていたが、綾春はいつもと変わらない。いつもと同じように並んで座り、DVDを再生した。
「アニメver.の“ピック”も俺すごい好き。CDには収録されてないけど。」
「あ、わかる。先生のアレンジがやさしいよな。」
「これ見てると、バンドマンになりたくなる。あ、今のよーた君。」
「よーた君、モブでめっちゃ出てるよな。あっちもこっちもよーた君の声する。」
ReLIVEは2人が好きなバンドRGPのボーカルが出演しており、主題歌も担当しているアニメである。DVD化されたのを一緒に見る約束をしていた。
しばらく経つと、裕也は眠気に襲われ、隣にいる綾春にもたれかかっていた。
「眠い?寝る?」
そう言って綾春はTVを消し、顔を覗き込む。目が合ったとき、裕也の頬に手を添えてキスをしてきた。
「このタイミングなの……っん。」
またキスされ、ぬるっと舌が入ってくる。それと同時に服の上から体を触られている。
「ちょっと、待って。」
裕也は、綾春をぐっと押し返した。
「俺、したことない。」
「え、そうなんだ。」
「だから、うまくできるかわからない。」
「俺も男は初めてだから、いいよ大丈夫。」
ベッドの上で正座して固まっていると、綾春が後ろから抱きしめてきた。首筋に唇が触れる感触がする。
「こっち向いて。」
向き直っても、顔をみることができない。
「何で下向くの。」
「……恥ずかしくて直視できない。」
それを聞いた綾春は、すっと手を伸ばして裕也の眼鏡を外した。
「これで、視界がまぎれるのでは(笑)?」
パッと顔を上げると、唇をふさがれ、そのまま覆いかぶさられた。耳、首筋を舐められる
と体が反応するのがわかる。手は胸のあたりをまさぐって、乳首をいじっている。
「あっ……。」
それだけでも初めての感覚でどうにかなりそうなのに、股間に手をのばされ、裕也の硬くなったものをしごいてくる。
「うぁ……ちょっ、やばい、から、ダメ……って。あ、んんっ……!」
「早いな。」
簡単にイってしまった裕也を見て、綾春がつぶやいた。恥ずかしさで、やはり顔をまともに見れない。
「女みたいに、おっぱいないの平気なの?おっぱいは正義って、Twitterでフォロワーさんが言ってた。」
「あの界隈が言うことをまに受けるなよ。」
「どこが好きなのか聞いてない。」
「人柄。」
「それ、俺のよーた君だろ。」
「いやでも、そういうことだし。この人いいなって思う、その感じとしか言いようがない。他の奴をいいなって思わないから。よーた君の人柄、いいと思うんだろ?その感覚。」
「よーた君は、性的な対象じゃない。」
「どうだか。」
「ほんとだって……んっ。」
子どもの頃とは全然違うキス。舌と舌が絡むってこんなに気持ちいいのか、好きな人だからなのか。溶けてしまいそうになるって、そんな感覚が本当にあった。
「よーた君の話はまたあとで。」
綾春の表情には余裕があるように見え、手際良くローションを準備する。「流れとか手順とかいろいろ考えて」という言葉を思い出した。ローションがたらされ、何かが入ってくる。
「あ……ゆび?」
「うん。すんなり入った。」
そう言いながら、綾春は指を2本に増やした。
「うあ……くっ。やめ、それ動かさな……で。あっ」
「痛い?」
裕也は、首をふる。気持ちよくはない、でも痛いわけでもない。前立腺をいじられているのかもわからない、ただ変な感じがして声が抑えられなかった。
「挿れても大丈夫そう?」
「うん、大丈夫。挿れて……。」
「無理だったら止めるから、すぐ言えよ。」
指よりも太いものが中に入ってきて、頭のなかにいやらしい音が響く。
「あ、きっつ。裕也、動いてもいい?」
「う……ん。」
ゆっくり、でも確実に動いているのがわかった。痛みが増す。
「あっあっ……ふ……うぅ。っうあ、いっ……た。」
「裕也、大丈夫か?止めるか?」
「や、いい。やめな……でいいから、あっん。はや……く動いて。」
裕也は綾春の首に手をまわした。痛みが辛いよりも、好きな人とつながれることに意義を見出す。痛みと熱さが入り混じって、こすれて、痛みだけではない感覚にどうにかなりそうだった。綾春がさらに弄りだす。
「勃ってきた。」
「くっ……う、あ、やば。も……やあ、あー……んんっ。」
ベッドの軋む音が、部屋に響き渡る。もう止まらなかった。
翌朝、目を覚ますと綾春の腕の中だった。身動きしようとすると、股関節や腰など体中に痛みを感じる。
「おはよ。」
「おはよう。全身痛くて動けない……もうできない。」
「ええ、そんな?……もうしない?」
「いや……するけど。」
「してくれんの?昔と一緒だな。」
「全然違う。ここまでしてねーし。」
「いや、もうこんなことしないっていつも言ってたよ。」
「え、俺が?」
「そう。でも嫌がられた記憶はなくて、いつもしてくれんの。」
「全然覚えてない。」
「なんだ、覚えてないってわりとマジだったんだな。覚えてることはないのか(笑)。」
「あったかい、ぬくもりが懐かしい感じ。」
「さすが俺。って今日夜勤だから、もうちょっと寝たい。まだいてくれる?」
「……いーよ、動けないし。」
綾春はすぐに寝息をたてはじめた。ノンケだった男との恋愛、仕事では新人、これから先どうなるか、何もわからない。でも、始まったばかりだ。そのぬくものなかで、裕也も眠りについた。